Episode6 静南のレギュラー
立ち込める緊張感の中、コート上に選手が出そろう。前半は薫の活躍により新入生チームが15点リードというまさかの展開だった。ミニゲームとはいえ、このままでは静南高校バスケ部のプライドが許さない。静まり返っていた上級生チームのベンチから透の指示で今年の静南高校のベストメンバーと思われている5人が選出された。
「さあ、気合い入れていくわよ。お姉さんたちが胸を貸してあげる」
「コートでは先輩も後輩も関係ない。全力でかかってこい」
日本一の激戦区である東京じゃなければ全国クラスと評判の高い静南高校の精鋭たちの風格に新入生から不満が漏れる。
「リードされてるからってやり過ぎじゃね?」
「でも村沢と日ノ本なら……」
「それでもかなう相手じゃねえって」
「てか中学で日ノ本の名前って聞いたことないな」
「実際はそんなもんとか?」
ベンチの声は陸人の耳には届いていなかった。練習になるからと透が提案してハーフタイム後もジャンプボールをすることになったのだ。センターラインを挟んで自分より身長が高い剛士を見あげる。剛士は去年からゴール下の柱としてセンターを務めてきた。中学生時代に陸人より背が高い選手はいなかった。だからジャンプボールでこんなに負けを予感したことはない。かたくなりそうな身体をなんとか動かしてジャンプに備える。
「りっくん……」
ベンチにいる彼方の声が不安に揺れる。偉大すぎる兄の影になってしまった陸人。バスケは嫌いになっていないと言っていたが、辛い道を選ばせてしまったのではないか。陸人の夢を知っている彼方は小さな拳を握り締めた。弱気になっている彼方の背中に菜緒がソッと手を添える。
「大丈夫。田中さんは日ノ本くんを信じてあげなきゃ」
「菜緒先生……」
菜緒の言葉に彼方はハッとして陸人を見つめた。陸人の目に後悔はない。ならば彼方にできることはひとつだった。
「りっくん、ファイトーーーーーっ!」
体育館中に響く彼方の声は集中している陸人にも聞こえた。ついでに周りがはやし立てる声も聞こえる。その声に陸人の体から力が抜けた。
「田中ぁ!俺にはー!?」
「真白先輩もファイトです!」
自ら応援を催促する龍也に小さな笑いが起こる。彼方の声援で体育館は一気に応援ムードになった。先輩に一泡吹かせてやれと新入生を応援する声もある。
「いいマネージャーだ」
向かいにいる剛士が呟く。陸人はなんと返したらいいかわからず目の前に集中することにした。
「じゃ、いくよー」
透がボールを構える。陸人と剛士は身を低くした。試合再開のホイッスルでコートの上の熱があがる。高く宙を舞うボール。擦り切れた皮の表面が日の光を反射して煌めく。その光に目を細めることなくボールを目指して跳ぶ。筋肉の収縮が、巡る血が、バスケットボールのためにある。陸人は身体が作り替わるのを感じた。頭の中はとてもシンプルだ。ボール、コート、プレイヤー。余計な感情はすべて置き去りにして跳んだ。精一杯身体を伸ばしても身長差は埋まらない。それでも負けたくない。その意地が陸人に限界を超えさせた。ボールに陸人の指が触れた。押し合う力がボールの軌道を不規則にする。
「ディフェンス!」
薫が叫んだ。こぼれ球は龍也の手に渡っていた。陸人は遅れて自陣に走る。
「日ノ本、すごくね?」
「キャプテンと互角だったぞ」
「村沢より跳んだんじゃ……」
コートサイドの人間はもちろん、ボールを取った龍也も陸人の跳躍に驚愕している様子だった。その中で至って冷静な恵が剛士に声をかける。
「ふふっ、なかなか面白そうなことになりそうね?」
「日ノ本陸人か。お手並み拝見といこう」
ボールを保持する龍也が低く、速い、隙のないドライブであっという間にゴール下にボールを運んだ。成熟したボールコントロール。マークしていた新入生の大栄拓海は龍也のフェイントに思考すら追いつかない。一歩も反応できないままあっさりと抜かれてしまう。龍也も去年から3年生を抑えてスタメン入りしていたメンバーの1人だ。なんとか追いついた陸人がブロックしようとすると龍也は冷静にフリーの剛士にパスを出し、剛士が堅実なシュートでゴール下を沈める。わずか十数秒で点を返されて新入生の空気は一気に重くなった。
「ナイッシュー!旦那!」
龍也と剛士はハイタッチをしてディフェンスに回る。
「さあ、どこからでもかかってこい!」
剛士がゴール下にいるだけでそこは難関不落に見える。その存在感に委縮した拓海は思わず二の足を踏んで高いドリブルをしてしまった。それを見逃す龍也ではない。横からボールを叩かれ、攻守が逆転する。陸人のフォローは間に合わず、ほぼ誰もいないゴール下で3年生の将吾が余裕のレイアップシュートを決めた。上級生の連続得点。これで薫が作ったリードは11点差まで縮まった。拓海とて中学時代はワンマンチームと言われながらも、都大会でベスト8までチームを導いた実績を持ってこの静南高校に来た。その努力もたった数十秒のプレイでもろくも打ち砕かれる。
「こ、こんなこと……」
取り乱す拓海の姿がかつての自分と重なり、陸人はその肩を強く叩いた。自分に言い聞かせるように励ます。
「まだ始まったばっかだろ。次に集中しよう」
情けない顔を見せる拓海に陸人は強く頷いてみせる。まだ始まったばかりだ。自分が静南高校のスタメンにどこまで食らいつけるのかを知るいい機会でもある。
「そうだよ。こっからもいいパス頼む」
反対側から薫にも声をかけられてなんとかメンタルを持ち直した拓海のスローインからプレーが始まり、薫にボールが渡った。目の前に立つのは剛士と同じく中学時代からの先輩である恵が薫を称賛する。
「さっきはいい檄だったわ。成長したわね、薫ちゃん」
「はい。あなたの後輩なんで」
「でもまだ足りないわ。プレー面でももっとすごいの見せてちょうだい。お姉さんが全力で受け止めてあげる!」
まるで獲物を狙う獣のような目つきで薫を熱くロックオンする恵の姿に数人の上級生が前屈みになる。どうしたのかと首をかしげる彼方の目を呆れた菜緒が手で遮った。懐かしい恵の悪癖に薫はニヤリと口元をゆがませた。
「行きますよ、恵さん」
薫のバスケットシューズが高く鳴る。細かいフェイントを駆使しながらもディフェンスを抜き去る時にはノーモーションで加速する。薫のオフェンスに恵はついていけず、陸人が他のディフェンスを抑え、フリーで放たれたシュートは容易くネットを揺らした。縮められたリードを再び押し返す。変わらず新入生チームが優勢だ。剛士が呆然と立ち尽くす恵を励まそうとすると落ち込んでいるよりむしろ恵は陶然として見えた。恵はある種の変態だ。バスケにしか発揮されない分無害ではあるが。
「恵、お前まさか……」
「剛士……。あたし、危うく絶頂かけたわ」
その言葉に剛士は励まそうとしていた手を引っ込め代わりに強く頭を叩く。
「いい加減その癖を直せ」
「あん、ひどい。でもあの子、あたしの手に負えないモンスターちゃんになっちゃったわ」
恵の言葉を今度は真面目に受け取る剛士。
「慧」
剛士が名前を呼び、無言で薫を指さすと慧は小さく頷いた。剛士と龍也と同じく去年からスタメン入りしている慧。あまり多くを語らない獣がゆっくりと伸びをするように走り出した。




