祭りの不気味な男(投稿怪談)
私が知久川市へ遊びにいったときの話である。
その日、私は親戚からのお勧めを受け、ごく普通に市内のお祭りを楽しんでいた。
お祭りは非常に賑やかだった。
チョコバナナ、綿あめ、たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、ベビーカステラ、射的、金魚掬い…日本が誇る祭りの姿がそこにはあった。
私も色んなものを買い食いし、ある程度のミニゲームをこなし、歌のフェスや大道芸にも足を運んだ。
さて、他には何か店があるのだろうか?そんなことを思いながら、順路に沿って進んでいくと、一件の屋台が目に入った。
屋台の布看板には【特別出張!「どうかいじょう」の祭り限定焼き鳥!】と書かれいた。
人間、限定という言葉には弱い。しかも焼き鳥ときた。私の大好物である。
下に置いてある板看板には、びっしりと多様な種類の焼き鳥のメニューが刻まれている。
ここでしか食べられないのなら、チャンスを無駄にするのは愚かだろう。そう思い、私は屋台の列に並んだ。
四分ほど経って順番が回ってくると、私は「ねぎまとつくねを二つずつください」と店員と思われる老婆に話しかけた。
合言葉とやらがあればサービスで安くなるようだが、それは当然知らないので断った。
料金を払ってから、ほどなくして、「はい、どうぞ」と熱々の焼き鳥が透明なパックに入った状態で渡された。
早速、近くの石のベンチに腰を掛け、パックから取り出し、ねぎまを頬張ってみる。
うまい。ジュウシーで柔らかな鶏肉、ちょうどよく焦げの付いたねぎ、全体的に塗られている秘伝のタレ。どれをとっても素晴らしいこだわりが詰まっている。
次につくねを口に入れてみる。この屋台のつくねは小ぶりの肉団子が三個刺さっているもので、食べ応えがありそうだった。
うん。これもまたうまい。
タレと肉の程よい食感がたまらない。噛むごとに溢れる肉汁と刻んで入れてある野菜のハーモニー。ビールや白飯が欲しくなる一品だった。
私はあっという間に焼き鳥を食べ終えると、道中のゴミ箱にパックやその他多くのゴミを捨て、さあ帰ろうと帰路に着こうとした。
そのとき、ふと、人混みでごった返す中、ある男が気になり、足をピタリと止めた。
その男は、遠目でも、そして、後ろ姿のみでも、分かるほどに異様な気配を漂わせていた。
一切整っていない黒髪、濃い緑色の和服、色白い首筋に、180は超えていそうな背丈であった。
普段ならば、その辺にいる素性も知らぬ男など、大して気にならなかったはずだ。
だが、その男を目にしたとき、不思議なことに目が離せなかった。本能的に体が男の方に動いた。
数十歩ほど歩き、男の後ろに辿り着くと、「すみません」と尋ねてみる。だが、男は止まろうとしない。
「ごめんなさい。ちょっといいですか」
まただ。男はまだ止まらない。
「すみません」
人混みを潜り抜け、男の背を必死に追う。
「あのう、すみません」
男は歩くのを辞めない。むしろ足を速めているように見える。
「あの!すみません!」
声を多少荒げながら、私は男の背を追い続けた。
だが、それと同時に違和感が体内を駆け巡る。
あれ?なんでこの人に追いつけていないんだ?
歩くスピードから考えて、もうとっくに追いついているはずだ。
だが、未だに手が届かない。何かがおかしい。そう、気づいてはいた。
それでも、体は言うことを聞かず、男の背を追い続けていた。
そして、数十歩後。
「…止まって、ください!」
私はついに男の右肩を掴み、グイと力を込めて引っ張った。
ようやく、私は声を荒げながら、男に話しかける。
「あの!少しあな…た?」
だが、引っ張ったときに向けられた男の顔面が、私の視界にばっちり収まると、それ以上の言葉を紡げなくなった。
男の目は真っ黒だった。白い部分のない、暗闇のような漆黒だった。
口も歪な笑顔を浮かべていた。歯は所々欠けており、唇がなく、全体が黒くなっていた。
何より、肌色が異常だった。ペンキを頭からぶっかけたかのような、灰色一色の肌だった。
「なぁんですかぁ?」
しゃがれた、まるで枯れ木のような、けど、異様に大きく聞こえる、闇深い声だった。
口は開いていない。それでも、男は確かにそんな声を出していた。
男は体を振り向かせ、私の前に向かい合った。だが、表情は変えず、不気味な笑みと異常な身体を見せつるように、私の瞳をじっと見つめていた。
全身に寒気が走った。目の前の光景がとても受け入れらず、誤魔化すように目を背けた。
しかし、目を背けた瞬間、私は辺りの異常さに気づいた。
周りは異様に黒ずんだ謎の木々に囲われていた。
どう考えても、祭りの会場ではない。
森だ。鬱蒼とした森林があったのだ。
「なぁん、なぁん、ですかぁ?」
ハッとなって、もう一度男の顔を見る。
男の顔は変わらぬ笑みを浮かべ、こちらを見ていた。
ペタペタと男はさらに接近し、私と目と鼻の先ほどまで歩みを進めた。
体が思うように動かない。
逃げ出したい、逃げ出したい、逃げ出したい。
そう思っても、私の足は一切反応がない。
やがて、男は突拍子もなくそれを言った。
「みねぇい、じゅんかぁくさぁん、でぇすよねぇぇ?」
私の思考が、一瞬、影の中に消え去り、急浮上した。そして、全身に震えが走った。
峯井淳角。私の叔父だ。
私の叔父の名だ。この祭りに来たのも、その叔父がきっかけである。
だが、何故知っている?意味が分からない。
「ちかぢぃかぁ、いぐがあらぁネェ…?」
そのとき、私は何の前触れもなく、意識を失った。
気づいたときには、先ほどまでいた祭りの会場に、ポツンと立っていた。
私は祭りの会場から駆け出し、それ以降、祭りに参加することはなかった。
あまりにも、私には耐え難い記憶であり、幻覚だった。
叔父が死んだのは、その祭りの日から、ちょうど一週間後のことだった。




