セーラー服と操り人形・1
嵐は既に跡形もなく、穏やかな波が静かに打ち付ける海岸線。
波の隙間から見え隠れする岩礁が完全に波の下へと埋まり、海が深い青に色を変えている辺りに見覚えのある船が鎮座しているのが見える。
嵐の影響か帆は所々が破れ、船体にも傷んだ跡があるものの、それは見紛う事なくセキの船だった。
「あんな、目立つ所に、」
「・・・馬鹿野郎共が。隠れとけっつっただろうが・・・」
夜が驚いた声を上げれば、船長であるセキの口からは溜め息と共に呆れた声が漏れる。
クウヤに抱えられたままの夜はそんなセキを見て思わず口許を綻ばせた。
「よく、分かりましたね。」
「助けに来い、なんて俺に向かって命令しなのはどこのどいつだっけか。」
「命令じゃなくて、約束ですよ。」
「尚更タチが悪ぃじゃねぇか。」
冗談混じりに夜が言えば、セキは手を伸ばして夜の額を強めに小突いた。
「あいた・・・ッ」
「てめ、セキ・・・!」
「怒んなよ、獅子王。今回の件に関しちゃ、十割方夜ちゃんが悪ぃからな。」
夜に手を上げる行為に文句を言い掛けたクウヤだったが、セキの言葉に思わず押し黙る。
そして担いでいた肩から夜を地面に下ろすと、セキと向かい合わせる様に立たせた。
「え、ちょ、クウヤ・・・?」
その行動の意味が分からずクウヤの方を向こうとした夜の頭を、セキが片手でガシ、と掴んだのはその時で。
首が動かせなくなった夜と目線を合わせるように屈んだセキは、笑顔を作りながらも全く笑っていない目で夜を射竦めた。
「・・・・・・、」
「せ、セキ、さん・・・?」
「・・・」
言葉はない。
ただ真っ直ぐ視線を合わせてくるセキに、夜の背筋には一筋の冷たい汗が流れた。
怒って、いるのだと。
視線が、雰囲気が、教えてきたから。
「夜ちゃん、」
声が低く響く。
通常であればクウヤが止めに入っても可笑しくはないのだが、今、クウヤはそれをする事をしなかった。
何故か、と言われれば、恐らく、この時ばかりはクウヤとセキが考えている事が同じであったからなんだろう。
そして、次の瞬間。
ぱしん・・・ーーーー
乾いた音が、小さく響いた。
目を瞬かせる夜の両頬がじわ、と熱を帯びながら痛みに痺れるのに夜自身が気付いたのは数秒ほど間を空けてからで、驚きに見開いた目映ったのはどこか苦痛の表情を浮かべながら苦笑いするセキの顔。
「俺を守ろうなんざ、百年早ぇよ。馬鹿野郎。」
夜の両頬を張った手はそのまま夜の顔を包んだままで、顔どころか視線さえ動かせなくなった夜はセキの表情を目に映しながら思わず小さく口を開いた。
「ごめん、なさい、」
何故かは分からないが、謝罪の言葉が飛び出して。
それを聞いたセキは、困ったように笑いながら夜から手を離して一歩後ずさった。
「分かったら、もう二度とするんじゃねぇぞ。」
言って、外す視線。
脳裏に過ったのは、遠ざかる姿。
伸ばした手も届かず、
叫ぶ声は波に掻き消され、
呼んだ名前は、声にさえならなかった。
恐怖、とでもいうのだろうか。
思い出しただけでも、喉元が震える。
「二度と、だぞ。」
もう一度言ったのは、釘を刺しておかないとまた同じ事をするような気がしたからで。
同じ思いで夜を見ていたクウヤもまた、真剣な表情で夜の頭をぐしゃ、と撫でるとどこにも行かせないとばかりにその細い腕を握った。
「クウヤ、痛い。」
「我慢しろ。」
「ちょっとは力、緩めてくれても・・・」
「“今”は、駄目だ。」
困った表情を浮かべる夜に、クウヤとセキは互いに視線を交えてからその口許に苦笑を浮かべた。




