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Episode3 仮入部?

 シュートを放った手の感触でゴールに入るかどうか分かる。試合終了間際に放った逆転のシュートは力みすぎていた。時がゆっくりと流れていく。このまま止まってほしいとさえ思った。しかし無情にも時は過ぎ、リングに当たったボールは弾かれて試合終了のブザーが鳴った。チームメイトは誰も陸人を責めなかった。だが涙をぬぐう先輩たちの姿を陸人は見ていられなかった。

「お前もきっとお兄さんみたいになれる。この失敗をバネにするんだ」

 当時の監督の言った“失敗”の言葉が何度もこだまする。

「お前の失敗のせいで全中の夢を逃した」

「シュートを任せたのは失敗だった」

「お前は失敗作だ」

 バシンと頭に衝撃が走る。目を開ければ視界いっぱいに広がる活字。頭をあげると菜緒が呆れたような顔で丸めた教科書を持っていた。今は現代文の授業中だった。さっきまで聞こえていたボールの弾む音が遠のく。クスクスとクラスメイトの笑い声があちこちから聞こえる。菜緒には小言を言われたが、悪夢から救ってくれた菜緒には感謝しかなかった。



 放課後のホームルーム終了後、陸人は名指しで菜緒に呼ばれた。職員室に行くと菜緒は部誌を読んでいるところだった。

「あっ、日ノ本くん。まったく、あなたは。入学式からずっと魂が抜けたような顔をして、まさか授業中に居眠りなんてね。ちゃんと学校に来る気はあるの?」

「すみません……」

 菜緒が小さくため息をついた。彼方に事情を聞いていることもあって無理もないことではある。しかし入学早々風紀を乱したのは事実でこのままでは他の生徒にも示しがつかない。

「まあいいわ。居眠りの罰としてこのプリントを旧校舎まで運んでもらいます」

 黄ばんだ紙の山を見て陸人はため息をつきたくなったが堪えた。悪いのは自分だ。菜緒が気づかわしげに陸人の顔を見あげる。

「東京の暮らしには慣れた?」

「はい。まあまあ」

「なにかあったらいつでも相談してね」

「大丈夫です」

 プリントの山を抱えて陸人は職員室を出た。菜緒が陸人のことを気にかけているのはなんとなく感じている。クラスに馴染んでないとは言わないが、同級生のテンションについていけないことはままあった。旧校舎にはもう使われなくなった机や書類が詰め込まれている。陸人はなんとなく居心地の良さを感じた。用済みのものたち。数年前まで誇らしかったこの長身も今では煩わしいだけだ。陸人には夢があった。この長身を活かし、走れるビッグマンとして兄とは違った形で日本代表で活躍すること。陸人にとって海人はNBAのどんなスーパースターより憧れであり目標だった。海人はバスケを始めてから将来を有望視され、陸人は海人を追ってバスケを始めた。海人のように目立ちはしなかったが、周囲に期待に応えられることは嬉しかった。しかしそれも全て過去の記憶。

「……今日はオムレツを作るんだったかな」

 料理部へ向かう途中、ボールが規則正しくはずむ音と床がバッシュで擦る甲高い音が聞こえた。それは陸人が最も聞きたくなかった音であり、同時に最も惹きつける音だった。視線を向ければ練習しているバスケ部に思わず足が止まる。自分の未練がましさに辟易としながらそれでも覗かずにはいられなかった。部員たちはレイアップ、いわゆるランニングシュートの練習をしていた。流れるような練習風景に目を奪われる。その中でも動きが違う選手がいた。薫の動きはリピート再生しているかのように正確無比だった。ボールは必ずネットへ吸い込まれる。いくら得点率の高いシュートでも100パーセントではない。しかし薫のそれはそうと言っていいほどの出来栄えだった。

「ナイッシュー!」

 彼方の声が元気よく響いていた。部に馴染んでいるようで陸人はホッと胸をなでおろす。

「あらぁ?覗きなんて悪い子ね」

 いきなり背後からねっとりした低音がして陸人は背中を震わせた。本能的に振り返れば陸人より大きな男が2人も陸人を見おろしていた。初めての体験に陸人の頭が真っ白になって呼吸もままならない。

「新入部員か?」

「1週間の遅刻よ!そんな悪い子には教育が必要かしら?」

 アフロヘアの女口調の男が陸人に顔を近づけてくる。なにかは分からないが終わったと陸人は思った。

「あっ、りっくん!?」

 救世主のような彼方の声が陸人を呼んだ。この状況から抜け出せればなんでもいいとその声に振り向くと彼方はこちらへ走ってきていた。

「来てくれたんだ!キャプテン、恵さん!今日からこいつも新入部員です!」

「お、おい!なにを勝手に……!」

「りっくん、こちらの背の高いほうがキャプテンの二階堂剛士先輩。そしてこちらが副キャプテンの藤田恵先輩だよ」

「よろしく頼む」

「うふっ、オカマだけど女じゃないからそこんとこよろしくね」

「……すみません」

 陸人は目が回るような思いだった。やっとのことで出たかすれた言葉は1週間遅れたことへの謝罪と受け取られた。

「謝ることはない。途中入部も大歓迎だ。今日から共に競い合い、助け合い、高め合っていこう」

「剛士の言うことも一理あるわね。これからよろしく、陸人ちゃん」

 熱い言葉と共に肩を組む剛士と恵には腕を絡められることで左右をガッシリと固められる。物理的な逃亡は無理そうだ。そのまま連れて行かれた陸人を見て部員たちはまたでかいのが入ってきたとざわついている。薫が彼方に向かってサムズアップし、彼方がそれに応えているのが見えたが怒りは湧かない。最早諦めの境地だ。

「あの、でも今日はバッシュもジャージもなくて」

「見学の予定だったか?見るよりやったほうがいい。更衣室で適当に見繕ってこい」

「俺の置きジャージを使いなよ。日ノ本くん」

「案内してあげて、彼方ちゃん」

 名前を呼ばれて元気よく返事をした彼方が先立って歩く。更衣室に着くと料理部とは一転、汗のにおいとそれが酸化したすえたようなにおいが充満していた。しかし不思議と不快には感じない。

「ごめんね、りっくん……。強引だったよね」

「いや、いいよ。練習を覗いてたのは俺なんだし」

 そう言うと彼方はホッとした表情になった。陸人は薫のロッカーを探し出し、勝手に開けてありがたくハーフパンツとTシャツを借りる。着替えてからハッとして振り向くと彼方はいなかった。幼馴染だからといって気を許しすぎだと反省する。更衣室を出ると彼方がいくつかバッシュを持って待っていた。

「履けるのがあるといいんだけど……」

 彼方から渡されたバッシュを何足か試してぴったりくるものを履く。先輩たちが残して行ったものだそうでちょうどよくくたびれていた。これなら踏んで柔らかくしなくても怪我をすることはないだろう。紐をきつく締めて立ちあがると彼方が手を叩いて喜んだ。悪い気はしない。ジャージに村沢と書いてあるのだけが格好つかないが。

「やっぱりりっくんにはバスケだよ!」

 胸を張る彼方に若干呆れつつも、陸人はもう無意識に足首を回していた。それに気づいてやる気満々じゃないかと自嘲する。

「千帆も絶対喜ぶよ!」

 彼方の口から出てきた名前にドキリとする。

「まだ連絡とってるのか?」

「そりゃ、幼馴染だもん。悠馬くんもね」

 その名前に陸人はいよいよ黙り込んだ。一気に血の気が引く。忘れもしない。準決勝のあの日、シュートを外した陸人に一番に駆け寄ってきてくれたのは親友の悠馬だった。

「悪い、彼方。その名前はまだちょっときつい……」

「あっ!ご、ごめんね……」

 彼方が陸人の準決勝の詳細を知っていたのは実際に会場にいたからだ。その後の2人の関係も千帆から聞いていたのに口を滑らせてしまった彼方は目に見えて落ち込む。それを見て陸人は急いで言った。

「ただの八つ当たりだ。悪い」

 陸人が彼方の小さい頭を小突くと彼方は縮こまらせていた身体を緩めた。2人で並んで練習フロアへと向かう。

「ねぇ、りっくん。バスケは嫌いになっちゃった?」

「……なってない」

 それだけ答えるのが陸人の正直な気持ちだった。それを聞いた彼方がホッとした表情を見せる。好きとはまだ聞けなくてもこうして並んで歩いているのが陸人の答えだ。フロアに行くと改めて自己紹介を求められる。そういえば部員には名も名乗っていなかったのだとようやく気づいた陸人は慌てて姿勢を正した。

「陸人……。日ノ本陸人です」

 その名字に部員たちがざわめく。個別に訊かれるよりはと陸人は腹をくくった。

「日ノ本海人の弟です。中学ではバスケ部でした。よろしくお願いします」

 やっぱりという声が聞こえ、また大型新人が来たと喜色の声があがる。それに胸苦しい思いをしていると彼方の明るい声が響いた。

「キャプテン!そろそろミニゲームの時間ですよ!」

「ああ、そうか。田中、渡していたメモの者にビブスを」

 彼方が蛍光色のビブスを部員に配り出す。それは陸人にも渡された。久しぶりのプレーだ。陸人は念入りに柔軟を始める。どこか緊張の見える陸人の側に恵がやってきた。

「大丈夫よ。いきなりフル出場なんてさせないから。軽い気持ちでやんなさい」

 バシンと背中を強めに叩かれて無駄に強張っていた身体がほぐれた。彼方にも恵にも心を砕いてもらっている。そのことに感謝しながら陸人は跳躍と腿あげで身体を温めた。やるからには全力でやるだけだ。ブランクがある以上どこまで動けるか分からないが、日ノ本陸人を認めさせてやる。陸人は静かに闘志を燃やした。 

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