9話 青を焼く緋、デタラメな飛剣
緑の間を駆ける。
割と全速力で走ってはいるが、それにしっかりとついて来ている光琅には驚かされる。
ただ走るだけじゃない。腰には湾刀を携えているのだ。
ここまで脚力と体力があったとは、裏で努力をしているのだろう。
そう思いながら入っていると、少し開けた場所に出た。
すると、
「光琅気を付けて。妖鬼の群れだよ」
瞬時に周囲を確認して弟子に注意を呼びかける。
「─────────」
光琅は湾刀の柄を握りながら妖鬼を睨んでいる。
無理もない。
こんなに大群の妖鬼を相手にしたことは無いんだから、緊張や恐怖が走るのも仕方がない。
尚無鏡は光琅の肩に手を置いて優しく囁く。
「大丈夫。目の前の妖鬼達は私が片付けるから、光琅は私の邪魔をしようとする妖鬼を斬ってくれるだけでいい。それなら、ほとんどいつも通りでしょ?」
実践稽古で妖鬼と対峙する際はだいたい一体か二体、多くて三体だ。
私の後ろを取ろうとしてくる妖鬼はそれぐらいの数だろう。
光琅は鞘から湾刀を抜く。
それに続くように、尚無鏡も携えていた黒い細剣をスルリと抜く。
その黒をなぞる白い光沢に、妖鬼はおろか光琅でさえも唾を飲みこむ。
その一瞬を尚無鏡は逃さない。
瞬時に剣を二回振る。
刹那。
交差された炎が、前方の妖鬼達を襲う。
それはあまりに一瞬の出来事だったので、尚無鏡以外の者は立ち尽くしていた。だが、尚無鏡は止まるわけもなく、すぐさま切先を前方へ向ける。
すると今度は、業炎の螺旋が前方を襲う。
妖鬼達は断末魔を上げる前に灰となり、朽ち果てていく。
だがそれでも妖鬼は妖鬼。
それを隙と見たか背後から二体が攻撃を仕掛けてくる。
されど、
「は───────!」
その二体は一人の少年の湾刀によって切断された。
「流石光琅──────って、あっちに居た妖鬼達は?」
「二回目の攻撃の時に皆逃げてしまいました」
逃げた……?
妖鬼が逃げるなんて──────
普通の妖鬼なら、命知らずかのように突っ込んでくるのに。
と思いつつも辺りを見渡すと、逃げ遅れた残党が足をもたつかせながら懸命に森の中へ逃げていくのが見える。
「逃がすか─────!」
尚無鏡は矢が放たれたかのような速度で走り出す。もちろん、それに光琅は反応が遅れる。
目前を走る妖鬼は三体。
すぐには片付くだろうと思っていたが、やけに奴等の足が速い。
追いつくのがやっとな程に。
もちろん走りながら炎を放つことはできるが、この木々の中で剣を振るうのは難しい。さらに狙うが定まらないので下手に放ってしまえば木に炎が着き、広がってしまう。
やはり接近して刺突するしかないか……。
そう思考を巡らせた瞬間、後ろから声が聞こえた。
「師匠!右に避けて!」
走りながら視線を後ろへ向けると、光琅が変わった構えをしていた。
腰を落とし、切先を正面へ向け、左掌に柄頭を当てている。
刹那。
「──────────」
私の左を、湾刀が通り過ぎた。
その湾刀は先頭を走っている妖鬼の背中に直撃し、力が入らなくなったせいで土に倒れ込む。
さらに、後ろを走っていた二体の妖鬼はそれに躓いて転倒した。
しめた。
この好機を逃すことなく、尚無鏡は二体の首を斬り落とし、倒れ込んだ妖鬼の首も切断した。
どうせ起き上がってはこないだろうが、念には念だ。
逃亡した妖鬼の残党はこれで片付いた。
が、気になる事があるのか尚無鏡はぐるりと振り向いて口を開いた。
「光琅、助かったよ────でも、さっきのは何なの?」
言葉を掛けられた弟子は何の事を言われているのか理解できている。だからこそ、少し引き攣った顔且つ面倒くさそうな表情をして質問に答える。
「えぇっと、その……こっそり、飛剣術を……」
「いつから?」
別に問い詰めるつもりはない。
ただ単純に気になるだけ。
「……一週間ほど前から、です」
割と最近だった。
だが、師匠としてしっかりと言わなければならないことはある。
「飛剣術はね、飛剣を操れる人が身に着ける剣術なのであって、光琅が無理に覚えなくてもいいものなの。犬も飼ってないのに躾だけ覚えるのは変でしょ?でも覚えておきたいなら別にいいんだけど、何か用意しておかないと。万が一外したら、その刀はもう手元に戻ってこないかもしれなんだよ?」
「はい……すみません」
少年は少ししょんぼりした様子で、小さく頭を下げる。
飛剣というものは、方術を内包させた剣のことであり、簡単に言えば先ほども口にした犬のようなものである。剣と主の心を通わせなければ使いこなすことはできない。
故に、その難易度があまりにも高く、さらには方術を扱える人間が偏っていることから書として残るだけとなった。
その残った書も、今では入手が困難であるが……。
彼はどこから情報を知ったのだろうか。
かくいう私も実物は見たことが無く、人伝ならある。
もしかしたら将軍か幕下の中に飛剣を使える人がいるのかもしれないけど……。
まぁ、何はともあれ光琅の即席飛剣術で難を逃れたのだ。それにはしっかりと感謝しないといけないし、助言もしなくてはならない。
「まぁ、最終手段としてはいい、のかな?でも、もしやるなら湾刀じゃなくて直剣でやった方がいいと思うよ?」
光琅は目を瞬きさせて尋ねた。
「そ、それはどうしてですか……」
昔聞いた内容を頭に流しながら答える。
「飛剣術で用いられる飛剣は全部直剣だから多分飛ぶのに適した形があれなんだと思う。実際さっきのやつ、少しフラついていたし……それに一週間であの程度はなかなかだと思う。多分光琅は柔軟なんだろう」
「じゅ、柔軟…」
「変化に富んでいる、ということ。確かに刀は柔軟な人間が使うに適している。けどそれは剣術に限っての話。ああいう応用の外側も模倣できるとなると柔軟を活かすより、基本に戻ってあらゆる可能性に特化した方がいいと思う。それを極めれば、もしかしたら星も崩すところまで行けちゃうかもね─────まぁ、これはちょっと盛り過ぎだけど……」
基本というものは弱者の留まる場所ではない。
強者も昔はそこを通った道。
彼の潜在能力なら、一つを伸ばしきるよりその都度合った剣術を繰り出させた方がいい。形に囚われないの予想外の戦術は多くの人間が嫌う。中途半端と見えるのだろう。
けれど今回のあれを見て、それも武器となりえると理解させられた。
考えていく内に常識という牢からするりと抜け出せるほどに。
そんな会話をしていると、少し地面が揺れていることに気付く。
「なに?地震?」
その揺れはだんだんと大きくなっていき、それに伴い背後から轟音が迫ってくる。
振り向いた先の光景は、壮絶なものだった。
「岩のなだれ──────!?」
目にした瞬間、二人は崖から突き飛ばされたかの如く、凄まじい速度で駆け出した。
木々を薙ぎ倒しながら迫る岩の大群。横に逃げようにも沢山の木が邪魔をしていて、横に行ったところで岩に潰されるだけだろう。
方向的に考えて、これは逃げた妖鬼の仕業だろう。自然にこれが起こることはまずありえない。
それにしても、妖鬼にそんな知能があるとは思わなかった。
妖鬼は、人間が死んだ際にこの世に残した怨念の塊。
故に、恨みのままに人を食い殺すしか能がないものだと思っていた。
ここまで異常なことが起こると妖鬼側に何かがいるのか?それこそ陳湛の言っていた、妖鬼を統率する者が。
懸命に走り続けるが、光琅に疲れが見え始めてきた。流石の光琅でも体力の限界か。ならば──────
尚無鏡は前方に激しくジャンプして後方を向く。
その先に剣の切先を向け、先ほどのような業火を放つ。
もちろん岩は粉々に破壊される。だが、破壊された岩の後ろにもさらに岩があった。
「ッ──────」
おそらくこのまま破壊しても終わらないだろうと悟った尚無鏡は、方向を転換させ、また全速力で走る。
走っている方向は、匠歩国とは真逆。
あちらに被害が行くことはない。
すると、
「師匠!前に洞窟が!」
「くっ、止むを得ない…入るよ──────!」
二人は吸い込まれるように、目前に迫る洞窟へと入って行った。




