二回目の
図書室の真ん中の机。そこで父と王弟は対峙していた。
机の上には、前の世界での将棋のような立ち居地にいるボードゲームが置かれている。これは将棋よりも格段に難しく、この世界での知的階級が嗜むものだ。
「ルーン、学院で君は確かこのゲームの大会で優勝したんだってね」
「団体戦ですよ」
父は真剣な顔で駒を見ている。しかし、その顔は明らかに焦っている。プレッシャーを感じているのだ。私はまたも罪悪感に襲われた。
「くくっ、まああの学院で商家の息子が個人で優勝なんてしたら、殺されるしね」
父は黙っている。私は父の隣の椅子に座っていた。そして私の後ろにはロニィ、そしてアンネがいた。
そして王弟の横の席にはミサといわれる女性が艶美に座っている。
「イーザム、ほんとに貴方って呆れるわ」
と、クスクス楽しげに笑っている。男の奴隷は、無関心に本棚の前に立っている。しかしその視線は私に向けられている。揺ぎ無く。
「さて、先手は譲ろう」
王弟の言葉と共に、父は首を傾け、一手手をすすめた。
「驚いたよ。ルーン、君はとても強いね」
呆れたような言葉と共に、王弟は拍手を続けた。横でミサは「負けちゃったわね」と悪戯っぽく言った。そして言葉を続けた。
「負けちゃったわね、ルーンさん。この人と、盤ゲームで戦っちゃ駄目なのよ。強すぎるから」
父は目を瞑り、深く呼吸した。私は黙って今だ、盤上を眺めている。状勢の変わらない盤を。
「リズちゃん、ダン子爵は変態だからね、色々頑張るんだよ」
盤の上を整理しながら、王弟は言う。私は黙って父を見た。父の冷たい手が私の手に絡みつく。
「リズ、大丈夫だ」
擦れた声だ。私は何も言わず、そして王弟を見た。頭に何か閃きのようなものが走った。
「うん? どうしたの?」
私の視線に気づいたのか、こちらを向く。
「私とも勝負をしませんか」
意図して淡々と言った。その言葉に向こうは蔑むようにこちらを見た。
「リズちゃん、賭けというものは一回だから価値があり、趣があるんだよ」
「いえ、勝負ですから。それにこれには私の命運が掛かっています。関与するぐらいいいでしょう」
私が屁理屈を言うと、向こうは笑った。
「じゃあ、何か利益を提示したら、考えるよ」
それが無理なことだという風に、投げやりな返事だ。
「私が、少し前に考えたゲームがあります。それはこの盤上ゲームよりかは簡単で子供向きです。それで勝負します。勝っても負けても、この盤上ゲームで得られる利益は全て殿下にお譲りいたします」
「面白いね。でもそのゲームで利益が得られるか分からないからね。説明してみてよ」
意外そうな顔から、楽しげな顔に変わる。
息を吸った。
「勝負を受けてくださるなら」
「……分かった。説明して」
私が説明したのは将棋だ。盤上ゲームを自分で考えるなど出来るわけがない。
このゲームが使えると思ったのは、二人のゲームに使用していたのが、升目の入ったボードだったことと、駒を使っていたことからだった。
升目は、将棋よりも多いが、限定して使えば何とかなるだろう。駒にも適当に名前をつければいい。
「……成立してるね、よく考えられたゲームだ。感心するよ。一度取った駒が使えるという考えも素晴らしいね」
王弟は大げさに驚いたような反応を返してくる。
「だけど、覚えたてのゲームで勝負するのは、少し私に分が悪いんじゃないかな」
「ええ、なので、私は飛車と角を使いません。取った駒も、使うのを控えます」
そう言えば、向こうは黙り込み、顔面から表情を消した。
「分かったよ。勝負しよう。君が勝てば、ダン子爵の件は無しにしよう」
百パーセント、勝てる目算があった。私は将棋に嵌って、パソコンでやりこんでいた時期があった。
しかし、私はチラリと目の前の男を眺めた。
そして嘆息した。
間違いなく、この男は『そういうもの』に関する天才だ。ボードゲームはそういうものには天才が多い。
この男は最初の10手でほとんど本質を分かってしまった。
「投了、負けだよ」
その言葉に私は肩の力を抜いた。流石に負けはしない。といっても、かなり際どかった。
私が飛車角を落とす将棋に慣れていなかったら負けていた。
椅子の背もたれにもたれ掛かると、頭に誰かの手が触れた。
「リズ……」
アンネだった。キュウと眉を寄せ、泣きそうな顔で私を見ていた。心配してくれていたらしい。
「大丈夫だよ」
私が言うと、横の父は呆れたように息を吐いた。
「ルーン、このゲームを聞いたことは?」
「無いですね。娘が考えたのは本当でしょう」
父の言葉に王弟は私を眺めた。
「君の勝ちだ。君の発言の責任は無かったことにしよう」
私が丁寧に頭を下げると、王弟も疲れきったように椅子にもたれかかった。
横でミサが笑う。
「負けちゃったー。こんな子供に負けちゃったー」
囃してるミサを王弟は睨んだ。
「大、丈、夫! 夜は私が慰めてあげるからね」
くすくす笑い続けるミサを見た後、彼はミサの身体を抱き寄せ、視線をよこした。
「もう一勝負だ」
意地になったよう顔でそう言った。
その言葉にゆっくり笑みを浮かべ、条件を一つ。
「今回も何か賭けましょう」
何か、それは当たり前にリヘルトのことだった。




