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Episode7 信じる声

 新入生たちの汗は冷え切っていた。スポーツドリンクを飲むのもためらわれるほどにコートの空気は張りつめている。上級生チームがスタメンに入れ替わってからのミニゲームも後半5分が経過した。前半で薫が作った最大15点のリードは5分で覆された。上級生チームの猛攻は止まらない。拓海のディフェンスをかわした龍也を陸人と薫が囲んだ。これ以上点差を広げられてはたまらない。陸人と薫には1本も打たせないという気迫があった。しかし龍也はふいにボールを外に投げた。それを慧が受け取り、安定したフォームでスリーポイントシュートを決める。

「……強い」

 薫が汗をぬぐいながらつぶやいた。前半とは全く違う汗の量。ハーフパンツに手のひらの汗を吸わせる。薫は慧にマークされてからもコンスタントに得点していたが、前半のような余裕のあるプレーとは違ってもぎ取るような泥臭い1本を強いられていた。上級生チームはオフェンスも容赦なく薫以外のポジションは経験値の差に圧されている。中でも最も身長差があるミスマッチの恵は新入生のディフェンスをまったく相手にしていなかった。新入生が精いっぱいに伸ばした手を恵は軽々と超えてシュートを打つ。幸いにもボールはリングにはじかれた。

「リバウンド!」

 誰かの声が響く。外れたシュートを拾うリバウンド。そのポジション争いで剛士に抑え込まれている陸人だったが、大きく外側に跳ねたボールをもぎ取った。陸人はすぐさま自陣のゴール下を抜け出し、前を走っている味方にパスをして全力で走る。息が切れる。口の中に鉄の味が広がる。やっと回ってきた攻撃のチャンス。だがすぐにディフェンスに切り替えた上級生チームに苦戦する。高身長が多い上級生チームは歩幅が違う。つまり単純に速さでも負けていた。新入生チームはなかなか攻め入れず仕方なくアウトサイドでボールをパスをする。少しでも点差を縮めたいという焦りが陸人にはあった。ゴール横のローポストでボールを受け取った陸人がなんとかゴールと距離を縮めようと力技で攻め入った。低い姿勢でディフェンスに突っ込む。

「来い」

 剛士の静かな声に陸人は覚悟を決めて上体をぶつけるがびくともしない。まるでゴール下に根を張る巨木だ。それならと陸人は踵を返した。ドライブで剛士のディフェンスを振り切り、ゴールを狙ってシュートを放つ。しかしディフェンスをかわしながらの態勢で放ったボールは剛士のブロックに叩き落された。

「くそっ……!」

 陸人の口から思わず悪態が漏れる。ボールを拾った恵から無駄のないパスワークで龍也にボールが渡り、カウンターの速攻。ドリブルしている龍也にさえ誰も追いつけずフリーでゴールを奪われてしまい、これでついに上級生は10点リード。陸人はこうも違うものかと歯を食いしばり、とめどなく流れる汗をシャツでぬぐった。

「1本!もぎとるぞ!」

 薫の掛け声と共に再び新入生チームのオフェンスとなる。相変わらずアウトサイドでボールを回すが、上級生チームのディフェンスに穴は開かない。フェイントにも惑わされずしっかりとマークされている。パス回しもカットされないように慎重にならざるを得ない。うかつに無駄なドリブルもできず、ゴールどころかインサイドにもたどり着けなかった。

 ショットクロックの制限時間が残り8秒。これが終われば強制的に攻守が代わってしまう。薫にボールが渡るも慧がすぐさま張りつく。身動きが取れなくなる前に薫はローポストにいる陸人にパスを出した。陸人が薫を見ると意味深な視線を送られた。なにかを企んでいると陸人はそう確信した。薫がプレーしている時、自分ならどうするか散々シミュレートしていた。シュートを打つためにはどうすればいいか。ディフェンスが薫に張りついているならそれを利用すればいい。薫は慧を振り切って剛士を背後にした陸人と交差する。剛士は薫を警戒し、薫にディフェンスが集中した。そのわずかな隙に陸人が跳ぶ。陸人の手には薫に渡したかと思われたボールがあり、上手く上級生チームの意表を突けた。しかしフリーで放たれたゴール下のシュートは突然視界に現れた恵にボールごと叩き落されて尻餅をつく。すぐさま透がディフェンスファウルだとホイッスルを鳴らした。

「ちょっと、今のはセーフでしょう?」

「こら、審判に文句は言わない」

 恵と透の軽口を聞きながら陸人は立ちあがれず肩で息をしていた。久しぶりのバスケでしかもかなりのハイレベルな戦い。実際はついていけているだけでも及第点だったが、陸人は満足できなかった。自分のプレーも、薫との連係プレーも通じず完全に手詰まりだった。

「日ノ本くん、立てる?」

「あらやだ。どこか痛めたかしら?」

 音が遠ざかる。高校のバスケで自分は通用しないのではないか。そんな不安が陸人の頭をよぎる。やはり1年のブランクは長すぎたのだろうか。悔やまれる1年前の試合。震えそうになる手を握り締めることでごまかす。

「日ノ本海人の弟って言ってもずば抜けて上手いわけじゃないんだな」

「でもマークされてんのはキャプテンだからしゃーないって」

 ベンチから陸人に失望する声が聞こえた。汗が染みたビブスが不快に張りつく。コートの床がざらついてるのが妙に鮮明だ。やはりここにも兄の影が落ちる。鮮烈な兄のプレー。体格に恵まれただけの自分の凡庸さ。

「りっくん、ここからでしょ!負けるな、日ノ本陸人!」

 重たい空気の体育館に凛とした彼方の声が響く。 彼方の叱咤激励に陸人はハッと顔をあげた。幼馴なじみの強い眼差し。彼方からの問いかけがよみがえる。まだバスケを嫌いになったわけじゃない。再スタートだ。最初からトップスピードで走れるわけがない。

「彼女に応援されて燃えなきゃ男じゃないぜ?」

 龍也が手を差し出してくる。力強く引っ張りあげてくれるその手を取って陸人は立ちあがった。

「うす。彼女じゃありませんけど」

「えっ、じゃあ俺が田中と付き合うのは……」

「それは駄目です」

「けち」

 陸人は答えながらこめかみに張りつく汗をぬぐった。日ノ本弟ではなく、陸人を見てくれる人がいる。そのことが陸人の強い励みになった。今までは助走だ。彼方の言う通りここからだ。

「見てろ。必ず勝つ」

 陸人は彼方に向かって拳を突き出し、彼方も笑って同じポーズを返す。冷やかす声を置き去りに陸人はフリースローに向かって走り出した。

「ふふっ、お熱いこと。あたしたち、すっかり悪役ね」

「それも結構。だがそう容易く超えられてたまるものか」

 恵は茶化したが、剛士は恵に不敵な笑みを返す。後輩の育成に関われるのは先輩の特権だった。

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