私のモノ
「……へぇ、アンネちゃんとリズちゃんね。よろしく」
王弟イーザムはそう笑ってから、目を細めた。
ああ、やっぱり普通じゃないな。私はそれを見て、そんな風に思った。
王弟の目は明らかに品定めする目だ。そんな目を幼女にする時点でおかしい。それに、隠す気も無い。
「ここに居るのは、そこの奴隷だけなんだ」
王弟は跪いていた男奴隷を見ながら言う。そして父を振り返り、「可愛い子供たちだね」と言った。
「うわっ可愛い~」
突然隣から声がしたので何事かと見ると、黒髪の絶世の美女がアンネに抱きついていた。
アンネがピクリとも動かない。緊張しているのだろう。というか、私には何かないのか。いや、可愛いと言って欲しいわけでは勿論無い。ただこういう場合は年齢の小さいほうにいくのではないかと思っただけだ。
「ミサ、ほどほどにね」
私が自分の外見に色々と思っていると、王弟が黒髪美女にそう言った。
「なによ~、こんなに可愛い子を見て放って置けるほど、私は甘かないのよ!」
……。私は可愛くないのか。落ち込んではいない。うん、落ち込んではいない。
「ミサが悪いね」
父にそう言ってから、王弟の目は何故かこちらを向いた。
「リズちゃんか。君は買う奴隷決まった? ちなみに君のお父さんはいやらしい女奴隷買ってたよ」
ウインクしながら、王弟は言う。私がゆっくりと父の顔を見ると、彼はさり気なく視線を逸らした。
「そうですか……」
何の反応もなし、という訳にはいかないので一応相槌だけでも打っておく。
「くくっ、それだけか。ルーン、どんな教育してるの?」
父は苦い顔で、私を見てすぐに視線を逸らした。
そんな話を続けていると、いつのまにかアンネはミサという女性に絆され、楽しげに何か話をしていた。
「それで、奴隷決まったの?」
何故かしつこく聞いてくる。私は先ほどまで考えていたことを思い出し、切り出そうか迷った。さっき考えたこと―――吸血鬼が商人の娘ごときに手に入るか。
そんなことはあり得ない。リヘルトの競りは恐らく出来レースだ。いや間違いなく、そういう風になっている筈だ。
そして勿論勝者は『一番身分の高い者』、王弟イーザムで間違いない、と思う。この商品会の来賓として、王族が来ていたというのもおかしい気がする。
ということは、『王家』が吸血鬼を手に入れなければいけないと決めたのだ。恐らく。
「殿下、私はある黒髪の少年を欲しいと思っております」
駆け引きなど知るはずもなく、私は必然、直球の答えを返した。
「……へぇ……黒髪か。庭に居たね」
向こうは表情一つ変えずそう言うが、私は自分の考えが正しいことを確信した。
こんな返しは不自然だからだ。
黒髪の少年は、覚えている限りリヘルト以外4人居た。目の前の男は頭は悪くない。それくらい必ず覚えている。普通に私と会話を楽しむ気なら「どこにいた奴隷なの?」とでも聞くはずだ。
「いえ、赤い目の」
私はまたもや直球でそう言う。なんとなく自爆行為の気もしたが、私の『この身体』でも年齢を考えると、これぐらいの発言大丈夫だろう。まあ死んでも構わない。
明らかに王弟の雰囲気が変わった。殺気だった、という感じではなく、なんというか胸が苦しくなるような威圧感が私の全身に降り注いだ。
「なぜそれを知っているか、不思議だね。だけど、それは欲しいとも思ってはいけないし口にしてはいけないことだね」
淡々と話しているが、その言葉の威圧感は凄い。
前の世界では、威圧感などと言われるものを感じたことはなかった。そして威圧感がある人、といっても高が知れていた。しかし、こういう世界で、こういう存在―――特権階級は本当にそういうものを持っている。威圧感で、恐怖を与えること、人を従わせること、それが出来てしまう。
もしかしたら、私に対する周りの恐怖もそういうところがあるのかもしれない。
「いえ、あれは私のモノです」
少し噛みながら、私は王弟を見た。私が言いたかったのは、リヘルトは、そう私の下に来るようになっている、ということだった。勿論、リヘルトの意志はあるし、今この場で手に入らないとうこともあるだろう。でも恐らく国よりかは、私はリヘルトを大切に出来る自信がある。そう思ったのが、そのまま言うのも語弊がありそうだったので言い直した。
……この言葉のほうが語弊がありそうだな。
また言い直そうとしたが、王弟に遮られる。
「変わった意見だね」
楽しげな口調だが、目は笑っていない。ああやばい。恐怖が背筋に這った。
「リズ、お前の我儘は程を知っていると思っていたがな」
横から父が口を出してくる。どうやら父もリヘルトの存在は知っていたらしい。
父の目を見る。黒い目は厳しさを僅かに含んでいるだけだ。後は……。
私は罪悪感で、胸が軋んだ。
今、父は私を守ろうとしている。
リヘルト、彼に何かに縛られるような生き方をして欲しくなかった。だから私が引き取ろうと思ったのだ。
だけど、私がこの意地を通せば、恐らく父に迷惑を掛ける。何か、何か手はないのか。
「少しは大目に見ようか。さあルーン、君の娘の命運を掛けて一勝負しよう」
「……命運、ですか」
「ああ、もし君が負ければ君の娘を、そうだね幼女好きのダン子爵に嫁がせるというのはどうかな?」
「殿下、それは……」
どうやら、私のセリフは許してもらえなかったようだ。何かしら危険な単語が聞こえた。
私の様子を見て、王弟は平然と冷笑した。
「命は助けてあげるよ」
そして彼は父を見て言う。
「ルーン、君は確か、盤上ゲームが得意だったね」




