大丈夫になりたい
「全然大丈夫です」
私はそう言って笑った。
職場でも、病院でも、友人の前でも。心配そうな顔を向けられるたびに、反射のようにその言葉が口から出る。
「最近どう?」
「全然大丈夫です」
「ちゃんと眠れてる?」
「はい、大丈夫です」
嘘だった。
本当は全然大丈夫じゃない。
朝、目が覚めた瞬間から苦しい日がある。何もしていないのに胸の奥が重くて、理由もなく涙が出そうになる日がある。未来を考えるだけで息が詰まり、ふとした瞬間に「消えたい」という言葉が頭をよぎる日もある。
それでも私は笑う。
本当のことを言ったら迷惑をかける気がした。
重い人だと思われる気がした。
嫌われる気がした。
だから、「大丈夫」を何枚も重ねて、本当の気持ちを隠していた。
夜になると、誰にも言えない気持ちをスマホの画面に打ち込む。
病み垢。
名前も顔も知らない誰かがいる場所。
「今日もしんどい」
たった一言投稿すると、見知らぬ誰かが返事をくれる。
「お疲れさま」
「生きているだけで偉いよ」
「無理しないでね」
画面越しの言葉なのに、泣きたくなるほど優しかった。
だけど、優しさだけでは消えないものもあった。
外来にも通った。
薬も飲んだ。
入院もした。
支えてくれる人だっていた。
それなのに、心の奥に沈んだ苦しさだけは、何度波が来ても海底の石みたいに動かなかった。
私は何度も考える。
学校に行けなかったこと。
仕事が続かなかったこと。
人よりできないこと。
消えたくなること。
全部、病気のせいだったらよかったのに、と。
そうしたら自分を責めなくて済むかもしれない。
頑張りが足りなかったわけじゃないと思えるかもしれない。
少しだけ楽になれるかもしれない。
でも現実はそんなに簡単じゃなかった。
病気と自分の境界線は曖昧で、どこからが病気でどこからが私なのかわからなくなる。
私は私を責める。
そしてまた苦しくなる。
その繰り返しだった。
何をしていても、心のどこかで「消えたい」と戦っている。
映画を見ても。
ご飯を食べても。
笑っていても。
楽しそうに見える瞬間でさえ、その気持ちは静かに隣に座っている。
まるで影のように。
消えることなく。
離れることなく。
それでも。
本当にほんの少しだけれど、最近思うことがある。
私は今もここにいる。
大丈夫じゃないまま、生きている。
泣きながらでも。
立ち止まりながらでも。
誰かに助けを求めながらでも。
まだここにいる。
それは決して強さなんかじゃないのかもしれない。
ただ今日を終えただけなのかもしれない。
それでもいい。
今はそれでいい。
大丈夫になれなくても。
今日の私は、今日を生きた。
そして願う。
明日もまた、生きられますように。
いつか胸を張って「大丈夫」と言える日が来ますように。
嘘じゃなく。
取り繕うためでもなく。
心の底から。
その日が来ることを信じきれなくてもいい。
ただ、願うことだけはやめたくない。
だから今日も私は、小さく呟く。
「大丈夫になりたい」
その願いだけを、まだ手放さずにいる。




