31:雨上がりの虹のような
「……はっ。なに、お前。女子にかばってもらうとか、恥ずかしくねーの?」
男子生徒は雪村くんを見て、また馬鹿にするように笑った。
口げんかでは芽衣ちゃんに勝てないから、雪村くんを攻撃することにしたらしい。
「はあ?」
芽衣ちゃんは心の底から呆れたように言った。
「あんたより恥ずかしいやつなんて、地球上に存在しないわよ」
「なんだと!」
男子生徒は顔を赤くして、一歩前へ踏み出した。
手はぎゅっと握りしめられていて、いまにも殴りかかってきそう!
た、大変!!
このままじゃ本当に、殴りかかってくるかも!?
最悪な未来を想像して、私は震え上がった。
でも――。
「あらまあ」
芽衣ちゃんは全く動じることなく、平気そうに笑っていた。
芽衣ちゃんは柔道を習ってるから、もし男子生徒が殴りかかってきても、カウンターで投げ飛ばす自信があるのかもしれない。
芽衣ちゃんのほうが、男子生徒よりも背が高いしね。
「口じゃ勝てないからって、暴力をふるうつもり? いいの? みんな見てるけど」
芽衣ちゃんの言葉を聞いて、私は周りを見回した。
廊下にいる生徒たちは、ほとんど全員が私たちを見ている。
口げんかしてる人がいたら、気になるのは当然だよね。
「暴力って……」
「やばくない? 先生呼んだほうがいいかな……」
近くにいる生徒たちが、ヒソヒソ声で話してる。
男子生徒は『ヤバイ』という顔をして、持ち上げかけていた拳を下ろした。
「お前の負けだな、郷田。もうお前に勝ち目なんてねーよ。全くのゼロ」
声が聞こえた。
振り返ると、いつの間にか、久城くんが立っていた。
1組の教室の近くには、美弦ちゃんや聖華ちゃんもいる。
騒ぎを聞きつけて廊下に出てきたらしく、二人とも心配そうな顔をしていた。
「久城くん」
「いやー。いざとなったら助けようと思って、スタンバイしてたんだけど。月岡さんが強すぎて、出る幕がなかったよ」
久城くんは芽衣ちゃんの隣に立って、刺すような強い目で郷田くんをにらみつけた。
「お前さあ。いい加減、理玖に絡むの、やめてくれない? オレ、理玖が泣いてる顔とか見たくないんだけど」
「私も!」
「同感」
すかさず言うと、芽衣ちゃんもうなずいた。
「だよな。ってわけで。もう二度と理玖に近づかないって約束してくれる?」
久城くんは、さらに強く郷田くんをにらみつけた。
廊下にいる生徒たちも、冷たい目で郷田くんを見ている。
郷田くんの味方をしようとする人なんて、だれもいなかった。
「……わ……わかったよ。これでいいんだろっ!」
郷田くんは背を向けて、逃げようとした。
「待って!」
私は弾かれたように走り出し、郷田くんの腕をつかんだ。
「なんだよ。触んな!」
郷田くんは私の腕を強く振り払った。
でも、もう、ひるんだりしない!
「雪村くんに謝って。郷田くんは、前の学校でも雪村くんに絡んで、傷つけてきたんでしょ?」
『バーチャル・ドール』で聞いた、雪村くんの辛そうな声を思い出す。
――前の学校で、魔法少女のアニメ見てるなんてダサいってからかわれたんだ。
きっと、雪村くんをからかったのは郷田くんだ。
いまも昔も、郷田くんは雪村くんを傷つけた。
私には、それが許せない!!
「ちゃんと謝って!! じゃなきゃ、許さない!!」
私は自分の両手を強く握って、郷田くんをにらみつけた。
鬼みたいな顔でにらみ返されたけど、ちっとも怖くない。
芽衣ちゃんや久城くんたちが、私に味方してくれてるもん!!
10秒くらい、郷田くんは私をにらんだまま、何も言わなかった。
でも。
「〜〜悪かったよっ!」
どんどん重くなる空気に耐えられなくなったらしく、郷田くんは、やけになったように叫んだ。
「雪村くん。いまの声、聞こえた?」
郷田くんが謝ったところで、傷つけられた過去は消せない。
それでも、少しでも雪村くんの心が軽くなれば嬉しい。
そう思って、雪村くんを見て。
すぐに、私は目をパチクリさせた。
「……雪村くん?」
「……はは。あははっ」
雪村くんが、笑い始めたの!
雪村くんの笑い声なんて、初めて聞いたよ!?
「ど、どうしたの? だいじょうぶ?」
本気で心配になり、私は雪村くんのそばに行った。
「うん。だいじょうぶ。もう、だいじょうぶになった。花崎さんたちのおかげで」
雪村くんは私に微笑んでから、足のつま先を郷田くんのほうに向けた。
そして、歩き出す。
道を開けるように、久城くんが横に退いた。
雪村くんは久城くんの横を通り過ぎて、郷田くんの前に立った。
「天馬はおれに近づくなって言ってくれたけど。近づいてもいいよ。だって、もう怖くないから。おれにはこんなにたくさんの味方がいる。そう思ったら、全然怖くない。これから郷田くんがなにを言っても聞いてやらない。知らない星の言葉として、全部聞き流してやる」
雪村くんの口から出たとは思えないほど、強気な言葉だった。
でも、しゃんと背筋を伸ばして、堂々と郷田くんを見つめる雪村くんは、本当に格好良かった。
「そりゃいいや。こいつがなにを喚こうが、ただの騒音にしかならないな。だって、異星人の言葉なんて、オレたち地球人にわかるわけないし」
久城くんは明るく笑った。
「その考え方、最高!」
芽衣ちゃんは片目をつむって、親指を立てた。
「聞いた? 異星人だって」
「ぶっ……」
周りにいた生徒たちも、くすくす笑ってる。
「………っ」
郷田くんは真っ赤になって、今度こそ3組の教室の中へ逃げていった。
「勝ったな」
「勝ったね。あたしたちの完全勝利」
「イエーイ!!」
「イエーイ!!」
久城くんと芽衣ちゃんは笑顔でハイタッチ!
私も、こっそりガッツポーズをした。
これだけの目撃者がいる以上、今日の出来事はすぐに噂となって広がるだろう。
もしまた郷田くんが雪村くんに近づこうとしても、他の生徒たちの目を気にして近づけないはず。
何より、雪村くん自身が立ち向かう勇気と意志を持ってくれたことが大きい。
いざとなったら私たちだって全力で守るし、きっともうだいじょうぶだよね!
「月岡さん。花崎さん。それから天馬も」
雪村くんが私たちに呼びかけた。
久城くんたちは、はしゃぐのをやめて、雪村くんに向き直った。
「ありがとう」
雪村くんは、スッキリしたような顔で笑った。
それは、雨上がりの虹のような、とても綺麗な笑顔で。
心臓が、トクン、と音を立てた。
「……お礼なんて、いらないよ。その笑顔で、じゅうぶん!」
私はニッコリ笑った。




