セーラー服と海賊・8
「よ、る・・・?」
やっと声を絞り出せたのは数秒後。
クウヤの渇いた声が、漆黒の海に小さく響いた。
声をかけても動かない夜の体。
全身から嫌な汗が吹き出て、クウヤは震える足で立ち上がり夜の元へと駆け寄った。
情けなく躓きながら、だ。
「夜、・・・っ、夜、!!!」
細い肩を揺らしても、叫ぶように名を呼んでも、まるで反応せずに瞼を閉じる夜。
小さく、苦しそうに繰り返される僅かな呼吸音だけが唯一の救いで、それでも言い様のない恐怖にクウヤの声は震えたままだ。
「な、んで、」
その姿に、茫然と声を漏らしたのはセキで。
クウヤには届かぬその声には、確かな動揺が含まれていた。
けれど動けず立ち竦むその後頭部に、軽い衝撃が走ったのはその時。
「こんな夜更けに大騒ぎしてんじゃないわよ。ったく、玉のお肌が荒れたらどーしてくれんのよ」
声と共に現れたのは、眠そうにあくびを称えながら悪態をつく人物。
気だるそうに、僅かに乱れた銀の長い髪をかき上げながら、その人物はセキの隣にならんでから小さなため息を漏らした。
「なんで獅子王がいるわけ?ったくもー、何?けんか?」
呑気に呆れるその人物が、ふ、と倒れた夜を視界に映す。
そして何も言わずにそちらへと足を進めながら、セキに向かって声を発した。
「部屋とベッドの準備。温かいお湯と、あと綺麗な布。」
「お、おい・・・」
「何よ?」
「お前、何して、・・・」
「何?ほっとくの?別に構わないけど、だったらそんな情けない顔してんじゃないわよ。」
淡々と言われ、何も言い返せないセキ。
唖然とするセキの隣で、不意に動いた影があったのはその直後。
「おれのへやでも、かまわないか?」
「アンタの部屋なら一番綺麗そうね。じゃあ使わせて貰うわね。」
「わかった。」
「クロ、珍しいわね。」
「?」
「アンタが自分から動くなんて。」
「・・・・」
最後の言葉にだけは何も返さず、船内に入っていくクロの姿。
その人物は意味ありげな笑みを僅かに浮かべてから、夜とクウヤの元までたどり着いた。
「退きな、獅子王。」
そう声をかけても、クウヤは視線さえも夜から離さないまま、ただ夜の名前を呼ぶ。
「どけって、言ってんのよ。」
今度は低い低い声でそう言われ、やっとクウヤの視線はその人物の方へ。
ふん、と鼻を鳴らしたその人物は、横たわる夜の隣に膝を落として全身を見渡すと、もう一度クウヤに声をかけた。
「中はいって、突き当たりの右側の部屋。そこまでお姫様を運べるかしら?」
言われ、頷くしか出来ないクウヤ。
確かな威圧感があって、その言葉に従うしかなかったのだ。
「ったく、だめねー男ってのは。いざというときに使えないんだから。」
ほら、アンタも行くわよ、とセキに声をかけたその人物に、セキは吐き出すように呟いた。
「てめえも男だろーが。」
「見た目はねー。中身はちょーっと女なのよ。」
だから、少なくとも今のアンタ達よりは使えるわ。
なんて言われてしまえばもう返す言葉もなく。
スタスタと歩き去るその人物の後ろを追うように、セキも船内へと入っていった。
立ち竦む他の船員たちは、しばらくそのまま動くことが出来なかった。
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「ここでいいのか?」
「えぇ。やさしーく横にしてあげて。」
一方、クロの部屋に辿り着いた一同は、未だ言われるがままに動いていた。
「・・・アバラ、イッてるわね。ったく、女の子に何してんのよ、アンタ達は。」
「・・・・・」
「ちょっと手当てするから、アンタ達は外。」
「っ、それ、は・・・っ」
「何よ、獅子王。女の子のお肌なんて、そう見せるもんじゃないのよ?しかも男になんてもっての他。さ、出なさい。」
「あんたも男じゃ・・・」
「あ?」
口答えを許さぬ口調に、もう何も言えない男三人。
追い出されるように部屋を後にしたクウヤ、セキ、クロの三人は、各々壁に背をつけると、誰も何も言わずに目を閉じた。
一方の部屋の中。
やれやれと溜め息を漏らした男に、ふと小さな声が聞こえたのはその時。
「、ぅ、」
「目、覚めた?」
その声が夜のものだと気付き、夜の顔を覗き込む。
「クウ、ヤ、は・・・?」
しかし夜は目覚めたわけではないようで、虚ろな目でそれだけ呟いた。
「大丈夫よ。何ともないわ。」
極力優しく、柔らかな声でそう答えれば、ふにゃ、と笑って再び意識を手放したように目を閉じた夜。
その男は一瞬目を見開き、小さく笑って夜の頭を撫でた。
「あらやだ、なぁにこの子。」
かーわいー。
こりゃ大変ねー、なんて意味ありげな言葉を呟いてから、薬の瓶を手に取って治療を始めた。
彼の名はサラク。
この悪名高き海賊船の船医である彼は、あらゆる意味の畏怖を込めてこう呼ばれる事が多い。
銀の、狼。
つまり、銀狼、と。




