《読み切り》グッバイ地球!四次元少女宇宙漂流記
ドレッドノート級星間航行シップ「アキヤマ丸」。
その第五居住地区で生まれ育った少女、徳川美音は、
まだ冬休みの冷凍睡眠から目覚めたばかりの寝ぼけ眼で、かつての地球共用語『日本語』の教科書を読みながら、密閉タッパーから取り出した花林糖をポリポリと食べていた。
地球……それは人類が生まれた母なる惑星の名。……そして『日本語』とは、そこに存在していた最後の帝国が使用していた言語…。
美音は、お菓子の粉のついた指で画面上のキーボードを叩き、今はもう使われなくなったその不可思議な文字列を、真剣な顔をして眺めていた。
…地球文明の末期、この極東の島国は『アニメ』と言われる映像宗教を駆使して人類全体を支配し、いとも簡単に世界征服と世界平和を同時に成し遂げたと言われていた。
が……、その代償として、『こいつはオレのヨメ』主義または『オレのママ』思想が人々の間に蔓延したことにより、地球上には極度の少子化が引き起こされ、
危うくヒトという種は、絶滅寸前にまで追い込まれたのだ。
それ以来、人類はアニメ的思考たるものを追放し、この止めようのない絶望的な潮流から逃れようとした。
つまり……ハーレム、兄妹間恋愛、ロリばばあ、異世界転生、学園日常系、少年少女のロボット搭乗、幼馴染みは負けヒロイン……などなどの悪しき習慣は、地球上からことごとく撤廃、または禁止されていったのだった。
また、アニメ文化に付随する『ニンゲンドーゲームシステム』と呼ばれる大規模バーチャル世界は閉鎖され、そこに住んでいた『大きなオトモダチコレクション』達は容赦なく粛清されていった。
それは地球の歴史史上かつてない規模での大量虐殺であった。
また、オタクと呼ばれる逃走階級は、その創成期を遥かに上回る残酷な方法で弾圧され、それに伴って陽キャ側の選民思想も過激さを増していった。更にその中から意識高い系と呼ばれる新人類が、Deep Q-Networkを排除し、腐敗したFランユニヴァーシティは、一つ残らず組織を解体されていったのだった。
…そして最終的には実生活には何の役にも立たない『文系』と呼ばれる学問が廃止されるに至り、各所で書物が燃やされ、ついでにロックされたスマホ内画像データが開示される流れとなった。
これら一連の政治運動は『理系大革命』と呼ばれ、多くの知識人、主にVチューバーや、叡朗絵師達が処刑された。そして地下に篭ったヲタ活動家達は近隣住民に密告され、次々に逮捕されていった。
彼らは広場でトンガリ帽子を被せられると、人々から唾を吐きかけられ、推しグッズを目の前で燃やされ、アクスタ神の像を割られ、拷問のうえ、容赦なく公衆の面前で辱しめを受けたうえで射殺されたのだった。
大義名分はあった。
……人類はアニメやアイドル、鉄道といった文化に侵された地球を浄化し、
それに合わせて、数学を宗教として崇め、MARCHに属する優等生遺伝子のみに繁殖を認めることで、
堕落した世界の再生を試みようとしたのだ。
………。
……今は、それが間違いであったことは、広く認められている。
粛清の嵐が吹き荒れた後、行きすぎた革命家達は権力を奪われ処刑されていった。
100年経った今でも、その子孫達は荒れ果てた地球の外へ出ることは一切許されていない。
そう。人類の故郷、地球は荒れ果ててしまったのだ。
数々のアニメーター、声優、漫画原作者が殺され、アニメ、マンガを失った地球は、荒んだ輩精神によって文明が瓦解し、元々の日本文化であったイジメとシカト、フトーコー、ヒキコモリによって崩壊寸前だった世界よりも更に悪化し、20XX年、人類は核家族の冬を迎えていた……。
長い黒髪の内側をグリーンに染めた少女、 徳川美音は、白いテーブルにタブレットと紙のノートを並べ、先ほどからガラスで出来たペンの溝に蛍光インクを染み込ませ、サラサラと習字の練習を続けていた。
…『理系大革命』の影響は、地球を脱出した人々に今も根強く残っており、現在の表記文字は全て、数字と記号を中心に構築し直されていた。
美音は、今では大半の意味を失った『絵文字』と呼ばれる特殊な言語をイヤホンからヒアリングしつつ、その記号を一つ一つ手作業で書き起こしていた。
……古典の勉強は面白い。信じられないことだが、100年前の人類はこれらの言語で会話をしていたのだ。
wwwwww。
\(^o^)/。
( ´-ω-)。
こういった絵文字を使うのも命がけだった時代があったのよね……。それにしても、これ、発音が難しいわ……
美音は、丸窓から見える星一つない宇宙の闇を眺め、そこに映る自身の顔を見つめていた。
パッチリとした目。はねた睫毛。小さな鼻。艶のある桃色の唇。白く透明感のある肌。
彼女の瞳の中には渦を巻く銀河系と十字に炸裂する超新星、大気圏に突入して燃え尽きる煌めく星くずが輝いていて、見る角度によって、蒼から紫、黄金色にまで変化する。
彼女が着る学校指定の白い室内スーツは、首とウェストと、手首と足首にフワフワのリングがついていて、パフスリーブとボンネットスカートから細い手足を覗かせていた。厚底の安全靴を履いた足がテーブルの下で内股気味に爪先を合わせている。
生まれる時代が違えば、彼女は一流の地下アイドルとなれたであろう。
…だが、今は失われた100年を経た大後悔時代。1万人規模の生教徒を乗せた、宇宙学校と呼ばれるマンモス船に乗った少年少女達は、
かつてのアイドルがどのようなものであったかを知る由もなく、僅かに残った文献から、微かに推測することすらままならないのだった。
「美音?」
と後ろから1人の少女が声をかける。天然パーマの髪。浅黒い肌に濃い黒い眉を、困ったようにハの字に下げている。背の高い彼女は、大きな手のひらと長い指を広げ、丸い窓の輪郭を差し示しながら
「何をボーっと窓の外なんか見てるの?」と言った。
「あら、麗玖。貴女も目が覚めたの?相変わらず、ほのぼのとした顔をしているわね。…私、窓の外を見てるんじゃないわ。自分の顔を見てたのよ。」
「はあ。」と年上の少女が間の抜けた返事をする。
「ねえレイク?私の顔って……なんと言うか……可愛くない?こういうの、ほら、なんて言うんだっけ………その……、ほら、ここまで出かかってるのよね……ビショビショ……?」
「ああ、美少女?」と麗玖が言う。
「ああ、ソレソレ。あ、そういえばビショビショと言えば、冷凍睡眠から目が覚める時って、徐々に機械が温かくなって、体の氷が溶けていくじゃない?」「ええ。」「…あれってほぼ、お姉shotよね……」「いや、ミント?コールドスリープ前は水分を取らないでしょうよ。それこそお姉shotしたら、氷が溶けて目が覚めちゃうから。」「んなこと知ってるわよ。でもさ、目が覚める時、体の下がむわあぁぁぁぁ……てあったかくなってさ、居心地のいい巣の中で自分の匂いと共に意識が戻っていくあの感じ?……癖になるわよね……」
「ミント……アナタ、その話、ワタシ以外の誰かにした?」
「してないわよ。」と美音は眉をしかめて怪訝な表情をしながら言った。「あ、あとさ、それ繋がりで言うと、課外授業でやる船外活動で着るスクールミッションスーツ(略してスクミス)?あれって宇宙空間で一週間漂流しても生きられるようになってるって言うじゃん?」「ええ、そうよ。アナタも中学2年生になったら授業でやるわよ。」と麗玖が言った。
「……あれって、自分の出したものを体の表面に循環させて、体温調整に使ったり、飲み水にするって聞いたけど、……それホント?」と美音が光沢のある黒髪を鬱陶しそうに頬から払いのけながら言った。
「………ちゃんと濾過してるから…」と麗玖が浅黒い顔を俯かせて、彫りの深い目を影にしながら答える。
「レイクは試してみたの?」
「………」
「………」
丸窓の外に見える漆黒の空間に、宇宙ゴミのキラキラとした氷が流れていくのが見える。
それは僅かに窓に付着すると、結晶となって張り付いた。
美音が「…キレイ……」と言ってガラスの表面に触れる。するとそれは仰け反るように捲れ、一瞬のうちに船の後方へ吹き飛ばされていった。
「日本語の勉強をしていたの?」と麗玖がすかさず話題を変えて早口で言う。
「ええ、そうよ。」と言いながら美音が耳の上に髪を掻き上げる。顎に沿って、冷凍睡眠直後によくある薄い紫色の毛細血管が浮き出て見え、そこにクリームを塗っているのか、微かに肌がテカリを帯びていた。
「でも、そろそろ数学の勉強に戻らないとね。一週間後に試験だから。」
「今の中1は睡眠明けに大変ね。……まあ、頑張ってね」麗玖はそう言うと、自分も持ってきていたタブレットを白い丸テーブルの上に置いて、お菓子の入ったタッパーを人差し指で押して空間を作った。
「100年前みたいにオンラインでAIが使えたら便利なのに。」と美音は言い、自分のタブレットを有線で部屋のマザーコンピューターに繋ぎながら、花林糖を片手で摘まんで口の中へ放り込んだ。
「ん?ミント。それって除算?……アナタ達、随分簡単なのをやってるのね。今の中1はゆとりろ世代ね…」
「モーリス・ユトリロ。パリ一のアル中で、マザコンの画家ね。」と美音が言う。
…人類の歴史のある時期で、マンガ、アニメの文化が断絶した代わりに現代の子供達は、過去の絵画芸術やクラシック等のハイカルチャーに関する知識は豊富に持っていた。
美音は、マザーコンピューターに繋いだタブレットで、始業式前に出された宿題に取り組み始めた。「……除算ねえ……。そうそう、私さ、冬眠に入る前にちょっと思い付いたことがあったのよねぇ……。もしかして今まで誰も思い付かなかった…式、っていうの?美少女で天才の私にしか見つけられなかった究極の問?小5の時に円周率が3よりもイッパイあることを発見した私だからこそ気付いた疑問があるのよ。……ちょっと試してみていい?」
「ふうん?……あ!これもらっていい?」麗玖はタッパーに入った茶色い菓子を取り、返事を聞く前に口に入れながら「あら、これ美味しいわね…」と言って、何気なく目の前にいる下級生の宿題を覗き込んだ。
………。
………。
……?
《?!》
「ちょ、ちょっとミント??!アナタ!なにやってるの!!」
「ん?」と美音が画面を指でタップしながら顔を上げる。
「ダメよ!アナタ!ゼ、ゼ、ゼロを使って除算しちゃ!!」
慌てて手を伸ばした麗玖の前で、美少女のタブレットの上に『1÷0』と計算が打ち込まれているのが見えた。
ブィーン!ブィーン!
急に部屋が暗転し、次の瞬間には赤い警告ランプが点滅し、外の廊下からも激しい警報が鳴り響く。
「え。」と美音がタブレットを床に落とし、焦った様子で辺りを見回した。
ブィーン!ブィーン!
「早く!それをマザーコンピューターから切断して!!」と麗玖が怒鳴り、ケーブルを奪い手荒に引き抜いた。
「…ど、とうなってるの??!」
と美音は涙目になって大きな声で叫び、背の高い麗玖の腕にしがみつく。
「ゼ、ゼロ除算!……四則演算では、決して許されていない、禁忌中の禁忌よ!こ、これは数学上の明らかな禁止行為であり、ブラーマグプタが0を発見して以来、数々の指導者の手によって封印され続けてきた絶対的な禁呪計算なのよ!!」
麗玖がYシャツの腕を捲り、コンピューターパネルに覆い被さると、褐色の顔を緑に青ざめさせて、複雑な指の動きで操作を開始した。
『ErrorNaNInfinity……ErrorNaNInfinity……』ブィーン!ブィーン!『……セイギョフノウ…セイギョフノウ……』
「マズイわ!!」カチャカチャカチャカチャ……ピコピコピコピコ……
「ミント、聞いて!!a÷0=xとすると、0×x=aからxという数を求めることになると思うけど…、0にどんな数をかけても0になるから、そのようなxは存在しないの!
また、0÷0=xとすると、0×x=0となり、あらゆる数がxの解になってしまうため、この計算は、答えをひとつに定めることが出来ないの!分かる??だからそんな計算を求められると、コンピューターは機能を停止してしまう!!マズイわ!これじゃ船の航行を安定させることが出来ない!」ピコピー、ピコピコ、ピューイ、ピピピ……
「駄目だわ!制御出来ない!ねえマザコン!!船の今の位置を割り出して!」
『……ピコピコ、ケイソク不ノウ……ミンコフスキーエネルギーヲ観測シマシタ……虚数クウカン二突入シマス……』
ビーコン!ビーコン!
警報の音色がより緊急性を帯びたものへと変化する。
「ミント!…大変よ!時空が歪むわ!!」
その声と共に、美音の眼前で、
保々野麗玖のアフロヘアの頭部が粘土のように歪み、身体がS字に捻れていくのが見えた。
相手の様子を見る限り、向こうにもこちらが同じように見えているらしく「キャアアアア……」と彼女が悲鳴を上げる。
宇宙空間に浮かぶ巨大な三階建て校舎のような船が、レムニスケートの極方程式( r²=a²cos2θ)の形に歪み、
徳川美音は苦痛の声を上げて床に這いつくばった。
ギュウィィィィィィィィン………。
頭蓋骨がミキミキと音を立てて潰れていくような感覚が彼女を襲い、
ズン!!
と強烈な重力が少女の身体を押し潰す。
*ピチャッ*
湿った柔らかい音を立てて、美音の身体が轢かれた蛙のように床にぺったんこに潰れた。
彼女の股下から、さっきまで食べていたお菓子に似た茶色い異物が、白い床にピチピチッと飛び散る。
隣に横たわる背の高い少女も身体を完全に平面にして、学習室の床に張り付いて、頭からはピンク色の脳みそを、下半身側には黄色い液体と腸を破裂させていた。
そのまま部屋は、メキメキと音を立てながら宇宙船ごと気圧に押し潰されていき、
最後には1平方センチに満たない鉄の固まりと化すと、……シュパン!という圧縮された空気の音と共に、
座標上の1個の点となってしまった。
……………。
………。
……。
…………ここは0次元。点という概念しか存在しない場所。
意識のみの世界で、かつて少女だった肉塊が目を覚まし、いつか誰かに耳元で囁かれた気がする言葉を、そのままなぞるように呟いていた。
『廻転……次元移動!』
ズバン!
少女の身体は一気に2次元(面)に展開し、その論理な裸体がPC画面の平面上に描画される。
背後に映し出されるデカルト座標グラフ。その滑らかに交わらない双曲線の中心にある、原点 O(0,0)を手のひらで隠した美少女が、
…いつか何処かで聞いた言葉を再び口にする。
『旋廻……再次元移動!』
X軸とY軸が光りながら交差して中心でぶつかり合い、激しい明滅と共に閃光が炸裂すると、新しくZ軸を上方に展開させながら
3次元(立体)となった少女が、くるくると空間跳躍をして、無の平行宇宙上に3Dとなった姿を現わす。
そのまま一糸纏わぬ白い姿を浮かび上がらせた少女は、だめ押しとばかりに自身の原点 O(0,0)の前で両手を握って筒の形に構えると、
「超次元移動、アルティメットワープ!」と呟き、拳の中からニョキニョキ!と斜めにそそり立つW軸を付き出して、
それをステッキにしてブワン!と空中に振りかぶった。
「4次元ステッキ!座標多重十字展開!10次元スパーク!!!」
キュルキュルキュピン♡~♪「運命転換。メタモルフェイト……!」
「次元を駆けるスーパーアイドル、ユグドラ・ユークリッド、ここに座標直交!」
万博の未来館のコンパニオンの服に似た、パソシすれすれの神衣を超ミニ纏い、悠久のディーヴァ3人目のユグドラシル・アイドル、ユークリッド・アバンギャルドがニコッと笑ってウィンクをした。因みにこの一連のプロセスは0.05秒間(1/20秒)で完了した。
「「おお~~」」と、教室の隅に体育座りをした、クラスメイトの沙原 那須花と、国文寺 春羽が、パチパチと拍手をする。
「面白かったわ!合格よ!今日からアナタを私達ユグドラ・アイドルの仲間と認めてあげるわ!」
「で、気になったんだけど、1万人くらいの乗組員?彼らは全部死んじゃったの?だとしたらさ…上級生の保々野麗玖…ちゃん?だっけ?その子はどうなッたのー?」と日に焼けた元気っ子、那須花が手を挙げて言う。
ムフフフフ……と目をジェリービーンズの形にした美音が「……実はねー……彼女はね~、ユグドラ・ブラックバードとして物語中盤に戻ってくるんだよね~」と言った。
「へ~そうなの?仲間になるの?最初は敵だった私の時みたいに?」と春羽が言う。
「そ、れ、は、ナ、イ、ショ♡ネタバレ、寝タバコ、寝しょう画つ♡画伯のシーツに世界地図!」 とユグドラ・ユークリッドが言い、後の2人のアイドル、ユグドラ・グラヴィティとユグドラ・ハルバートに抱きついた。そして3人は、やだ~、うふふ、あはは……とみんなで肩を揺らして笑い合い、…次の遠足で、どうやったら一緒の班になれるかを相談し始めるのだった。
面白かったら他のも読んでみてくダサい。




