セーラー服と嵐・12
身を投げ出すように飛び込んできた夜を、クウヤとセキは軽々と抱き止めた。
その体ははっきりと分かる程に震えていて、それにより更に膨らむ怒りの念。
「かっこいーねー。ナイト様のご到着、って訳だ。」
そこに聞こえたのは、からかうような響きを帯びた、けれど何処か苛立ちを含んだイーグの声。
それに、そっと夜から離れたクウヤは静かに足を振り上げた。
「黙れ」
たった、一言。
そう口にしたクウヤは、問答無用の蹴りをイーグの顔面目掛けて降り下ろした。
座っていたイーグの巨体は派手な音を立てて面白い様に吹き飛び、幾度か地面を転がってからその動きを止めて。
音の割に大したダメージは受けなかったのか、蹴られた顔を押さえながらゆっくりと体を起こしたイーグは声を発した。
「いたた・・・いー年したおじさんに何を無体な事してくれんの。」
「黙れって、言ってんだろうが。」
「・・・はは、本格的にナイト様気取りって事か。いーんじゃないの、若いんだしその位熱くても。」
でもさ、
と続けるイーグに、夜を支えていたセキも怒りがピークに達したのか夜から離れるとクウヤの隣に立ってイーグを睨み付けた。
「夜ちゃん、悪ぃがちょっと待ってな。」
「、セキ、さ・・・?」
「夜、もう少し下がってろ。」
「クウヤ、?」
それぞれが夜に声をかけながら、見据えた先のイーグに刃の切っ先を向ける。
その目からは明らかな殺気を感じて、イーグはゆっくりと立ち上がると乱れて目に掛かっていた前髪を掻き上げた。
そして、開いた口。
「お前ら如きの覚悟じゃ、何にも守れねえよ。」
ぞっ、としたのは、その口調が急に変わったからだろうか。
夜を見ている間はずっと浮かべていた笑みは消え去り、無表情に近い表情でクウヤとセキを見るイーグ。
その有無を言わせぬ威圧感にクウヤとセキが眉を潜めれば、それを目にしたイーグの足が一歩、近付くように踏み出された。
「お前らが大事な大事なお姫様から目を離してる間に何があったか、教えてやろうか?」
言いながら、更に一歩近付く足。
思わず一歩後退ったのはクウヤとセキ、二人同時だった。
「何回、殴られたと思う?何回、蹴られたと思う?体も気持ちもボロボロにされて、どんな思いしたか・・・お前らに分かるか?」
一歩、更に一歩。
近付く度に語気を強めるイーグ。
その声からは怒りを感じて、それに言い返そうにもクウヤもセキも声が出せない。
それ程の、言い様のない圧倒的なイーグの空気。
それを醸し出しながら、イーグは更に続けた。
「お前らと居る限り、夜ちゃんはずっと同じ思いをし続ける。絶対に、だ。
だからもう帰してやれ。二度とお前らと関わらない、安全な元居た場所へ。」
そうすれば、俺らもその子にだけは手は出さない。
そう告げたイーグに、セキは何の言葉も返せなかった。
その通りだ、と思ってしまったから。
そしてクウヤも返す言葉を失っていた。"帰る場所"がこの世界に無い事など自分が一番分かっているつもりでも、それでもイーグの言葉に間違いが無い事は確かだったから。
だから、こそ。
歯を食い縛ったクウヤとセキ。
その時。
「私、セキさんには言いましたよね。」
え、と不意に聞こえた声に男三人の視線は夜に注がれて。
そこに見えたのは、困ったように笑う夜の顔。
「出会った事を、間違いだなんて言わないでよ。私は今、幸せなんだから。
こんな、こんな広い世界で折角会えたんだから。
そう、言ったじゃないですか。・・・セキさんだけじゃない。クウヤとだってそうだよ。
それなのに、何で勝手に後悔されなきゃいけないの。私の出会いまで否定しないで。」
思わず目を丸く見開いて夜を凝視したイーグは、唖然と言葉を漏らした。
「あれだけ痛い思いして、よくそんな事言えるね。」
「痛いのは、治してくれたじゃないですか。」
「今回は治っても、次はそうはいかないかもよ?」
「怪我だけなら治ります。それに、」
「それに?」
「きっとまた、助けに来てくれるから。」
「・・・、来て、くれなかったら?」
「今日も来てくれたから、たぶん、大丈夫。」
「間に合わないかも、しれないだろ。」
質問の連続に夜の顔には苦笑が浮かんで、最後の問いには答えずに逆に夜が質問を返す。
「あれだけ色々しておいて、貴方がそれを聞きますか。」
正に返す言葉もなかったのだろう、イーグは押し黙って。
それを見た夜はクウヤとセキに手を伸ばすとそれぞれの服を掴み、くい、と軽く引いた。
「帰ろ。」
少し疲れた、と言って二人を見上げ笑う夜。
堪らない愛しさが沸き起こったのは恐らく二人ともで、怒りなど霧散して夜を自分の肩に抱き上げたのはクウヤ。
「、どこ、に、」
そこに、イーグが必死に絞り出した声で問いかける。
夜は顔をイーグに向けると、自然と浮いた笑顔のままでその問いに答えた。
「取り敢えず今は、セキさんの船に。それから先はまた考えます。帰る場所はあるけど、帰る方法は考え中なんで。
今は、待ってくれてる人が居る場所へ帰ります。」
お世話になりました。
そう付け足したのは、怪我を治して貰ったことは確かだったから。
夜がそう告げるとほぼ同時にクウヤは歩き出し、それに続くようにセキも踵を返した。
イーグは追う気力さえも削がれ、その背を見送ってから静かに地面に崩れる様に座り込んだ。
「・・・あーぁ、ありゃ手ぇ焼くわ。」
とんだじゃじゃ馬だ、と呆れて笑ったイーグの脳裏に、笑顔の夜の顔が横切った。
「おじさんも本腰入れますか。」
そう呟いた声は、誰に届くでもなく静かに消えて。
その目に覚悟を宿した事は、今はまだ誰の知るところでもなく。
獲物を見つけた猛禽が、嘲った事も誰も知らない。




