91話 さあ起きて子供たち、もうおやすみ古い友達
※表現は抑えたつもりではありますが、少々過激な内容ですのでご注意ください……
曖昧な意識、曖昧な自己のまま、見知らぬ部屋で微睡んでいる。下には布、視界にはヴェールが複数。その奥は、目を凝らしても何も見えない。見えない以上そこには何もない。ここはそういう場所なのだと意識が悟る。
肌を纏う蜜のような香り。石化する意識の中、
「………陳湛」
密やかな声に振り返る。それは尚無鏡のものだった。奥から来るでもなく、すぐ後ろに彼女は居た。それも布一枚しか纏っていない姿で。一体何故──────
「どうしたの?」
それも泡沫。耳元で囁かれる甘い声に、曖昧な疑問と意識は溶けていき、やがて情欲だけに染まっていく。理性を無くすには十分すぎる光景だ。
尚無鏡の細くともしっかりと柔らかい肢体に、とろけた欲情を宿した瞳。
「ふふ。どう?私は綺麗?それとも、不満?」
それが不満など陳湛には亀毛兎角。ただ突然の出来事にどう言葉を出せばいいのかわからないだけ。道徳を語る理性が封印される。胸の奥が塞がるように期待が喉に詰まっている。
「陳湛、私に身を任せて……」
甘い香の薫り。柔らかで白い肢体が迫ってくる。熱に潤んだ瞳を携え、濡れた唇を舌がなぞる。そして、
「──────────」
濡れた肉が乾いた山を撫でる。やがて、その鋭い舌は山を下り、首筋へと辿り着く。されど、自身を支える手とは反対の手が反対の山を鷲掴む。呼吸が乱れる。自分より小さい体だというのにしっかりと押さえつけられている。いや、自ら望んで自らを拘束しているのか。
電流が走る。痺れる感覚が熱と共に襲い掛かる。
「…可愛い顔。それじゃあ………」
尚無鏡は体を起こして陳湛の唇に自分の唇を重ねる。そして突破するように、尚無鏡の舌が口内へと侵入してきた。十数秒の後、唇が離れると一度髪を掻き上げて下方へ。そして再び、接吻が行われた。
「─────────」
走る電流は脳天にまで及んだ。今までに感じたことの無い内側からの痺れに、陳湛の思考はどんどんと泥に沈んでいく。水が弾ける音が木霊する。子供達が外で水遊びをしているかのように、少し遠くから耳を貫いていく。体が火照る。熱い。だがそれを上回る熱が彼女の口から優しく出でる。
途切れ途切れに警鐘が漏れる。体はオーバーヒート寸前。今ここで爆ぜてしまえば楽なるだろう。ただ一時であっても体の中に留めておくのは苦しすぎる。故に、
「─────────」
弾ける。何度も、止まれと言っても体は言うことを聞かない。銃に撃たれたかのように体が数拍おきに痙攣する。
「かわいい……ん、陳湛ばっかりズルい。私にも、して──────」
陳湛の身から顔を離し、尚無鏡はごろんと後ろに転がった。誘うように伸ばされた両腕は、陳湛の体を今か今かと待ち侘びている。
とうに一線は超えている。今更固まっていたって意味がない。吸い込まれるように、陳湛は尚無鏡の腕に包まれ、丘の麓に顔を埋めた。
同じように首筋に唇を持っていき、そのまま上に上がって耳を舌で撫でる。自分より浅い膨らみを掴む片手を外してお腹を撫でる。
耽溺。そこに思考など存在していない。ただ、体が動くままに─────
筋肉が少なめのよい手触り。どこもかしこも気持ちが良いので困ってしまう。尚無鏡の体がふるふると揺れる。手を動かすと、産毛の生えた桃みたいな手触りが奔る。それも熟れて柔らかくて、香りだけでくらりとするほど甘い。
狭間。まるでそこだけ果汁が滴ってるみたいに、指に蜜が纏わりつく。温かく濡れて、指が沈む。
刹那、
「──────────」
尚無鏡も、空の手を狭間に沈めてきた。
「やっぱり…私だけじゃ寂しい」
頭が白く染まりかける。いきなり故に準備ができていなかった。
互いに浅い呼吸をし、互いに唇を重ね、互いに蜜の絡みついた指で内を玩弄する。
「ぁ………」
尚無鏡の体が一際高く仰け反る。つられたか、こちらも背が丸くなる。
「ねぇ陳湛……一緒に─────」
コクリと頷き、輪郭を伝う汗が落ちる。そして、
「────────!」
「─────────」
互いに力が体から抜けて、汗ばんだ熱い体を重ねる。
これで終わり──────ではなかった。自分の下に居る尚無鏡は、胸を浅く上下させながら呼吸を整えて囁く。
「もう疲れた?いつもなら、これからが本番なのに」
いつも?私は仙華様と、いつもこのようなことをしていた?
体験している記憶は脳のどこにも見つからない。果てたばかりで機能していないだけかもしれない。
「疲れてても、私はするよ?だって物足りないんだもん」
そう言うと、尚無鏡は陳湛の体を抱えて、オセロの石のように上下反転した。すると、体を起こして奇妙な体勢になり、横に裂かれた口ではなく、縦に裂かれた口を合わせる。
「──────」
濃厚な吐息をつかせて接吻する。
蜜同士が直接混じり合い、更なる熱を手前から、そして奥まで感じ取る。
「いつもは逆なのにね……でも、たまにはこっちもありかも」
いつも?私は仙華様を、いつもこのようにしていた?
脳は彼女から送られてくる刺激を纏った神経に支配されている。こんな状況で真面に機能なんてするはずもなく。
揺れる。
視界も、自分も、そして彼女も。
「───────」
やはりこんな記憶はない。
だが心当たりなまるでないわけではない。おそらくこれは、自分が何度か夢に見た記憶であろう。それも、彼女が石蔵に幽閉されている時のだ。
いつも傍に居た彼女と千年間会えず、その間で寂しい思いに達した時に、こういった夢を見ていた記憶がある。その夢を見た翌朝の寝具の処理は大変だった。そんな記憶も、揺られている自分に蘇ってくる。
瞬間、体に芯が宿る。
「きゃ──────!」
体を起こして、尚無鏡の体を手繰り寄せる。そして彼女に変わって、今度はこちらが体を揺らす。形勢逆転。
「き、急でビックリしちゃった…やっぱり、これが一番好き」
「そうですか。では存分に────」
「─────!」
と、ぐっと押し当てる。形の良い三角の顎がガクンと仰け反り、唇を噛み縛って呻く。一思いに押されたのだ。神経は一瞬で灼きつくされて、狂わんばかりの感覚が荒れ狂っていることだろう。しかし、それはこちらも同じこと。芯が宿ったとて、体は常に限界に向かって走り続けている。
スパートをかける。尚無鏡の手が、膝が、首筋が次々と痙攣を起こす。全身を震わせるいくつもの波が重なりこちらにまで響いてくる。
臨界点。感覚が脳天から下へ下へと流れていき、遂に────
「く──────っ!」
「ああぁ………………!」
乱れ走る四肢。互いの全身から汗が噴き出し、破裂しそうなほど膨れ上がったように見えた。体は持たず、尚無鏡は後ろへ、陳湛は前へ倒れる。
リフレイン。二人で貪るように激しく呼吸をしながら、溶け合うように緩やかな快感の波に漂った。
「………大好きだよ、陳湛。明日も、またしようね」
掠れ気味の囁きが聞こえる。
「明日も?」
「?そうだよ?毎日してるじゃん。気持ち良すぎて忘れちゃったの?」
重ねていた体を離す。陳湛は微笑みながら尚無鏡を見下ろす。
「─────そうですね、また明日」
突如、陳湛の両手が尚無鏡の首を強く絞める。
「ガハッ……陳湛…何で………………?」
「仙華様は私とこのようなことなど致しません」
親指で気管を、人差し指で頸動脈を、中指で経静脈を圧迫する。
「な、ん………で──────」
12秒経過。尚無鏡の意識は失われた。されど続く。
「ここは夢の中、もしくは幻の中なのでしょう。そしてあなたは、その世界の住人。しかし、私は私のままだった」
4分経過。大脳皮質に異常が見られる。されど続く。
「ですが、感謝しています。この世界で一線を、いえ最後までさせてくれたこと。したかった、けれどしてはいけなかったことが体験できました。これであちらに戻っても、いつものように仙華様に尽くすことができる」
10分経過。影響は脳幹までに──────故に、死んだ。
陳湛は立ち上がり、複数垂れているヴェールを手に持ち上げ、それを自らの首へ括る。
「あなたの温度、あなたの味、とてもよかったです。これは一生忘れることは無いでしょう。ありがとうございました。そして、仙華様……今、戻ります」
刹那、陳湛は寝具から足を外した。特殊な空間で生成された物が故に、全体重が掛かろうともヴェールが外れることはなかった。
左右に揺れる感覚が遠ざかる。
視界も、匂いも、全てが闇の奥底へと沈んで行った。




