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仙華頌籟 -A fateful reunion beyond a millennium-  作者: 織葉りんご
第一部 第四章 嵌合、夢幻、再会
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93話 ペトリコール

 学校を出る。普段歩く道だと言うのに、どこか変わった景色に見える。緑の葉が茶色を帯びていき、だんだんと寒くなりつつある空気を吸い込む。

 瞬間、スマートウォッチが振動する。左手首を確認して通知内容を確かめる。その小さな画面にはニュース速報が映る。一通り見た後にタスクを開いて、ニュースアプリからミュージックアプリへと移る。

 ブレザーの内ポケットからワイヤレスイヤホンを片方だけ取り出し、それを右耳に捻じ込む。お気に入り欄をスワイプして曲を選択する。瞬間、ゆっくりと近づく踏切がカーンカーンカーンと鳴り始めた。この曲も最初に踏切の音がフェードインするので少々驚いてしまった。


 地面に落ちた枯れ葉が、電車の通過する風によって蘇る。下から吹き上げる枯れ葉の吹雪は意外と綺麗なものだった。

 やがて鉄塊が流れていく景色が晴れ、黒と黄のバーは止んだ音と共にゆっくりと上がっていく。完全に上がり切ったのを確認して俺は右足を一歩前へ出した。


 選択した曲が終わる頃、途中にあるコンビニエンスストアが視界に映り、帰りに買わなければならない物を思い出し、進路を変えて自動ドアを潜った。今日の夜に食べる弁当と、明日の朝に食べるパン。そして明日の昼に食べる何かを。ついでに電子マネーに五千円をチャージしてレジへ行く。店員に聞かれるより先に私は「袋はいらないです」と答え、会計の済んだ物から順にザックに突っ込んでいく。出てきたレシートをそのまま下のレシート入れに入れて、そそくさとコンビニを出て家路を辿った。

 昨日降った雨水を染み込ませて薄墨色になっているコンクリートを黙々と歩いていく。


 五曲目が終わろうとした時、少し年季の入った金属の柵が見えてくる。左に流れる柵を追うように私もその方向に曲がる。やがて途切れた場所と軽自動車の間を歩いていき、鉄の階段をカンカンと上がり、スカートのポケットから鍵を取り出した。ガチャンと響く音を立たせ、私は部屋の中へ吸い込まれていく。


 もちろん、部屋の中は無人。一人暮らしなので当然。そして飾り気のある部屋でもない。

 フローリング風のクッションタイル張りの床、カーテンは無地。右手の壁に面して置かれた黒のパイプベッドと、その奥に並ぶ同じくマットブラックのライティングデスクとベッド。反対側の壁際に据えられた書棚と姿見。


 背負っていたザックを椅子の上に置き、ブレザーを脱ぎ、リボンを抜き解きながら私は大きく息を吐いた。

 脱いだ制服やシャツはハンガーに掛け、除菌スプレーを満遍なく、下着は洗濯籠に入れてシャワーへと向かう。


 脱衣所でゴシゴシと頭と体を拭き、ドライヤーで髪を一気に乾かす。楽な格好になり、冷蔵庫に入れてある飲みかけのお茶を流し込む。

 ザックの中から弁当を取り出して電子レンジに放り込む。待っている数分の間に、買った物をザックから取り出していく。すると、ピピピッ!と電子レンジが鳴り、温められた弁当をライティングデスクに置く。

 今日の夕食はスタミナ豚丼。特に運動もしない私がスタミナを取って何になると思うが、味が好みなので許してほしいと虚空に言う。


 私はスタミナ豚丼の蓋を開ける。パキッと綺麗に割り箸を割って「いただきます」と呟き、タレを絡めた豚肉と玉ねぎと白い米を口の中に送り込む。甘辛いタレが豚肉にしっかりと絡んでおり、奥に存在するニンニクの香りと玉ねぎの食感がとても良い。白米ももちもちしていて最高だ。

 とはいえ、それ以上の感情はない。

 人と接することがない故に、私の頭の中は虚無に等しい。学校での出来事を脳内で繰り返すことなんでしたことが無い。課題も昼休みや内職で終わるので、自宅でやったことはほとんどない。


「ごちそうさまでした」


 短い食事を終えて、空の容器をゴミ箱に捨てる。刹那、カーテンの奥が光り、数秒後にゴロゴロという音が聞こえてきた。やがて雨粒が落ちてくる音が連打していき、だんだんと勢いを増していく。


 これは昨日と同じくらい降りそうだなぁ……一昨日まとめて洗濯しておいてよかった。


 そう心の中で呟いて、ライティングデスクの引き出しを開け、箱を一つ取り出した。その箱には、剣を構えたカッコイイ竜型のロボットが描かれており、そのロボットの下半身に重なるように『機戦騎アクシオル/フルリベレイト[Vol.7─ドラゴニック・テンペスト]』というロゴが印刷されている。

 これは私が趣味としているもの、カードゲームである。カードをプレイする、というよりかは収集の方を趣味としている。もちろんプレイすることはできるが、さほど上手いというわけでもない。もちろん、それを語らう友人も居ない。


 元々『機戦騎アクシオル』という作品が好きで、その作品がカードゲーム化したことがこの趣味のきっかけだった。それからカードの加工や最高レアの封入率に虜になって今に至る。これは昨日に届いたものなのだが、あまりにも眠すぎて今日に持ち越してしまった。それをこれから開封する。

 シュリンク包装を破き、箱を開ける。その中から30パック取り出して鋏を手に取る。5パックずつ開封していく。パック自体にはあまり思い入れがないのでスムーズに。


「あ、SR(スーパーレア)


 幸先は良い。しかし少し不安もある。だいたい一箱にSRが6枚ほど、UR(ウルトラレア)が3枚ほど、SEC(シークレット)が1枚、それを超えるSECであるASECアクシオルシークレットが1カートンに1枚入っているかどうかだ。すると、


「あぁ、こっちかぁ……」


 UR。しかし狙っていたものではない。こういうテンションの上下がまたクセになってくる。

 そう思って、次の5パックに手を伸ばす。




                  ◆




「当たらなかった………」


 結果は惨敗だった。

 特に狙っていた『竜滅化ドラゴニックシフト・機戦姫アリストス』の最低レアはURではあったが、SECもASECも来なかった。ネットやカードショップには単品で売ってはいるが、環境キャラ故か値段はそこそこ。1ボックスの値段を出してカード1枚を購入するかと言われれば、そこまでフットワークが軽いわけではない。


 もう1箱買うか?─────────いや、今月はもうあまりお金を使えない。次の弾が出るのはまだ先なので来月にまた挑戦しよう。


 そんなこんなで、夜はだんだんと本番に近づいていく。

 とは言ったものの、自分は夜型の人間ではないので日付が変わった辺りにはもう就寝している。

 温めたミルクを飲み終わり、ベッドに寝転がる。明日また訪れる虚無の学生生活に向けて、ゆっくりと目を閉じた。





                  ◆





 カーテンの隙間から日光が漏れる。それにより、アラーム設定した時間よりも早く目を覚ます。

 少し埃っぽい空気を吸って思い切り背伸びをする。すると丁度アラームが響く。

 私は、アラームを止めてカーテンを全開させる。昨日の夜は雨が降っていたが、朝には晴れてくれて助かった。

 歯磨きをして朝食をいただき、姿見の前で制服に着替える。


 また何もない一日の始まり。ワイヤレスイヤホンを耳にねじ込み、ザックを肩に掛けて靴を履く。そして誰も居ない部屋に一言呟いて鍵を開けた。


「いってきます」


 濡れたアスファルトの匂いが外に充満している。

 晴天。視界に映る雲は片手で数える程度。選曲した曲の出だし「月明り」とは裏腹に、私の頭上には太陽がサンサンと輝いている。寒い時期はあまり好みではないが、寒い時期であればこの鬱陶しい直射日光はマシに思える。

 大小の水溜まりを避けながら、黙々と学校へ向かう。




                  ◆




 翌日。十一時半頃、午前最後の授業を何の感情もなく聞いている。

 黒板に書かれる白い文字をノートに写し、教師の声を耳に入れて頭の中で整理する。普段は特にアクションを起こすことは無いが、教師に当てられたらもちろん答えるし、前に出て解答も書く。

 しかし本日は教師に当てられたり、板書に書いたり等をする教科はないのでいつもよりは沈黙している。


 微かに聞こえる私語を耳にする。

 正直、こういった青春は少しばかり憧れている。しかし、それを行動に移すほどの度胸は私の中には存在しない。


 などと考えていると、昼休みを知らせるチャイムが教室に響き渡った。故に正午。生徒達が腹を空かせ、食堂へ向かったり友達と固まって弁当を出したりする中で、私はそそくさと昨日買った弁当を入れた小さいバッグを持って教室を出た。


 数多の生徒とすれ違いながら階段を上がっていく。やがて最上階に到着し、目の前には銀の重い扉がある。そこを力強く押して私は学校の屋上へ入った。冬であれば極寒故に閑古鳥が鳴いているが、今は少しただ寒い程度。とはいえ、床はコンクリートで砂や雨水で汚れているし、ベンチとかもないので誰もここには来ない。つまり、交流を拒む私にとっては最高の場所である。

 小さいバッグの中には折り畳み椅子が入っているので立って食べるということはない。


「さて──────」


 ポツリと呟いていつものように昼食を取ろうとしたその刹那、


「──────────」


 笛の音が聞こえる。どこか遠くから聞こえてきているものではない。この屋上から聞こえてくる。しかし、金管楽器のような音ではない。どこか古めかしい雰囲気を感じ取る。

 辺りを探す。少し奥を捜索してみようと扉が備わっている場所から出た。するとそこには、見たことの無い男子生徒が一人、竹の笛を吹いていた。


 上履きの色は学年によって異なる。私は二学年なので赤いラインが入っている。彼の上履きにも同じように赤いラインが入っている。

 接したことがなくても、同学年の人間がどのような見た目をしているかは粗方わかるだろう。しかし、彼に関しては全く記憶がない。


 冷たい風が吹き、濃い茶色の髪に入っている赤いメッシュが煌びやかに揺れる。

 すると、彼は笛を吹くのを止め、こちらの方を肩越しに覗いた。目が合う。


「あ─────えーっと……」


 ロクに人とのコミュニケーションから逃げていた故に言葉が喉につっかえる。気まずい空気になることを恐れ、無理矢理言葉を吐き出した。


「えっと……邪魔しちゃった?」


 長身の男子生徒は、微笑みながら首を横に振った。


「いいや。全然邪魔じゃないさ」


 そう言い、男子生徒は体をこちらに向けた。どこか幼さを残した整った顔立ちに、私は生唾を飲み込んだ。


「み、見ない顔だね……」

「それはそうさ…オレは今日転校してきたんだから」


 なるほど。見たことの無い顔だと思ったらそういうことだったのか。

 男子生徒は微笑む顔を変えずに口を再び開く。


「ここで会ったのも何かの縁だろう。せっかくなら、友達になろうよ」


 学生生活の中で、初めて友人ができる可能性が目の前に現れた。自分の中で葛藤しつつも、この変わらなく飽き飽きした日常から一歩踏み出したいとどこかで考えていた。この手を引く者は誰も居ない。のなら、


「……うん、いいよ。私は尚無鏡シャンウージン。性がシャン、名が無鏡ウージンの二文字。あなたは?」


 男子生徒は少し間を置いた後、握手を求める手を差し出しながら私の目を見て答えた。


「─────名前は光琅グアンランだ」

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