第8話:「相方の秘密」
陽子は、信田の死を巡る真相を追い求める中で、次第に目の前の人物たちの深い闇に触れていった。桐生竜一。信田の相方であり、長年コンビを組んでいた人物。その桐生が、信田の死にどれほど関わっているのか、陽子は未だに確信を持てなかったが、少なくとも彼が何かしらの秘密を抱えていることは確かだった。
桐生と話す度に感じる不安や不信感。彼が何を隠しているのか、陽子にはすぐにでも知りたかった。もし、桐生が信田の死に関わっているなら、その事実を暴かなければならない。だが、信田の死の背後に何があるのか、桐生が何を知っているのか、それを突き止めるためには、もう一歩踏み込む必要があった。
「桐生、あなたには何かがある。」
陽子はその言葉を心の中で呟きながら、桐生の部屋に向かっていた。桐生は、陽子に対しても信田に対しても、どこか遠慮がちな態度を取ることが多い。しかし、信田の死後、彼の態度はさらに不安定になり、何かを隠すような行動が目立つようになっていた。
陽子が桐生の部屋に到着したのは、夕方のことで、薄暗くなり始めた時間だった。桐生は、陽子が来ることを知っていたのか、ドアを開けて迎え入れてくれた。彼の顔には少し疲れが見えたが、それでも陽子に対しては、いつも通りの無愛想な笑顔を浮かべていた。
「陽子さん、久しぶりだな。」
桐生はそう言って、陽子を部屋に招き入れた。陽子は、部屋に入ると、すぐに視線を巡らせた。部屋の中には、過去に使われていた衣類や仕事の道具が無造作に置かれていたが、その中で、何かが違うと感じた。陽子は桐生の目を見つめながら、静かに話を切り出した。
「桐生、あなたが信田の死に関係していることを隠しているんじゃないかって思うことがある。」
桐生はその言葉に驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を引き締めた。
「俺が信田の死に関わっている? そんなこと、あるわけないだろ。」
陽子はその返答に、少しだけ違和感を感じた。桐生がその言葉を口にした瞬間、陽子の目に映る彼の顔には、どこか不安げなものが浮かんでいた。
「それなら、どうしてこんなに不安定な態度を見せるの? 信田の死がどうしても頭から離れないの?」
陽子の問いに、桐生は黙っていた。しばらくの沈黙が続き、陽子がその隙間を見逃すことなく次の言葉を続けた。
「桐生、あなたが何かを隠しているとしたら、私はそれを知りたい。」
その言葉に桐生は視線を落とし、ため息をついた。
「俺が信田の死に関わっていることはない。ただ……」
桐生はその後、言葉を詰まらせた。陽子は桐生の様子を見て、何かがあることを確信した。桐生は自分が何かを隠しているのだ。
「ただ、何だか分からないけど、あの時のことが頭から離れないんだ。信田があんな形で死ぬなんて……」
桐生は言葉を続けようとしたが、再び言葉が詰まった。陽子はその様子を見て、桐生がどれほど自分の心の中で葛藤しているのかを感じ取った。
「桐生、あなたは本当に信田の死に関わりがないと思っているの? それとも、何か知っていることがあるの?」
陽子の問いに、桐生は深くため息をついた。
「実は……」
桐生はしばらく黙っていたが、最終的に重い口を開いた。
「実は、俺、精神科に通ってるんだ。」
その言葉に陽子は驚いた。桐生が精神科に通っているという事実は、信田の死が彼にとってどれほど大きな負担となっているのかを示唆していた。しかし、それだけではなかった。陽子は、桐生が隠していたものが何かもっと深刻なものであることを感じ取った。
「精神科に通っている? それはどうして?」
桐生は再び黙り込み、手を擦り合わせながら言った。
「信田の死が俺にとって大きすぎて、もう頭がうまく回らなくなっている。俺はあの時、止められなかったんだ。でも、あの時、信田がどうしてあんなことをしたのか、分からなかったんだ。」
桐生はその言葉を呟くように言った。陽子は静かに彼の顔を見つめた。桐生は、信田が自分にとってどれだけ大切な存在だったのかを感じ取っていた。だが、彼にはその時、信田を救うために何もできなかった。陽子は桐生の苦しみに共感し、少しだけ肩の力を抜いた。
「桐生、あなたが信田の死に対して感じている罪悪感は分かる。でも、もし何か知っていることがあれば、それを話してほしい。」
その言葉を聞いて、桐生は顔を上げ、少しだけ真剣な表情を見せた。
「俺が知っていることがあるとすれば……信田が遺したものだ。」
桐生は立ち上がり、机の上から何かを取り出した。それは、小さな瓶だった。陽子はその瓶をじっと見つめた。瓶の中には、明らかに薬の瓶が入っていた。
「これは……」
陽子がその瓶を手に取ると、桐生は静かに語り始めた。
「信田が死ぬ前、俺に薬を渡してくれたんだ。これが、彼が通っていた精神科から処方された薬だった。」
陽子はその言葉に驚き、瓶のラベルを確認した。確かに、ラベルには精神科で処方された薬の名前が書かれていた。
「これが、信田が最後に手にしていた薬……?」
陽子はその事実に震えながら、桐生を見つめた。桐生は頷き、さらに続けた。
「信田は、あの時、本当に精神的に追い詰められていたんだ。だからこそ、あんな選択をしてしまったんだと思う。でも、それが本当に自殺だったのか、俺には分からない。」
陽子はその言葉を聞いて、深く考え込んだ。信田が精神科に通っていたという事実が、彼の死の真相を大きく左右することになるだろう。それが本当に自殺だったのか、それとも誰かの手によって命を奪われたのか。その疑問がますます大きくなっていった。
「桐生、ありがとう。あなたが教えてくれたこと、必ず調べてみる。」
陽子はその瓶を丁寧に手に取りながら、桐生に向かって言った。
「信田の死を解明するために、私は何があっても進むわ。」
桐生は何も言わずに、黙って陽子を見守った。その眼差しには、信田への深い敬意と、罪悪感が込められていた。
陽子はその目をしっかりと見つめ返し、決意を新たにした。信田の死の真実を明らかにするために、どんな困難も乗り越えていく覚悟を決めた。
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