セーラー服と嵐・7
ハクトは、目を閉じ意識を飛ばした少女を見下ろしながら表情を固まらせていた。
自分の足を掴んだ手はのままで、意識のないはずなのだが力が緩められる様子はない。
雨風、そして泥水によりどろどろになって倒れるその少女から、何故か目が離せなかった。
「ハクト、分長・・・?」
その様子を見かねた部下の一人が恐る恐る声をかけると、それに弾かれるように漸く夜から目を離したハクト。
それほどに呆然としていたのかと自分自身に驚いたハクトは、それを周りに察せられないようにいつもの口調で取り繕った。
「この子、連れてきてくれる?だーいじな人質なんだから、丁重に、ね。」
「・・・分かりました。」
自らの手で痛め付けておきながら、平気でそんな言葉を口にしたハクトに部下は僅かに眉を潜め、けれどそれを気付かれればどんな目に遭うかなど簡単に想像できたその部下はそれ以上は何も言わず、横たわる少女を抱えあげた。
自分が扱う武器よりも、自分が纏う服よりも、遥かに遥かに軽く感じる少女なのに。
真正面から、自分達でさえ恐れる男に向き合って。
不意に惨めになったその部下は、顔をしかめて唇を噛み締めた。
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それから数刻。
海からそう離れていない、今の拠点となっている場所へハクトを先頭に戻った一行。
「お前たちは次の出動の準備でもしてな。俺はシュラさんトコ行ってくるからさ。」
言って、半ば無理やり夜の体を貰い受けたハクトは夜を肩に担ぐと、誰にも何も言い返す暇も与えず、自分の上司であるシュラがいるテントへと歩き出した。
そしてそこに辿り着いたハクトは、中の様子も伺わずに中へ入る。
「シュラさん、ただいまー。はいコレお土産ー・・・って、あー・・・なーにやってんすか、シュラさん。」
「・・・ハクト、声をかけてから入れ。」
「はいはーい。ってか、そいつ何スか?」
そいつ、と言われた"モノ"を指差し声を掛けた先には、白であったはずの軍服をどす黒く染め上げたシュラの姿。
手には赤黒い液体を滴らせる刃を持ち、息一つ乱さず表情一つ変えず目線だけをハクトに向けたシュラ。
その足下にはビクビクと小さく痙攣する"何か"が転がっていて、よく見なければそれが人間であるかなどは分からないし分かりたくもないだろう。
「何処のネズミか吐かせていただけだ。一人の時なら何とかなるかと思ったんだろう。」
「密偵?敵?何にしても、シュラさんだけ楽しんでずっりーの。で、吐いたんスか?」
「大して楽しくはなかったがな。だがまぁ、大体目星はついた。」
人一人が死にかけているその空間で、普通に話す二人の異常さ。
まだ意識のあるシュラの足下の人物はそれに恐ろしい程の恐怖を感じ、最後の力を振り絞って逃げようとした、その時。
「それで、お前の方はどうだったんだ。その肩のモノは?」
もう興味さえもなくなったのだろう、いとも容易くその人物を己の刃で絶命させたシュラは、しっかりとハクトの方に向き直るとそう問い掛けた。
「獅子王は嵐に乗じて捕獲出来ず、何でか一緒に居た炎鬼も、この子のおかげで逃げられちゃったんスよねー。」
へら、と笑って言うハクトに、シュラの眉間には皺。だが、それさえも笑って流したハクトは更に言葉を続けた。
「でも、多分来ますよ。」
「確証は。」
「この子がいるから、多分、絶対に。」
残虐と知られた炎鬼が庇っていた少女だ。
誰も近寄らせない獅子王が側に置いた少女だ。
つまりはそれだけの執着がある、という事なんだろう。
「生かしておく価値はあるかなー、なんて。」
「それだけ痛め付けておいて何が生かすだ。」
ハクトの肩に担がれた夜に手を伸ばしたシュラは、その顔を見ようと夜の前髪に手を掛けた。
濡れた髪の毛は顔に張り付いていて、それを退かせば冷えた肌と影を落とす睫毛が見えて。
「、ん、・・・っ」
と、それに反応して漏れた小さな声。
そしてゆっくりと瞼が動いて薄く開き、間から黒い瞳が見えて。
「ぁ、れ・・・?」
状況を把握出来ずに寝惚けた声を漏らしたのも束の間、身体中を走る激痛に完全に覚醒し全てを思い出した夜は、目を見開いて腕を突っぱねハクトの腕から逃げ出した。
「っと。あっぶねーなー。」
そうは言うものの薄ら笑いを浮かべたハクトは簡単に夜を解放し、余りに急に力を抜かれたせいで激突するように地面に落ちた夜の体。
「いっ・・・!!!??」
「あーあー、暴れるからだよー?」
「っゃ・・・ッ」
痛みに夜が呻き声を上げれば、再び夜を捕らえようと伸ばされた手。
痛め付けられた恐怖を思い出した夜はそれを拒絶するように床を這うようにその手から逃れ、それが面白かったのだろう、ハクトの顔が楽しそうに笑みを浮かべた。
「はは、鬼ごっこ?」
「ハクト、遊ぶな。」
「ちぇっ」
「・・・・・・おい、女。」
それを制したシュラはハクトを押し退けて夜に近付くと、片膝を付いて夜に問い掛けた。
その姿からは殺気など感じず、夜もふっと緊張を緩めてシュラに顔を向けた、
その、瞬間。
「知っている事を、全て吐け。」
パシン、と。
容赦なく張られた頬。
衝撃で目眩を起こした夜が何も答えられずにいると、今度は前髪を掴んで顔を自分に向けさせたシュラに。
強制的に顔を動かされ、嫌が応にも目に映るシュラの顔。その整った顔に夜が一瞬息を飲んだのも束の間、その、顔に数滴飛んでいた赤黒い液体に気付いた夜は目を更に見開いた。
男にしては白い肌に飛び散っていたそれはあまりにも相対していて、更にそれが血液じゃないかと気付いた夜は、ハクトにとはまた別の狂気をシュラに感じて。
震える唇は、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「、わ、たし、は、」
声さえも震えて。
聞き取れない程に掠れて。
けれど言葉を続けたのは、夜自身でさえ何故か分からなかった。
「私、は、あなた達が、」
圧倒的に力の差がある相手からの、容赦のない暴力。
息も出来ない程の威圧感。
そんなものは全部、全部全部全部、
「っ大嫌い、だ。」
痛い、辛い、苦しい。
そんなものを与える目の前の二人に、単純に沸き上がった感情。
それを告げながら溢れた涙を拭うことなく、夜は目の前のシュラを睨み付けた。
それはほんの些細な抵抗だった。唯一出来る、悪足掻きだった。
その、言葉に。
ふとシュラの手から力が抜けて。
崩れ落ち掛けた夜の体は、横から伸ばされた腕に抱き止められて。
「シュラさん、」
「・・・殺すんじゃないぞ。」
「はーい。」
冷たい声は耳元で聞こえ、容赦なく抱き上げられた体は宙に浮き。
仕切られた隣の部屋へと移動すべく立ち上がったハクトは、夜の顔を覗き込んで、
暗く、
笑った。
「夜ちゃん、遊ぼうか。」
好きだって泣いて喚いて叫ぶくらい、遊んであげるよ。
小さく、けれどよく響く声。
それを聞きながら目を伏せたシュラはハクト達の向かった方へ背を向け、小さくため息を吐き出した。
「いつまで、持つか。」
狂犬の地雷を踏んで、噛みつかれなかった奴は居ない。
逃げられない状態で、絶命するまで弄ばれる。
少女の・・・夜の近い未来を想像したシュラは、再度息を軽く吐き出して頬に飛んでいた血液をぬぐった。




