87話 再びの平和、二は華を追う
常紗は常家に生まれた双子の兄。相伝の色容体は常唐で途切れてしまった故に、彼の中にも術色の存在を感じなかった。
「所詮お前の子だった、というわけだ」
「反発作用を期待した儂が愚かじゃった」
「これじゃあ忌み子同然ね」
常家の人間からはこのような言葉を浴びせられた。常唐はそれを全て背負うも、妻には何一つ話すことは無かった。
そして二年後、常唐は常紗の体に変化が訪れたことに気付いた。彼の奥底から術色の気配を感じたのだ。しかしながら、その色は全く視認できない無色透明であった。常唐は常紗で色々と試してみた。攻撃術、塗着術、範囲術、これら全てを使えることが判明した。間違いなく、常紗は従来の色容体を上回る者、神童であったのだ。
しかし、これに気付いているのは自分一人だけ。そこで常唐はあることを思い付いた。
世界征服。常紗の力を極限まで伸ばし、常家だけでなく世界全てを包み込む。思い立ったが吉日、二歳という幼子を連れて出て行った。
□
「──────」
騒音を耳にしながら葡萄酒を一口。常紗が侵入者を圧倒しているのだろうと余裕をかましていた。
やがて訪れた静寂に顔を上げる。
戦い終わったか?であれば、侵入者の顔を拝んだ後に奴等同様に地下牢へとぶち込んでやろう。
そう思った瞬間、目の前の扉が一気に開いた。そこには、見たことのあるシルエットが二つ。そう、それはまさしく──────
「お、お前達………何故ここに!?」
「お前の息子は倒させてもらった。次はお前の番だ」
「な──────────」
常紗が、倒された………?バカな、そんなこと、あるわけがない。あり得ない……あり得ない─────!
「き、貴様等ぁぁぁ!」
絶叫と共に、常唐は開いた右手を突き出した。
◆
やはり、常紗の居ない常唐は二人の敵ではなかった。体液を吸い上げる呪術も、発動させなければどうということは無かった。すぐに傷を与え、縄で体を縛り上げた。その後魏君は、上位の方術である『禁呪廻[呪術を発動させないために術師の体へ施す方術。体力を大きく消耗する]』を以って常唐の力を制限した。必死に藻掻いているとはいえ、呪術を制限されている以上何の脅威もない。故に何事もなく彼を地下牢に閉じ込めることができた。
その流れで、他の牢に閉じ込められている老爺爺や御偉方、そして国主を解放し、陽柱国に平和が戻ってきた。
◆
「本当に何から何まで………一体どう恩を返したらいいのか……」
魏君と木煙にそう言いながら頭を何度も下げる国主に、
「やるべきことをしただけですので、どうか頭を上げてください」
と木煙は言う。
すると、横に立っていた魏君はこんなことを言いだした。
「国主様がよろしければ、移動手段となるものをお貸しいただけますか?」
「魏君、何を言っているんだ?無理矢理にでも報酬を貰う気か?」
「君は何を言っているんだ?ここから仙華様達の居る根張国に向かうのに徒歩で行く気か?ここの宝剣は砕かれた。その情報だけでも迅速にお伝えしなければならないというのに、君はあの距離を歩くつもりか?」
「あぁ…そういえば僕達が乗っていた牛車はもうあっちなのか」
会話を聞いていた国主は後ろに居る数人の武弁にハンドサインをする。武弁達は急ぐようにしてこの部屋から出て行く様子が視界に映る。
「今、お二人の為にこの国で一番速い馬を二頭用意しました。もう少しすれば、国門前に手配できるはずです」
「本当にすみません……ありがとうございます」
「ありがとうはこっちのセリフだよ」
と、後ろから知っている声が聞こえてきた。振り向くとそこには、我々を牢屋から出してくれたあの老爺爺が立っていた。国主はその老爺爺に微笑みながら口を開いた。
「例の品は、持ってきたかな?」
「言われた通り持ってきましたよ」
「例の品?」
二人は首を傾げる。
すると老爺爺は二人の手にあるものを差し出した。
「こ、これは──────」
我々の手に握られていたのは、常紗を倒すために一時的に額に付けていた、陽柱国の秘宝・嵌合札だった。魏君は、一度老爺爺の顔を見た後に、振り向いて国主の方を見た。
「こ、国主……これって──────」
「ああ……それは、あなた達に譲ろうと思いましてね」
「でも、これはこの国の……」
「ですが、ここにあるよりも、あなた達が持っていた方がいいとここに居る全ての人間がそう判断しました。なので、貰ってください」
ゴクリと息を吞み、魏君と木煙は目を合わせる。瞬間、答えは決まった。
「わかりました。有難く頂戴致します」
「大切に使わせてもらいます。感謝します、国主」
二人は国主、そして老爺爺に拱手を行う。
その時、奥の方から一人の武弁が現れて「馬の手配ができました!」と報告する。肩越しに振り向いた国主はコクリと頷いて、すぐにこちらに顔を戻した。
「本来であれば、宴の一つや二つをご用意したかったのですが……」
「いえ、お気持ちだけでも十分です」
「────ではご案内します。こちらへ……」
国主は身を翻して、奥の武弁の方へと歩いていく。その背中に続くように二人も歩いていく。
外に出て階段を下る。民家を立て直している人々の様子を映しながら国門の方へと進んで行く。入る時には柱が倒れていたが、今はもうそれは取り除かれている。
一日経ったかどうか、それぐらい短い滞在ではあったがなかなかに濃い一日であった。
仙華様達はどうしているのだろうか。無事に過ごせていればいいが……。
「あの、国主」
「どうしました?」
魏君は歩きながら国主に問いかける。
「ここから根張国まではどのくらい時間が掛かるのでしょうか」
「今回手配した馬であれば、大体二、三時間ほどかなと。もっと速い方がよかったですか?」
「いえ、それで大丈夫です」
短い会話を終わらせて、ようやく国門に辿り着いた。門の外には手配した者と白い馬が二頭待機していた。
この国に訪れた時と同様に、少し湿った風が吹く。
「それでは、ありがたく使わせていただきます」
「魏君さん、木煙さん。本当にありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました!それじゃあ、行こうか」
「そうだな」
木煙と魏君はそれぞれ馬へとまたがり、手綱を握って馬を進ませた。手を振りながら二人を乗せた馬達を見送る国主と老爺爺。瞬間、国主が「あっ!」と一言声を上げた。
「どうされました?」
「いやぁ…彼等って道士だったろう?信仰している仙人の名を聞くのを忘れていたんだ。今から追いかけても間に合うか──────」
すると突然、老爺爺がカッカッと笑い出した。疑問に思う国主に、こう話す。
「わしは牢屋に入っている時に聞いたので知っていますよ」
「え!教えてくれるかい?」
「はぁ、仕方ないですなぁ………彼等が信仰している仙人の名は、晄導仙華です」
◆
「──────」
「………………」
「では、私はこれで。二人の治療は任せましたよ」
湛慮は軽く告げて、すぐにゲートへと入って行ってしまった。いきなり目の前に現れたかと思いきや、傷を負った龍淵とまたしても傷だらけで気絶している太阿が送り込まれてきた。
「またボロボロなんですの?コイツは────って!」
干将莫邪がやれやれとしている合間に、龍淵に肩を貸して運ぶ承影の姿が映る。
「なんであなたがそっちなんですの!?」
「特に理由なんてないわ」
「じゃあ変わってくださいまし!」
「嫌よ。そこまで戻るのめんどくさいから。それと速い者勝ちよ」
そう言って承影は奥の部屋へと入って行った。
「キー!なんでわたくしがこのガキを運ばなければいけないんですの!?赤霄!居るなら今すぐ来て手伝って!赤霄ォ!」
その魂の叫びには、誰も反応しなかった。
◆
風。草が歌う。
立つ────しかし、それは完璧とはほど遠い。完璧に立たなければ、決してあの男には敵わない。ポタリと汗が落ちる。極限まで力を抜き、究極の最初の一歩を踏み出すための準備段階。
如何なる攻撃にも対応できなければこちらが終わる。最強を圧倒しうる雰囲気を纏っていても、中身が石ころであれば蹂躙されるだけ。
呼吸が浅くなる。やがて周囲の音、そして感覚が遠ざかる。刹那、
「!──────」
ボッッ!と音を立てて一歩を踏み出す。目前に舞い降りた葉を指先で貫く。遅れて、木を揺らすほどの風が訪れる。
それでもまだ─────
彼には届かない。
一つ、宝剣が破壊された。故に、あの日の約束を果たさねばならなくなった。一対一。人界最強との一騎打ち。人々を解放するためにも、必ず勝利しなければならない。
「待っていろ、最強……」
ポツリと呟き、再び精神を研ぎ澄ませた立ちへと体の形を戻した。




