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第1話:「闇の始まり」

挿絵(By みてみん)

白石陽子は、家のリビングに座り込んで、テレビを見つめていた。画面に映るのは、夫、信田拓也の顔だ。普段は楽しそうにカメラの前に立っていた彼が、今、どこか落ち着かない様子で謝罪している。それを見つめる陽子の心は、まるで冷えた石のように固まっていった。


「信田拓也、無期限活動停止のお知らせをいたします。」


彼の口から、重い言葉が続く。頭の中で、その言葉が何度も反響していた。陽子はその場に立ち尽くし、息を呑んだ。信田が自らの言葉で語っているのは、以前から続いていた「闇営業」の件だ。そのことを知っているのは、陽子を含むごく一部の人間だけだ。しかし、今、それが世間に知られることになった。信田の芸人としてのキャリアは、きっとこの謝罪会見一つで終わりを迎えるだろう。


「ごめん、陽子。俺がもっと強ければ、こんなことにはならなかったんだろうな……。」


信田が何度も口にしていた言葉が、頭の中で繰り返される。だが、今、彼が口にした謝罪が、どうしても陽子にはしっくりこなかった。彼の「ごめん」は、本当に心からの謝罪だったのだろうか。それとも、事務所の命令に従い、仕方なく口にしたものだったのだろうか。


「報道が、どんどん大きくなっていく……。」


陽子は、自分のスマホに表示される無数のネットのコメントを見つめる。冷たい言葉、厳しい批判が並び、彼女の心にズシリと重くのしかかる。それでも、陽子は反論する気力を感じなかった。こんなにも辛く、重い現実に直面するのは初めてだった。


「私も、信田も、もうどうしたらいいんだろう。」


陽子は、自分に問いかけるように呟いた。突然、家のドアがノックされた。彼女は手を休め、立ち上がると、ドアを開けた。そこに立っていたのは、信田の相方であり、長年共に活動してきた桐生竜一だった。


「陽子さん、信田が……」


桐生の声は、普段の強気な態度を感じさせないほど、低く沈んでいた。彼の表情には、どこか焦りと罪悪感が浮かんでいた。


「桐生……」


陽子は無言でうなずくと、桐生はそのまま中に入ってきた。桐生の目を見た瞬間、陽子は一つだけ確信した。彼もまた、信田の死に何かしらの関与があるのだろう。その予感は、数週間前からずっと感じていたことだった。


桐生は息をつき、しばらく黙ったままでいたが、ようやく口を開いた。


「信田が、追い込まれてた。業界の闇に足を踏み入れた時から、ずっと彼は不安と罪悪感を抱えてた。俺も……」


桐生はそこで言葉を詰まらせ、目をそらした。陽子は桐生の言葉の続きを待つように、静かに彼を見つめた。桐生は大きくため息をつくと、ようやく続けた。


「俺も、信田と一緒にいたけど、どうしても逃げられなかった。借金が、どうにもならなくなって……あの日も……」


桐生はそのまま黙り込んだ。陽子は彼の態度にますます疑念を感じていた。彼の話す内容がすべて事実なら、信田の死に関して、彼が何かしらの罪を感じているのは間違いない。


「桐生、信田が死んだのは、あなたにも責任がある。」


陽子は冷徹に言った。桐生はその言葉に衝撃を受けた様子で目を見開き、しばらく言葉を発することができなかった。


「俺は……」


桐生は言い訳をしようとしたが、陽子の目を見ると、何も言えなくなった。その目には、深い怒りと悲しみが混ざり合っていた。


「どうして、信田はあんなことになったのか、教えてくれ。」


陽子の声は、まるで冷徹な鋼のようだった。桐生は、彼女の真剣な眼差しを受け止めながら、ようやく言葉を紡ぎ始めた。


「俺たちが、闇営業に手を出したのは……信田が、どうしてもお金を必要としていたからだ。事務所からは、表向きの営業しか与えられなくて、でも、俺たちは生活するために……」


桐生は言葉を止め、頭を垂れた。その姿を見て、陽子は息を呑んだ。桐生がどれほど信田に負い目を感じているか、言葉の端々に表れていた。


「あなたが言っていることが本当だとしても、信田があんな形で死ぬ理由にはならない。何かが隠されている。私、絶対に真実を暴くから。」


陽子の言葉には、強い決意が込められていた。桐生はその言葉を聞いて、無言で頷いた。


「真実を暴くって……」


桐生は小さくつぶやき、何かを考えるように黙り込んだ。陽子はその姿を見て、次第に彼に対しての信頼を感じ始めていた。桐生もまた、何かを知っているに違いない。


その時、陽子のスマホが震え、画面に表示されたのは、「流星グループ」の名前だった。彼女はそれを見て、深呼吸をした。


「これが、きっと最初の一歩。」


陽子は、静かにスマホを握りしめた。



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