セーラー服と海賊・20
それよりも少し前。
甲板には、縁に寄りかかるクウヤと少し離れた所で背中を縁に預けて座るセキの姿があった。
潮風が傷に滲みて、けれどそれが色々考え過ぎてぐちゃぐちゃになりそうになる思考を何とか押し留めてくれていて。
「・・・なァ、獅子王・・・・・・」
不意に、言葉を発したのはセキだった。
先程までの殺気のみを纏っていた言葉などどこかへ消え、まるで毒気の抜かれた様なその声にクウヤはゆっくりと視線をそちらへ移す。
そして見えたのは何とも覇気のない、見た事のないセキの姿。
「・・・らしくねーな。いつもの勢いはどうしたよ?」
「はっ・・・憎まれ口叩いてるつもりか?てめぇこそ、らしくねぇ顔しやがって。」
互いに言われ、茫然と思い出すのは子供のように泣きじゃくる夜の姿にあの泣き声。
呆れる、よりもただただ罪悪感が募る。
「何で、あんなガキ連れ回してんだよ。他人に、まるで興味なんざ持たねぇお前が。」
「そんなのお前も同じだろうが。たった1人の小娘相手に随分と執着してんのは何でだ?」
「・・・・・・、知るかよ。」
トーン低く続いた会話。
これだけ落ち着いて話した事なんてなかったのだろう、不意に会話が途切れれば、もう次の台詞は続かなかった。
と、そのタイミングで、二人の側に歩み寄ってきた黒い影。
「・・・セキ、おちついたか。」
「クロ・・・」
セキの声に戸惑いさえ感じたものの、落ち着いた事を悟ったクロは僅かに目元を緩ませた。
「ようやく、いつものおまえにもどってきた。」
「、は・・・?」
「セキは、それでいい。」
何を言ってる、という言葉は喉まできていたが音にはならなかった。
クロの言葉の意味をなんとなくだが理解したから、だ。
そしてセキは深くため息を吐き、重かった腰をなんとか上げて立ち上がりかけた、その時。
かつ、かつ、かつ、かつ、・・・と。
感情が伝わるかのような音を立てて近付いてくる足音。
それにまずクウヤが、そしてクロが、最後にセキが、順に気付いて視線を向けた時にはもう、
パシン、と乾いた音が小さく響いて。
「・・・え、」
軽い衝撃にも関わらず、目を白黒させたのはクウヤ。
そしてその光景を目にしたクロとセキが茫然としていると、再びパシンという音と共に張られたのはセキの頬。
何が、起こったのか。
力いっぱい殴られた訳でもないのに、頭の中は脳震盪を起こしたかのようにふらついて。
クウヤは縁に寄りかかったまま、セキは立ち掛けた足を再び折り曲げて座り込み、お互い腰を抜かしたように身動きが取れなくなった。
唯一攻撃されていないクロも何も出来ずにただ固まるばかりで、3人は同じ方向を向いて瞬きさえ忘れてそこに立つ小さな姿を目に映した。
「喧嘩はダメって言ったけど、アレ、無し。」
静かな口調にも、はっきりと滲み出る怒りに近い荒ぶる感情。
「私ばっか痛かったり怖い思いするのは、不公平。・・・クウヤやセキさんばっかり、怪我するのは不公平、だ。
守る、とか、やめて。
なんか居心地悪い。
お姫様はガラじゃないんだ。守られてるだけのお姫様は嫌なんだ。
それなのに、私を喧嘩の理由にしないでよ。
自分の喧嘩は自分でできるよ。
私に、ちゃんと怒らせてよ。」
両の手を、体の横で拳を作って小刻みに震わせて。
段々と絞り出すような声になっていく言葉から伝わる、本心、という名の怒り。
「、よ、夜・・・?」
呆然とクウヤが名を呼んだのがきっかけだったのか、ぼたぼたぼた、と大粒の雫が夜の目から溢れ出して甲板に雨粒の様に染みを作った。
「わ、分かんない、よ・・・!クウヤの事も、セキさん達の事、も・・・ッ!!何にも、知らないん、だからっ、っ!!
なのに、ほっ・・・惚れた、ッだとか、っ急に抑えつけられたり、とかっ、」
嫌、とまでは言わない。
だけど怖くない訳じゃない。
「こ、心、とかッ・・・あ、たま、が、」
ついていかないんだ。
溜まっていた、全ての不満。
癇癪という形でそれを吐き出した夜は、落ち続ける涙を拭うことなく、クウヤとセキの目を真っ直ぐ見据えていた。
その時にはもう、慌てて後を追いかけてきていたサラクも追い付いてたが、聞こえてきた夜の言葉に何も台詞が思い付かず、クウヤ達と同じように唖然と固まるしかなく。
痛いような沈黙が流れたのは恐らく数秒。けれどとてつもなく長く感じたそれを切り裂いたのは、場違いな程に元気な一つの声。
「頭ー、何して・・・・・・ってはぁぁぁ!!?ちょ、何!?どうなってんの、何これ、何この状況!!よ、夜!!?どーしたんだよ・・・!?」
それはちょうど甲板に出て来たばかりのカイの声。
状況などまるで把握出来ていないカイから見れば、四人の男に囲まれて大泣きする夜、という状態で、焦って駆け寄ったのはもちろん夜の側。
「ちょ・・・マジで何!?何で泣いてんだよ!?」
「・・・ふ、っは・・・ッ」
と、そんな空気を読まないカイの行動に、一気に力を抜かされた夜が思わず吹き出した。
「カイの所為で、気ぃ抜けた。」
「は!?ちょっと、ホントに意味がわかんねーんだけど・・・!?」
「・・・はい、カイ、そこまで。もう大丈夫だから、ちょっとあっち行ってなさい。」
「サラク、さん?・・・いや、でも、」
「いーから。はい、回れ右。」
カイに毒気を抜かれたのは夜だけではなく、同じく緊張を解かれたサラクは苦笑しながらカイを説得してその場から離して。
そして夜の近くに寄ると、拭ってなかった涙を自らの服の袖で優しく拭き取ってやった。
「あーあ、目がぱんぱんよ。ぶっさいくねー」
「・・・むぎゅ、」
「あらやだ、鼻水。ばっちーわね。」
「っ・・・サラクさん!!」
「でも、」
いい顔になったわ。
にっこり、微笑むサラクに夜は一瞬言葉を詰まらせて。
それから、同じように笑顔を返した。




