影の胎動
「・・・セキ、」
「クロ、戻ったのか。どこ行ってたんだぁ?」
空は少しばかりの青を残してあとは赤く染まっていて。
通りを歩く人は疎らだが、灯りを窓から漏らす“とある”店は大勢で賑わっていた。
「まぁいいわな、そんな小せぇ事は!お前も飲めよ、せっかくの宴会だ!!今日は俺の奢りでいいぜ!」
「ひゅー!!さすが頭!!!男前!」
「おう、もっと誉めろよ、野郎共!!」
セキ、と呼ばれた男は言葉と共に琥珀の液体が注がれたジョッキを高らかに掲げる。
そしてそれに続くように、その場にいた男達も同じようにそれを掲げた。
「またウチの酒、空にする気か?」
「堅ぇ事言うなよ、オヤジ!酒場で飲まねぇなんてありえねーだろ!?」
「限度を知れって言ってんだよ。」
このバカ共が、なんて溜め息を漏らす店の店主を尻目に、セキはクロと呼んだ黒ずくめの格好の男にもジョッキを手渡す。
「っつー事だ。お前も飲めよ、なぁ?」
「・・・そのまえに、ひとつだけいいか。」
「あん?」
「・・・・・・、ししおうが、いた。」
“獅子王”、その名にセキの目が一瞬で獣を狙う猛獣のそれに変わった。
それに気付きながらも、クロは言葉を止めず続ける。
「ほこらからもどったらしい。なにがあったのかはわからない。・・・ただ、」
「・・・ただ?」
「ただ、ししおうが、おんなのこをつれていた。」
は、と聞こえた間抜けな声は、おそらくセキの口から出たのであろう。
その何とも言えない表情は、言葉どおり間抜けそのものだった。
クロはそれから何も言わず、渡されたジョッキを静かにテーブルに置いた。
置いて、セキからもジョッキを静かに奪って同じようにテーブルに戻した。
「・・・クロ、」
名を呼べば、全て察したようにセキの前を歩き出すクロ。
それに続くようにセキが歩き出せば、それに気付いた部下の男が声を掛ける。
「頭?」
「・・・少し出るぜ。てめぇらは飲み干してから船に戻ってろ。」
バサッと投げられた札束。
底冷えする声で言われた男は返事も出来ずにそれを受け取るだけで精一杯。
セキはもう振り向きもせずに店の外へと足を向け、クロが歩く方へと続いた。
「疼く、なぁ・・・」
呟き、右目の眼帯に触れる。
風に靡かせる短い深紅の髪は、燃え上がるような怒りを感じさせるようで。
「・・・クロ、近ぇのか?」
問われ振り返った全身を黒で覆った男は、唯一出している目元で光る鋭い漆黒の双眸をセキに向け、静かに頷いた。
疎らだった通りの人混みは、二人を避けるように左右に開けて。
そんな中で、誰かが呟いた。
目も合わせるな、殺されるぞ。
と。
彼らの通り名は、炎鬼と死神。
幽霊船を作り出す、なんて悪名高い海賊の頭とその右腕。
静かに胎動する暗闇は、夜の訪れと共にその姿を闇に溶かしていった。




