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リズベルト・シンソフィーの冒険  作者: 阿江
第1章 リヘルトという少年
14/63

二回目の



 図書室の真ん中の机。そこで父と王弟は対峙していた。

 机の上には、前の世界での将棋のような立ち居地にいるボードゲームが置かれている。これは将棋よりも格段に難しく、この世界での知的階級が嗜むものだ。


「ルーン、学院で君は確かこのゲームの大会で優勝したんだってね」


「団体戦ですよ」

 父は真剣な顔で駒を見ている。しかし、その顔は明らかに焦っている。プレッシャーを感じているのだ。私はまたも罪悪感に襲われた。


「くくっ、まああの学院で商家の息子が個人で優勝なんてしたら、殺されるしね」

 父は黙っている。私は父の隣の椅子に座っていた。そして私の後ろにはロニィ、そしてアンネがいた。


 そして王弟の横の席にはミサといわれる女性が艶美に座っている。


「イーザム、ほんとに貴方って呆れるわ」

 と、クスクス楽しげに笑っている。男の奴隷は、無関心に本棚の前に立っている。しかしその視線は私に向けられている。揺ぎ無く。


「さて、先手は譲ろう」

 王弟の言葉と共に、父は首を傾け、一手()をすすめた。









「驚いたよ。ルーン、君はとても強いね」

 呆れたような言葉と共に、王弟は拍手を続けた。横でミサは「負けちゃったわね」と悪戯っぽく言った。そして言葉を続けた。


「負けちゃったわね、ルーンさん。この人と、盤ゲームで戦っちゃ駄目なのよ。強すぎるから」

 父は目を瞑り、深く呼吸した。私は黙って今だ、盤上を眺めている。状勢の変わらない盤を。


「リズちゃん、ダン子爵は変態だからね、色々頑張るんだよ」

 盤の上を整理しながら、王弟は言う。私は黙って父を見た。父の冷たい手が私の手に絡みつく。


「リズ、大丈夫だ」

 擦れた声だ。私は何も言わず、そして王弟を見た。頭に何か閃きのようなものが走った。


「うん? どうしたの?」

 私の視線に気づいたのか、こちらを向く。


「私とも勝負をしませんか」

 意図して淡々と言った。その言葉に向こうは蔑むようにこちらを見た。


「リズちゃん、賭けというものは一回だから価値があり、趣があるんだよ」


「いえ、勝負ですから。それにこれには私の命運が掛かっています。関与するぐらいいいでしょう」

 私が屁理屈を言うと、向こうは笑った。


「じゃあ、何か利益を提示したら、考えるよ」

 それが無理なことだという風に、投げやりな返事だ。


「私が、少し前に考えたゲームがあります。それはこの盤上ゲームよりかは簡単で子供向きです。それで勝負します。勝っても負けても、この盤上ゲームで得られる利益は全て殿下にお譲りいたします」


「面白いね。でもそのゲームで利益が得られるか分からないからね。説明してみてよ」

 意外そうな顔から、楽しげな顔に変わる。

 息を吸った。


「勝負を受けてくださるなら」


「……分かった。説明して」


 私が説明したのは将棋だ。盤上ゲームを自分で考えるなど出来るわけがない。

 このゲームが使えると思ったのは、二人のゲームに使用していたのが、升目の入ったボードだったことと、駒を使っていたことからだった。


 升目は、将棋よりも多いが、限定して使えば何とかなるだろう。駒にも適当に名前をつければいい。


「……成立してるね、よく考えられたゲームだ。感心するよ。一度取った駒が使えるという考えも素晴らしいね」

 王弟は大げさに驚いたような反応を返してくる。


「だけど、覚えたてのゲームで勝負するのは、少し私に分が悪いんじゃないかな」


「ええ、なので、私は飛車と角を使いません。取った駒も、使うのを控えます」

 そう言えば、向こうは黙り込み、顔面から表情を消した。


「分かったよ。勝負しよう。君が勝てば、ダン子爵の件は無しにしよう」

 



 百パーセント、勝てる目算があった。私は将棋に嵌って、パソコンでやりこんでいた時期があった。


 しかし、私はチラリと目の前の男を眺めた。

 そして嘆息した。

 間違いなく、この男は『そういうもの』に関する天才だ。ボードゲームはそういうものには天才が多い。


 この男は最初の10手でほとんど本質を分かってしまった。




「投了、負けだよ」

 その言葉に私は肩の力を抜いた。流石に負けはしない。といっても、かなり際どかった。

 私が飛車角を落とす将棋に慣れていなかったら負けていた。


 椅子の背もたれにもたれ掛かると、頭に誰かの手が触れた。


「リズ……」

 アンネだった。キュウと眉を寄せ、泣きそうな顔で私を見ていた。心配してくれていたらしい。


「大丈夫だよ」

 私が言うと、横の父は呆れたように息を吐いた。


「ルーン、このゲームを聞いたことは?」


「無いですね。娘が考えたのは本当でしょう」

 父の言葉に王弟は私を眺めた。


「君の勝ちだ。君の発言の責任は無かったことにしよう」

 私が丁寧に頭を下げると、王弟も疲れきったように椅子にもたれかかった。

 横でミサが笑う。


「負けちゃったー。こんな子供に負けちゃったー」

 囃してるミサを王弟は睨んだ。


「大、丈、夫! 夜は私が慰めてあげるからね」

 くすくす笑い続けるミサを見た後、彼はミサの身体を抱き寄せ、視線をよこした。


「もう一勝負だ」

 意地になったよう顔でそう言った。


 その言葉にゆっくり笑みを浮かべ、条件を一つ。


「今回も何か賭けましょう」


 何か、それは当たり前にリヘルトのことだった。





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