忍び寄る暗雲
荘厳な神殿。
そこは、たった一人の神子の為ありとあらゆる贅と権力を駆使して作られた場所で。
その神殿の最奥の祭壇の前には、三人の人物の姿があった。
『祠も神の宝玉も、もうあそこにはありません。軍をお引き上げ下さい、隊長様。』
金糸のような柔らかい髪に、絹のような真っ白な肌。
人形のような容姿のその巫女は、目を伏せたままそう告げ、傍らに座す若き王もまた、それに従うようにと続いた。
『仰せのままに。』
そう頭を下げ、二人の前に膝をつき対面していた男が早馬で隊に戻り、その後すぐに隊を引き連れて戻ってきたのは少し前の事。
とんぼ返りの様に休みなく移動したため、隊員達の疲労具合は見てとれるほどで、隊長であるその男はすぐに皆に休息を取るように促した。
「シュラたいちょー、俺ら使いっぱのコマじゃねーっスよー。なーにが神子様だよ、てめーで見て来いっつーの。」
「口を慎め、ハクト。」
「そんな事言って、シュラさんだってハラワタ煮えくり返ってるくせに。なんなら俺、サクッと殺ってきましょーか。」
猫のような笑みを浮かべながら、本気とも冗談とも取れる台詞を口にするハクトという男に、シュラと呼ばれた隊長は方目の目尻を微かに痙攣させた。
「ハクト、」
「じょーだんっスよ、冗談。シュラさんのだーいすきな神子様に手なんて出すわけないじゃないっスかー。」
ヘラッと笑って見せたハクトの目には、隠しきれない狂気が潜んでいる。
今日に限ったことではないのは隊長であるシュラが一番分かってはいるし、それを知って尚彼を己の隊の筆頭に置くのは、そんな狂気すら補って余りある程の強さゆえ、だ。
「お前も休め。」
「じょーだんじゃねーって。これでも俺、結構イラついてんスよ?夜通し歩かされて。・・・ちょっと昇った血ぃ、下げてきまーす。」
それが、何を意味するのか。
分かってはいたが、シュラは敢えて止めようともしない。
「程々にしておけ。」
「シュラさんのそーゆーとこ、すっげー好き。」
獰猛な獣の様に八重歯を覗かせて笑みを漏らしたハクトは、隊舎の壁に貼られた犯罪者のリストを一瞥してから更に笑みをその顔に深く刻んだ。
それはもう、獲物を見つけた肉食獣のそれそのもので。
「・・・・・・・・・、」
その背を見送ったシュラもまた、獰猛に瞳を細く光らせた。
((獅子王が、何かを知っている筈です。))
神殿を出る時、背中に掛けられた声を思い出す。
それは祠についての次の情報であり、また、次の任務でもあった。
「、下らんな・・・。」
先見、などという特異能力も。
それに心酔する王も。
力ばかり欲する国も。
そして、それに従う己も。
口をついて出た言葉に己で溜め息を漏らしながら、シュラは吐き出すように舌打ちした。
そして目を閉じ、
獲物の姿を脳裏に刻む。
神子と同じ色の髪を持つ、忌々しい金色の獣。
"獅子王"の、その顔を。




