セーラー服と海賊・9
それは、面白いくらいに不思議な世界だった。
上も下も、右も左もないような、真っ白な世界。
浮いているのか、足がついているのかさえも分からず、ただそこに"在る"という感覚。
『名を、名乗れ。』
不意に響いた声は無機質の様で、けれど感情のある不思議な音で。
その世界に響き渡ったその声に、夜は促されるように口を開いた。
「朝日、夜。」
『朝日、夜。』
繰り返され、頷く夜。
するとその声は満足したように、急速に世界から気配を消していく。
『必要な時に、我が名を呼べ。』
『我が名は-----。』
「え、?」
何故かノイズのかかったように、そこだけが聞き取れない。
再び聞こうとしても、もうその存在はほぼ消えていて。
そして最後に、
『ではまた会おう、我が主よ。』
それだけ響いて、消える声。消える気配。
「ちょっと待って・・・!!!」
叫んでも、消えていくものは待ってはくれない。
更には白い世界さえも暗転し、辺りは一面が漆黒の闇。
「、な、に、今、の、」
小さく呟く夜。
と、不意に意識が遠ざかり、次の瞬間には目映い光が薄く開けた瞼の隙間から差し込んできて。
「、ぅ・・・」
その眩しさに思わず漏らした声の直後、その光を遮るように、眼前を影が覆った。
「あら、起きたの?」
「え、?」
「無理に起き上がっちゃだめよー。いたーいから、ね?」
「え、っと、・・・は、い・・・?」
声をかけられ反応すれば、にこりと微笑む美人さんが一人。
知らない人の顔にハテナマークを連発しながら、夜は目の前の人物に話しかけてみる。
「お姉さん、は・・・?」
「あらー、嬉しい!!ワタシ、女に見えてくれてるの?」
「へ、?」
おかしな問いかけに間抜けな声を上げた夜に、美人さん・・・もとい、サラクは声を上げて笑い出した。
「よーく見てごらんなさいな。」
口元に笑みを称えたままで夜の上から少し体をずらし、自分を見るように促すサラク。
夜は促されるままにそちらを、首だけを動かすようにして視線を移して見てみて。
そして、目を見開いて、唖然と声を漏らした。
「お、とこ、の、ひと・・・?」
「せーかい。中身が少し女なだーけ。」
ばっちん、と音の出そうなウィンクを投げて寄越したサラクに、夜は思わず赤面。
女の人にしたってそんなに綺麗な人はいないだろう。
それが、男の色気さえも含んだ表情を浮かべるのだ。
これで表情を変えない人がいるのならば、ぜひお目にかかりたい。
「なんか、ずるいです。」
「なーにがよ?」
「美人でカッコいいって、最強じゃないですか。」
「っふふ・・・ッ、あははははっ・・・っ!」
腹を抱え、豪快に笑うサラク。
それに夜が目を真ん丸くして驚けば、更に笑い声は大きくなり。
「いーわ、アナタ。すっごい気に入っちゃった。」
「なんか、からかってます?」
「まさか!誉めてんのよー。」
本当ですか?なんて疑いの眼差しを送る夜に、サラクはとびきりの笑顔を返す。
そして、夜の頭を優しく撫でてから再び話し始めた。
「さて、まずは自己紹介。アタシはサラク。お医者さん。」
「わ、頭もいいんですね。もうなんか、すごいですね!!」
「あら、ありがと。で?お姫様のお名前は?」
「・・・姫、って・・・」
「いーの。女の子はみーんな、お姫様でしょ?」
「なんか、むずかゆい・・・。」
いーからいーから、なんてはぐらかされ、夜に話の続きを促すサラクに、夜は逆らう事も出来ずに話を続けるしかなかった。
「夜、です。」
「夜ちゃん、ね。じゃあ、改めて宜しくね、お姫様。」
「名前を教えた意味がない!!」
すかさずつっこめば、また楽しそうに笑うサラク。
もう一声くらい文句を言ってやろうと夜が口を開きかけたその時、ぎーっと小さな音と共に開かれた入り口のドア。
「おきた、のか?」
「こーら、クロ。アタシがいいって言うまで立ち入り禁止って言わなかった?」
「・・・すまない。こえがきこえたから、つい、・・・」
「なぁに?心配でたまんかった?」
「・・・そ、ういう、わけじゃ・・・」
意地悪そうなサラクの問いかけに、クロの目が僅かに泳いだ。
「、クロ、さん?」
不意に、サラクの後ろになって見えなかった夜の声がクロに掛けられる。
はっと我に返ったクロは、サラクの横をすり抜けて夜の元へと近付いた。
「だいじょうぶ、か?」
「あ、えと、はい。」
「麻酔、効いてるだけだからねー。切れたら流石に痛いわよ?」
「・・・私、どうしたんでしたっけ?」
「ウチの船長と獅子王のケンカの仲裁に入って返り討ち。アバラ、三本はヒビ入ってるわよ。」
「マジですか。」
「マジです。」
あちゃー、と苦笑いを浮かべた夜を見て、クロは不思議そうな色を目に浮かべた。
それに気付いた夜は、どうしたんですか?とクロを見上げる。
「おこったり、うらんだりしないのか?」
「誰が、誰をですか?」
「セキを、おまえが。」
「何で?」
「おまえを、けった、から。」
言われて、目を数回まばたかせる夜。
「え?」
なんで?
「私、自分で勝手に動いただけですよ?」
そりゃ無理でしょう。
全力で振りかぶってからの寸止めはさすがに。
「なのに、つい動いちゃいました。」
あはは、と笑う夜に、今度はサラクまで唖然。
それから呆れたような笑みをもらして、サラクは夜の額を軽く指で弾いた。
「あだっ・・・!」
「クロ、このお姫様はだめだわ。おばかさん。」
「本人の前で酷すぎる!!」
「自業自得。ちょっとは反省なさい。女の子が体に傷作って!」
「、・・・言い返せない・・・!」
押し黙った夜を確認して、呆れ顔の笑顔を浮かべるサラク。
それから続けるように、今度はクロに声を掛けた。
「で?あと二人のおばかさん達は何をしてるのかしら?」
「・・・・・」
「ん?」
「かんぱんで、」
甲板で、"ケンカ"してる。
言い辛そうにクロが絞り出せば、サラクは冷ややかに笑ってみせた。
「大バカ野郎達、の間違いだったわね。」
その言葉に、クロはもう何も返せなかった。




