セーラー服と異世界・4
ふら、と倒れた夜を軽々と支えた志士臣。
腕の中で、まるでのぼせたかのように赤くなり意識を手放した夜を見る目は、恐らく本人すら気付いていないだろう程に優しくて。
「・・・あぁ、畜生。」
言ってみれば一目惚れだ。
自分の傷を拭う必死な表情に、心を一瞬で奪われた。
例えあの時の見た目が16の餓鬼でも、中身は今の姿通りの26歳。
十も歳の違う小娘に、なんてザマだと溜め息さえ出る。
「く、っそ・・・」
可愛い顔して寝てんじゃねぇぞ。
誰も見てはいないだろう、と思わず赤くなった顔で夜を覗き込み、志士臣はもう一つ溜め息を漏らすと夜をいわゆるお姫様だっこで抱えると歩き出した。
幸いと言っていいのかどうなのかは不明だが、自分が纏っているのは当時着ていた服で。
腰にはちゃんと、愛用していた刀剣がある。
目が覚めたそこは、己があちらの世界へと飛ばされた場所の付近なんだろう見覚えがあり、しかもその景色はどこも変わっていないように見える。
つまりは、だ。
「あっちでの16年は、なかった事になってるっつー事か。」
恐らく、としか言えはしないが、確証はあった。
道を間違えるなんてへまはしないよう、近場の集落からここまで向かう途中に残してきた道しるべ代わりの果物が、腐る訳でもなく新鮮なまま残っていたからだ。
「っつーことは、」
問題はただ一つ。
夜の、格好だ。
この世界に、夜が今まさに着ているセーラー服というものはもちろん存在しない。
流石に着替えなければ無駄に目立つだろうし、それは自分の気分が悪くなる。
「とりあえず、服だ。」
本人の意思を聞くという頭もないのだろう。志士臣・・・もとい、獅子王との二つ名を持つクウヤという男は、この広い世界での夜の第一歩を勝手に踏み出したのだった。
───────────・・・・・・
夜を抱えて歩くこと一時間弱。
「ん、ぅ・・・」
「朝日?起きたか?」
腕の中で動き出した夜を覗き込んだクウヤの顔面に、問答無用のグーパンチが入った。
「っ・・・ってぇな!!!」
「近い近い近い近い近い!顔が近い!!」
暴れる夜に、クウヤはたまらず夜を地面に下ろすと、ついいつもの荒い口調が出る。
「悪かった!悪かったっつってんだろ!!」
「・・・っ」
ああ、やっちまったと思ってもすでに遅く、夜とクウヤの間にはしっかりとした距離。
「・・・なぁ、朝日。」
優しめの声で喋りかけても跳ねる肩に、一抹の寂しさ。
「俺は、お前だけには絶対ぇ手を上げねぇ。誓って、だ。だから、ンなにヒビってくれんなよ。」
流石にしんどい。
そう漏らしたクウヤに、夜は目を丸くして驚いた表情を浮かべた。
「志士臣くんって、もっとクールな感じだと思ってた。」
「は?」
「そんなに感情表現ストレートだったんだ。」
「嫌か?」
「ううん、前よりは話しやすいよ。・・・怖い事は、怖いんだけど・・・」
ぼそ、と付け足した言葉は聞かないフリをして、クウヤは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そうか。」
それはもう、世の女の子達を虜にしちゃうんじゃないかって思うくらいの破壊力抜群な笑顔で、夜も思わず顔を赤くする。
「・・・志士臣くん、勿体なさすぎ。」
「何がだよ?」
「いや、学校でずっと怖い顔してたからさ。今みたいに笑ってたらきっと・・・」
そこまで言って、不意に言葉を止める夜。
不思議に思ったクウヤがどうしたと問いかけると、返ってきたのは小さなごめんという声。
「いきなり誰も知らないトコに飛ばされて、笑えるワケがないよね・・・」
16年。
その月日を、訳も分からず過ごすなんて、自分には果たして出来るだろうか。
たぶん、無理だ。
気がおかしくなったって仕方がないと思うほどの日々を、心を抑えつけて過ごすなんて。
「デリカシー、なさすぎだね。」
ごめん、ね。
犬ならきっと、耳をぺたりと垂れさせているんだろうそれほどにしゅんとなる夜に、今度はクウヤが目を丸くする番だった。
「俺のさっきの話、信じんのか?」
異世界、神、そんな、あちらの世界にとってはまるで夢物語のような話を。
「どこに、信じられる根拠が・・・」
「嘘なの?」
「嘘じゃねぇけど、」
「じゃあホントでしょ?それ信じなかったら、私バカじゃん。」
あっけらかんと言う夜に、迷いは感じられなくて。
その態度が、どれだけありがたいか。
「だから、ごめん。」
「・・・謝んな。謝る必要なんてねぇから、だから頼む。」
抱き締めさせろ。
は、と声を漏らした夜の返答を待たず、ぎゅと簡単に腕の中に収まる夜を抱き締めるクウヤ。
初めこそ抵抗しようとしていた夜も、諦めて大人しくされるがままになった。
少し、ほんの少しだけどクウヤの肩が震えているのに気付いたから。
「志士臣くん、」
「・・・クウヤ、でいい。志士臣は向こうの世界の名だ。」
「クウヤ、くん?」
「くんもいらねぇよ。」
「・・・クウヤくん、歳いくつ?」
「26。」
「年上を呼び捨てはちょっと・・・」
「お前なら、いい。」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「じゃあ、クウヤ。」
「ん?」
「とりあえず、どれだけよろしくか分かんないけど、とにかくよろしく、ね。」
はにかんだ笑顔浮かべて下から夜が見上げれば、たまらずクウヤは夜を押し倒そうとする体制になり。
再び夜の拳が唸ったのは、その直後の事だった。




