セーラー服と嵐・5
震えを抑え込もうとしているかのように強く抱き締められた事により、夜は目を見開いて息を飲んだ。
それと同時にふと違和感を感じた夜が見開いたままの目を動かしてセキの腕に視線を移せば、そこに見えたのは不思議な光景で。
「セ、セキさん、ですよね・・・?」
思わず問いかけたのは、そこに見えたのが凡そ人間のものではないであろう、皮膚の代わりに"鱗"のようなもので覆われた腕。
けれど声は確かにセキのものだと思っている夜の頭は大いに混乱して、問い掛けを投げ掛けてからゆっくりと視線をセキの顔へと動かした。
「・・・、え、・・・?」
そして、また止まる思考。
夜の視界に飛び込んできた顔は見覚えのあるセキの顔だったのだが、その頬の途中まで腕と同じ鱗が覆っているのだ。
薄水色の半透明なソレは一見すると宝石のようにも見えるほど美しいものであったが、セキの燃えるような赤銅の髪と相反するような色合いに、何故か畏怖に近い感情が沸き起こる夜。
それは、"未知"というモノに対しての純粋な感情だった。
「・・・気持ち悪ぃだろ。」
と、そんな夜の心を覗いたかのように、不意にセキの体は夜から離れて。
どこか嘲笑を含んだ物言いに夜が何も返せずにいると、セキは夜に背中を向けて距離を更に開けた所に腰を下ろした。
「嵐が落ち着いたら、船を呼んできてやる。だからそれまで、仕方ねぇから我慢しとけ。」
「セキ、さん、」
何を言えばいいか分からず名を呼んでみれば、僅かに跳ねるセキの肩。
恐らく此処は岩の隙間に出来た洞窟の中か何かなんだろう、僅か先にある入口からは荒れる天候がはっきりと見えていた。
そんな中でもよく響いた夜の声に、セキは振り返らずに言葉を返す。
「無理すんなよ。怖ぇんだろ?気持ち悪ぃんだろ?だったら見えないフリして黙って耐えてろよ・・・!!」
怒鳴るような声に夜は思わず身震いした。
そして、ハッと気付く。
自分の手が、震えている事に。
目に見えるのは、鱗に覆われた腕と足。
僅かに覗く手の指同士の間には水かきのような薄い膜が張っていて、足にも同じものが見えて。
髪の毛から覗く耳は尖り、それらは鱗のせいか肌さえも青く見せていた。
正に、異形。
昔読んだ何かの物語に出てくる魚人のようだと、気付いて夜は震える口を開いた。
「あ、の・・・でも、セキさんが助けてくれたんですよね・・・?」
ならばせめてお礼を、と。
そう、口にした直後。
「っ・・・善人ぶるんじゃねぇよ!!怖ぇならそう言えよ、気持ち悪いならそう言えよ!!!胸糞悪ぃんだよ・・・ッ!!!」
握り締めた拳で壁を殴り付けたセキ。
怒号は洞窟の中で響き渡り、その剣幕に夜は押し黙る。
それを確認したセキはそれ以上はもう何も言わずに、突き立てた拳を元の位地に戻した。
「、・・・っ」
ふ、と。
夜は鼻奥がツンと痛くなるのを感じて、それに伴って目に沸き上がってきた熱い何かを溢さないように、両手を強く握り締めた。
油断すれば漏れるであろう嗚咽を必死に飲み込み、セキから視線を外してそのまま地面に視線を落とす夜。
恐怖や畏怖からくるものではなかった。
同情なんかでもなかった。
まして、嘲笑でもない。
自分の情けなさからくる、ただの自己嫌悪。
言葉をかけたくても、持ち合わせた言葉に使いたいものはなくて。
言い返したくても、そんな度胸もなくて。
助けてくれた人に対して、恐怖さえ感じた。
「、ごめん、なさい・・・」
蚊の鳴くような声が思わず漏れて。
それが、聞こえたのだろう。セキの肩が再びピクッと動き、ゆっくり振り返ろうと動き出した頭。
そして向けられた視線が夜を映し、何かを言おうと口が動き出そうとするかしないか、
その、刹那。
「みーっけた。」
異常な程に、明るい声。
けれどその声に含まれている"狂気"にいち早く気付いたセキは夜の腕を掴むと、抜けるんじゃないかと言うほどに強く引き寄せた。
そしてその声の主に体当たりする様にぶつかって相手を怯ませると、洞窟の外へと飛び出す。
「あー、ダメダメ。逃がさないっての。」
声が嘲笑うかのように聞こえて。
そして、その声の通り飛び出したセキの足はそこで止まった。
「っ、」
「鬼ごっこで鬼がつかまってちゃ世話ないね。炎鬼、捕まえた。」
洞窟を出れば、右も左も軍服らしき白い制服をかっちりと着こんだ男たちに塞がれて。
前は今出てきたばかりの洞窟、後ろは断崖、その下は荒れる海。
正に四面楚歌。苦い顔をしたセキは背中に夜を庇うように立つと、般若の如き形相でニコニコ笑う男を睨み付けた。
「てめぇ、何処の犬だ。」
「犬だなんてひっでーなー。犬は犬でも、俺は"狂犬"。一緒にすんじゃねーっての。」
その男の異常さは、夜でさえも分かる程だった。
笑顔を浮かべる顔が、狂気を孕んでいるんだ。誰の目から見ても明らかな程に。
「今切り刻まれて死ぬのと、後で痛め付けられて死ぬの、どっちがいい?」
腰の刃を抜き放った男は凶悪な笑みに顔を歪めながら、その二択を口にした。




