86話 決着、障壁
「がぁぁぁ──────!」
大地を揺るがす咆哮を上げて、常紗は自分を包み込んでいる爆炎を吹き飛ばした。通常の人間であれば、あの大規模な爆発を退けるさまを見て一瞬動揺するだろう。しかしこの戦士は違った。既にその展開を読んでいた。
『ラァァ!』
腹から出でる声と共に、ぐっと身を低くし、衝撃波を残して前に飛び出した。
瞬く間。炎を退けた次の景色には、至近距離に迫っている戦士が映っていた。戦士は常紗の左肩に刺さっている大剣を握り、それを思い切り下へ──────
「ぐあああぁぁぁ!」
丸太のように太い腕が、一瞬にして胴体から切り離された。断面からは血潮が迸り、湧き水のように溢れ出る。奔る痛みに耐えながらも反撃するように蹴りを見舞う。届く寸前、戦士は大剣を地面に突き刺してから軽く飛び上がり、上からカウンターでこちらも蹴りを叩き込む。残っている腕でそれを受けたものの、がら空きの腰に刺さっている冷淵を勢いよく引き抜いた。
「ぐ────………」
虚空に赤が伸びる。
戦士は体を捻り、先ほどの蹴りを防いだ右腕を狙って斬り下ろす。既に刺さっていた大剣の時のようには行かず、振り下ろされた刃は腕の半ば辺りで静止してしまう。
『くっ!』
「ぅぅうう………!」
やはり片手用の剣では軽々と切断するのは無理か………なら、
『ウオォォッ!』
体の奥底から力を引き出す。全身に熱が込み上げる。同時に、握っている剣にも熱が現れる。火傷してしまいそうなほどに熱いものが手に伝わってくる。紛れもなく、雷の熱。
刹那、一線を越えた。半ばで止めていた何かを、戦士の剣は超えた。そして遂に、もう片方の腕を切り落とした。
「ぐあああぁぁぁぁああ!」
絶叫。
しかしまだ油断はできない。戦士は間髪入れずに攻め込む。
右腕を斬ったばかりの剣を、常紗の顎目掛けて投げ飛ばす。命中したかの確認もすることなく、地面に突き刺していた大剣を引き抜いて思い切り斬り払う。剣の軌跡をそのまま押し出すかのようにして放たれた空の術色の斬撃。雷鳴を轟かせて迸るソレは無抵抗の足を斬り飛ばした。
「うあぁぁがああぁぁぁ!」
右膝の上を斬ったことでバランスが崩れ、巨体は叫びながら地面に倒れる。もう片方の足も残っているが、今の彼の状態を見て無視するという判断に出た。
『これで終わりだ─────!』
右手に空の弾幕を、左手に白の弾幕を作り出して後ろに大きく跳躍した。
ある程度の間合いを取って、腰を落とし、両の手を前方へ突き出す。
作り出した二つの弾幕は徐々に撹拌していき、より強い輝きが生まれ、次第に大きさを増していき、地に転がる石が浮き上がる。
舞い上がる石と粉塵が風で払われ、眩い点滅が支配する。
揺れる大地、起き上がろうとする巨体に狙いを定め、
『はああぁぁぁ────────────っ!』
全てを込めた光を前方へ叩き込む。
何千年も生きた大樹のような太い白光に、水色の螺旋が描かれながら突き進んでいく。内側から力を押し出す。螺旋の光撃は、更に加速して常紗の体へと向かう。瞬刻、躊躇いも情もなく、光は大きな男へ浴びせられた。
「──────」
声は上がらない。あの爆発音にすら負けないほどの絶叫を上げていた彼から一音たりとも音がしなかった。それもそのはず。何故なら、そこには塵一つすら残っていないのだから。
彼は死した。
仙界の禁忌には『生ける人間を殺し、死界へ送ってはならない』とある。しかしそれは善良な人間のみが対象となっている。陽柱国の支配に加担した彼は対象外。仙人の裁きという名目で命を奪っても許される対象。
時間にして約五分、これで一つの問題が終わった。しかし、解決するべきもう一つの問題の手前に、まだ障壁は残されている。
前に出した両腕をゆっくりと下ろす戦士は、訪れた静寂を噛み締める間もなく、瞬間移動の如き速さで後方に聳え立つ宮殿の穴へと入って行く。その場には、瓦礫の上に倒れている少年と棚を支えに立つ女が居た。
「──────!?」
目の前に突然戦士が現れ、驚愕によるものか風圧によるものかは判らないが、女はドンと尻餅をついた。しかし、それでも鋭い目でこちらを見、手前に剣を構えている。
「な、なんだお前は…?」
『俺は、お前達が相手していた二人が合体した姿だ』
「が、合体……?」
『そうだ。しかも、ただ力が二倍になったわけではない。戦闘技術も耐久度も一人の時よりずっと上だ』
「ひ……卑怯なことを…ッ!」
『卑怯?魔剣を構えておいて、一体どの口が言っているんだ?』
そう言って右手を開いて前に出す。全身に光が現れた瞬間、それが一気に右手に流れ込み、須臾の間で大きな弾幕を生成した。女の表情が歪む。それを確実にくらうと悟ったのか体に力が入っているようにも見える。ならば望み通りに──────
と、弾幕を発射しようとした瞬間、女の上に四角い何かが現れた。そしてその光の枠は勢いよく降下して女の体を潜らせ、一瞬にして姿を眩ませた。
何だ?何が起こっているんだ?
困惑するその時、後ろの方から男の声が耳に入ってくる。
「よいしょっと……暇だったのでこっちの様子を見てみたら…本当に世話の掛かる人ですねぇ」
振り向く。そこには女を潜らせたものと同じ枠に向かって太阿の体を放り投げる糸目の男がそこに居た。あの特徴………まさかあいつは──────
『お前……湛慮だな?』
糸目の男は肩越しにこちらを向いた後、体もしっかりと向けて笑みを浮かべる。
「ええ、そうですよ。私のことを知っているなんて……貴方、尚無鏡等の仲間か何かですか?」
『お前が知っているかどうかは知らないが、俺はその方の仲間である、魏君と木煙が合体した姿だ』
「ほう、なるほど………」
『その反応からして、どうやら俺達のことも知っているみたいだな』
「もちろんですよ。私は宝刃戯派の世話係……知るべきこと、知らせるべきことは全て調べて頭に入れていますので────」
湛慮はそう言いながら四角いゲートに触れる。ゲートはだんだんと収縮していき、やがて一枚の札となった。
ここに来る途中に陳湛から聞いた通りだ。奴は札を使って空間を転移できる。世話係とは言えど、あいつも宝刃戯派の一人。あの二人には逃げられてしまったが、こいつだけでも倒しておかなければならない────!
『うおおぉぉ!』
戦士は勢いよく前進し、握った拳を叩き付けようとする。この速度であれば、先ほどのようなゲートを作る余裕なんてない。驚異の回避技術がなければ必ず命中する。
拳が突き出される。されど、衝撃が横から訪れ、視界が揺れた。脳が揺れる刹那に状況を確認する。
放たれた拳は作り出された小さなゲートを貫いており、その拳は自分の横に作られたゲートから飛び出してきた。拳を出すまでの少ない時間で二枚の札を的確な位置に放ったというのか。
自分のパンチの威力に驚いた。これであれば常紗を圧倒するのも当然だ。瓦礫の上を転がり、体勢を立て直しながら戦士はそう思った。目前を睨む。大量の札でドリブルオフをしながら余裕そうな表情でこちらも見ている。
「おや?自分のパンチで気絶しませんでしたか」
『ふん…舐めてもらっては困るな』
「そうですか……では──────」
湛慮はドリブルオフを止め、空中にスプレッドをして札を並べ、端の札に手を触れる。不思議な光景に戦士は喉を鳴らす。瞬間、ぎゅっと札を握り、並べられた数多の札は一本の布を巻かれたかのような湾刀になった。
『なに!?』
ゲートにすることで様々な場所に転移できる札。それが刀になったということは、備えられている能力も特殊なのだろう。
湛慮が湾刀を構える。すると、フ─────と撫でるように虚空を斬った。
刹那、視界が真っ白に包まれた。中央から渦を巻いた赤と青が近づいてきて、今度はこの二色が支配する。そしてその二色は分かれ──────
「!?」
「な────!」
一人の男が、二人の男に変化した。二人の目に前にヒラヒラと半分になった札が舞い降りる。
「何をした………?」
魏君が湛慮に問う。
「何って………貴方達の額に付いていた札を斬っただけですよ」
あの距離から嵌合札を斬ったのか。おそらく、札を束ねて作ったあの湾刀は離れている物を斬ることができるのかもしれない。なら何故、俺達ではなく嵌合札を狙ったのだ?
魏君の疑問はすぐに晴らされた。
突如、湛慮は湾刀を解除して元の札の束に戻し、一枚を取って後方に放る。グワッと札が広がってゲートが作り上げられる。同時に変わらない表情で身を翻す。
合体を解除させたのは、追いつけないようにするためか!
「待て!」
「待てと言われて待つ人がありますか?宝剣も壊れているし、暇も潰せたので、私はこれで失礼させていただきます。では─────」
二人は駆け出したが時すでに遅し。湛慮の体は完全にゲートへと入り、そして勢いよく閉ざされた。
沈黙。壁に開いている穴から吹く風に髪と服を揺らしながら互いの顔を見る。
「逃してしまったか………」
「そうだな。だが、今は悔やんでいる場合ではない。まだ常唐が残っている」
「ああ、行こう」
二人は瓦礫の上を進み、宝刃戯派が入ってきた扉から出た。向かう最中、魏君の胸には何が締めるものがあった。
彼等の狙っている宝剣が一つ壊れた。ということは、必然的に予備計画である短日国の宝剣が狙われる。そして国主常詩が赤霄と交わした約束。
全てを薙ぎ、天上に突き上げる神風。
坩堝をも溶かす獄炎を纏い、奈落へ誘う彼岸花。
この人界で、嘗てない戦いが起こるかもしれないと、魏君は生唾を飲み込んだ。




