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仙華頌籟 -A fateful reunion beyond a millennium-  作者: 織葉りんご
第一部 第四章 嵌合、夢幻、再会
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98話 翡翠の狼

「あ~、負けちゃった………」

「オレの勝ちだね。でも、いい戦いだった」


 卓上に並べられたカードを纏め、微笑みを浮かべながら、反対側に居た光琅グアンラン尚無鏡シャンウージンの方に歩いてきた。尚無鏡シャンウージンは唇を尖らせながら、彼のデッキに一言言った。


「それ…ほんとに一年前の環境?今のじゃない?」

「本当に一年前だよ?阿鏡アージン、カードゲームで重要なのは使い方と運なんだ。そのどちらも持ち合わせているオレが勝つのは当然ってことさ」

「ぐぬぬ……」


 く、悔しい……だが反論はできない。


 自分も卓上のカードを片付ける。最中、デッキに加えていた4枚のアリストスを抜いて光琅グアンランへ返却する。そして、マスターとしていたASECのアリストスも彼に返そうとしたその時、尚無鏡シャンウージンの手を止められた。


「それは阿鏡アージンにあげるよ」

「え?でも、私負けちゃったんだよ?」

「だからURの方は返してもらう。けれど、そっちは元からあげる気だったから受け取ってくれ」


 手に持っているカードを見下ろす。こんな高価な物を貰っていいのだろうか、という少々の懸念が私の心に現れる。


「申し訳ないよ……」

「ここに来て初めてできた友達だからね。趣味も同じだし、記念としてオレからのプレゼントだ。だから、これは君にあげるよ」

「それなら、記念として受け取ろうかな…ありがとう光琅グアンラン

「どういたしまして─────さて、もうそろそろ十九時だけど、どうする?外は暗いし、途中まで送っていこうか?」


 そう言われて窓の外を確認する。確かに、既にもう夜の帳は下りきっている。街灯が光る中、それに負けない星が点々と光っている。


「いや、結構近いことがわかったし大丈夫だよ」

「それならいいけど」


 尚無鏡シャンウージンはアリストスを鞄の中に入れて帰る支度をする。共に廊下を歩いて、靴を履いて玄関の鍵を捻る。


「それじゃあ…今日はありがとう。楽しかったよ」

「ああ、オレも楽しかったよ。阿鏡アージンは明日学校に行くのかい?」

「ん~どうしよ…光琅グアンランは?」

「君が行くなら行こうかなって思ってる」

「なら、明日行こうかな」

「じゃあ、また明日学校で会おう」

「うん、また明日。お邪魔しました────あ、あとごちそうさまでした」


 尚無鏡シャンウージンはそう言って、重い扉を開いて光琅グアンランの部屋から出て行った。夜の風が頬を撫でる。今まで生きてきた中で一番楽しい日だった。そう思いながらマンションの階段を下りた。





 だが、この日を最後に、光琅グアンランは私の前には姿を現さなかった。





 あの日以降、彼に一度も会うことなく、文化祭準備期間が過ぎて、文化祭となった。その期間、一度彼の住んでいたマンションに向かってみたが、そこはもうもぬけの殻だった。あれは夢だったのか、と一瞬疑ったが、手元には彼が記念として私にくれたASECの『竜滅化ドラゴニックシフト・機戦姫アリストス』が残っていた。故に彼とのあの一日は夢なのではなかったと悟る。

 準備期間中に勇気を振りぼってクラスが2の人に彼の事を尋ねたが、「そんな人クラスに居ないよ?」などという答えが返ってきて唖然としてしまった。まるで、彼の存在そのものが、この世から抹消されたかのように。


「─────────」


 文化祭は学校に行かないつもりだった。しかし、今年はクラスだけでなく部活動の方でも出し物をするので無所属の人は極力来るようにと言われ仕方なくここに居る。


 私のクラスの出し物はお化け屋敷。正直、時代的に少し古臭くないか?とは思ったが、隣のクラスのメイド喫茶よりはマシだったし、文化祭は外部からも人が来るのでそれなりに楽しんでもらえたようで何よりだった。

 とはいえ、私の仕事はお化け屋敷の受付。特にアクションを起こす仕事ではなかったので助かった。


 光琅グアンラン………どうしたんだろう?


 そんな言葉がずっと、私の中を支配している。それが蠢く中、私は仕事を全うし、とうとう文化祭最終日を迎えた。初日よりは人が減って仕事自体はもっと楽になったものの、接客する機会が少なくなる故に、彼へ向ける心配の感情が鮮明に浮き出、油断している心に注ぎ込まれていく。


 十七時。文化祭の一般公開は幕を閉じ、残す行事は後夜祭のみとなった。グラウンドの真ん中に設置されたキャンプファイヤーの周りに生徒達が集まってダンスをしたり、眺めたりする。噂では、恋人とこのキャンプファイヤーを見るとこの一年は幸せだとか何とか。


 そろそろ時間となる。教室に一人、お化け屋敷の裏側の整理を終わらせて眺めるだけ眺めようと思った刹那、


無鏡ウージン、ここに居たんだね!」


 ふと名前を呼ばれて咄嗟に彼の顔が頭を過ぎったが、彼は私を「無鏡ウージン」とは呼ばないこと、声が聞き慣れたやや高めの少年の声であったことを即座に理解して振り返る。後ろに立っているのは間違いなく、春山チュエンシャンだった。


春山チュエンシャン?来てたんだ。どうしたの?」


 そう声をかけると、相も変わらず頼りなげな調子の声で答えが返ってきた。


「後夜祭だけど…一人でキャンプファイヤーを見る気がなくて……」

「そんな理由でここに来たの?まぁ、あなたらしいっちゃあなたらしいけどさ。あ、そう言えば光琅グアンラン──────えっと、この前私を保健室に運んでくれた男子生徒見なかった?あの日以来、全然見かけなくて……」

「あの………無鏡ウージン

「な、なに?」

「その男と、一体どういう関係なの……?お付き合いしてる…ってわけじゃないんだよね?」


 春山チュエンシャンだけは光琅グアンランのことを覚えていたようだが、それよりも否定しなければならない言葉があった。


「バ───!付き合ってなんかないよ!ほんとに!………ただ、一日で姿を消したのがどうしても気になって…」


 すると、心配と気恥ずかしさのあまり俯いた尚無鏡シャンウージンに向かって、春山チュエンシャンの言葉が飛んできた。しかしその内容は尚無鏡シャンウージンの予想を裏切るものだった。


「なんで…そんなこと気にする必要があるの?」

「は、はあ?」


 唖然として顔を上げる。

 どこか必死な色を目に浮かべ、春山チュエンシャンは膝を震わせながら、尚無鏡シャンウージンに向かって足を一歩前に出した。


「だって、その男とは……何でもないんだよね?話したのなんて仕方なくなんだよね?あいつのこと……別に、なんとも思ってないんだよね?」

「え………?」

「ずっと昔に、僕に言ったよね。大きくなったら結婚しよう、って」


 再び一歩踏み出す出す春山チュエンシャンの目が、思い詰めたようにぎらぎらと光っていることに、尚無鏡シャンウージンは気付いた。


「そう言ったよね。だから、待ってたよ。待ってれば、いつか僕のものになってくれるってそう信じて……………だから…だから僕…」

「─────春山チュエンシャン……」

「言ってよ…ねぇ。あいつのことは、なんでもないって……嫌いだって、大嫌いだって」

「ど、どうしたの……急に…」


 彼はずっと昔に私が結婚しようと言っていたと言った。しかし、それに関しての記憶は一切持ち合わせていないし、仮にあったとしてもそれは幼子の戯言に過ぎないはずだ。それを本気に、そして今も継続しているだなんて普通は思わないだろう。


「安心して……もう僕が居る。だから、あんな奴、必要ないんだよ。僕がずっといっしょに居てあげる。僕がずっと………一生、君を守ってあげる…」


 譫言のように呟き、春山チュエンシャンは歪むように口角を上げる。そのまま、ふらりと尚無鏡シャンウージンに歩みより─────突然両腕をバッと広げ、容赦も躊躇いもない強さで尚無鏡シャンウージンを抱きすくめた。


「───────!?」


 尚無鏡シャンウージンは驚愕のあまり体を竦ませた。両腕と脇腹の骨が軋み、肺から空気が追い出される。


「チュ…エン……シ──────」


 動揺と圧力のせいで息が詰まる。されど春山チュエンシャンは、更に腕に力を込めて後方にある布の山に押し倒そうとのしかかってくる。


無鏡ウージン……好きだよ。愛してる…僕の、無鏡ウージン


 耳元で告げられた愛の告白は、まるで呪詛のような響きを持っていた。その時、記憶の奥底に眠る温かく湿った空間が微量に蘇る。


「ゃ……め────!」


 蘇る微かな記憶を辿る余裕はなく、必死に両腕を突っ張って体を支える。両脚に力を込め、右肩を春山チュエンシャンの胸に押し当て、


「やめてっ!」


 声は掠れた囁きでしかなかったが、どうにか体を押し返すことができた。押し潰されていた肺が戻り、私は喘ぐように空気を吸い込む。たたらを踏んだ彼は、床の布に足を取られ、尻餅をついた。その顔には、私の拒絶が信じられないと言わんばかりの純粋と驚きの色が浮かんでいた。見開かれた目からスッと光が薄れ、唇が痙攣するように震え、虚ろな声が漏れ出た。


「だめだよ、無鏡ウージン無鏡ウージンは、僕を裏切っちゃダメなんだ。僕だけが無鏡ウージンを助けてあげられるのに………他の男、ましてやあいつなんか見ちゃダメだよ」


 再び、ゆらりと立ち上がってこちらに歩み寄ってくる。


春山チュエンシャン──────」


 未だ体から衝撃が去らず、尚無鏡シャンウージンは呆然と呟いた。

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