85話 嵌合、究極の仙士
刹那、赤に光る魏君の体、青に光る木煙の体がやがて形を模したその色のみとなっていく。その光は互いの方へと伸び、絵の具のように撹拌していく。渦を巻くように二つの光が絡み合い、粘土のようにだんだんと人の形が作られていく。それだけではない。髪も、服も、靴も順々に形を現していく。
靡く光の髪と外套。
そこに佇むは紛うことなき究極の戦士。陽柱国に伝えられた伝説をも超えた者。
その輝きと気配に、流石の常紗も動きを止めてそちらの方を向く。先ほどまで劣勢だった龍淵は、今この状況が攻撃を入れるチャンスであるのにも拘わらず、その思考や行動すらも奪われるほどの力をあの戦士は放出していた。
「な、なに……アレは────」
龍淵は震える腕で体を支えながら、巨体の奥をぢっと見る。
その手前の巨体は、こちらに目を向けることなく一歩、また一歩と光に包まれた戦士の方へと歩んでいく。瞬間、それまで何も感じなかった体に殺意と力が巡る。そして一切の予備動作なしに、まるで銃弾を放ったかのような速度で戦士の頭に容赦なく大きな拳が叩き付けられ─────
バッ────────────
と、オレンジの火花を振り撒いて、触れる寸前で止められた。
「………ぬ」
常紗は訝しげに呟き、自分の拳の所へ視線を移す。光芒の戦士の右手が、常紗の拳を受け止めている。否。あの大きな拳には触れていないのだから、正確には制御していると言うべきか。
絶殺を込めたはずの右腕が、徐々に、徐々に下がっていく。同時に、手から肘、肘から肩にかけて、自身を蝕む光が満ちていく。
やがて、まっすぐ真上に伸ばされた腕から、逞しい光が一瞬の輝きと共に出現し、渦巻き、荒れ狂い、そして一気に収束し──────
「ぐあぁ──────!」
今まで一方的に退けることなどできなかった巨体が、地面に二つの線を描いて後方に弾かれた。同刻、収束して弾いた故に、纏っていた光は徐々に弱まり戦士の姿を露わにしていく。
胸椎の始め辺りまで垂れ、右目を覆う白に限りなく近い空色の髪。そこには紫色の文字で書かれた一枚の札が付いている。黒いインナーとパンツを包むは紫電の如き紫の服。瞼が上がり姿を現した虹彩は水色と白のオッドアイ。
弱まる光と共に、翻るそれらは次第に収まっていき、常紗を弾いた腕もゆっくりと下ろされた。
怪訝そうな顔をしながら、巨体は前に居る戦士に尋ねた。
「何者だ、貴様は─────」
その言葉に、二人が同時で話しているような声で答えた。しかし、常紗が望んでいた答えは返って来なかった。
『…悪いが、コレに名前を付けている暇なんてこっちにはないんでね。さっさとノックアウトと行かせてもらう───行くぞ!』
ドン!と地を蹴って疾風のように駆ける。最中、ぼんやりとした空色を一気に纏い、厚い胸元目掛け拳を突き出す。
拳が常紗に当たる寸前に、体の周りに歪な外郭を視認できた。それが何なのかは、この段階では解らなかった。
衝突。
辺りに大量のスパークを撒き散らす。直後、常紗の右腕が上がる様子が視界の端に映った。繰り出される拳を忌避し、弾き返す力を利用してバック宙返りをして後退する。隙間を作らずすぐに目前の敵を凝視する。巨体は左腕を右側に持っていき、今にも腕を思い切り振ろうとしている。そして再び、あの歪な外郭が現れる。刹那、
「!──────」
勢いよく腕が振られ、その外郭が放たれた。その瞬間、二人は理解した。
あの歪んだ外殻の正体は、常紗の使用する透明な術色だ。嵌合札で融合したことで、仙人としての何かが向上して僅かだが視認することができるようになったのだろう。もしかしたら装位も上がり、魔剣などを扱えるようになったかもしれないが、それを試す魔剣も時間もない。
凄まじい勢いで迫る無の術色を、戦士は軽やかに躱す。その動作の中、片腕を常紗の方へ向けて、
『────お返しだ』
と、宙を舞う逆さまの体で人の顔より大きい氷塊を放った。自分の体の向きが正位置に戻るまでの半回転の最中に何度も─────
連続して放たれる氷塊は鋭く且つ強度があり、融合して力の差が狭まったかあの常紗でさえ顔の前で腕をクロスさせながら徐々に詰め寄ってくる。以前であればそんなぬるい攻撃は効かんと突っ込んでくるはずだ。
半回転が終わったとて、その殺到する攻撃の手は止まない。加えて、
『ついでにおまけだ』
反対側の腕も持ち上げて、今度は雷の弾幕を連射する。
「んんぐぅぅ………あぁ──────」
徐々に距離を詰めていた常紗の足が完全に止まった。
この合体を以って、ようやく彼の十数歩後ろにまで来れた気がする。合体によってこの体に刻まれた二色の術色、そして二つの型。塗着術を通して行われる攻撃術。あり得ないことだと思っていたが、まさかあの観戦で得た知識が活かされるとは思わなんだ。
氷と雷が衝突する中で彼の状態を確認するが、傷は全くついていない。力の差は縮まったが、依然として無の術色に攻撃が阻まれている。やはり接近戦で切り開くしかないか。それとも、もっと強力な術色を放つか。否、そのどちらもだ────!
『オオオォォォ!』
両手を突き出し、二色を発射しながら常紗の方へと突っ込んでいく。距離にして約二メートルの位置に到達した時、一際大きな雷撃を放った。膨大の威力と光を持ったそれは、確実に常紗の視界を塞いだ。
瞬間、雷を描くかのように曲がり、常紗の背後を取った。それを端で捉えたか、巨体の顔が肩越しに振り向いた。されどもう遅い。
拳を握る。そこにありったけの術色を纏わせ、左の脇腹に狙いを定める。
今から放つパンチは、常紗の想像しているものではない。彼が知らない血縁者のパンチの再現。無論、こちらは範囲術を使えない。故に、肘で弾幕を破壊した際の放出を利用した拳は繰り出せない。だが、似たようなことはできる。
握り拳でぐわんぐわんと光る空色が、腕を通して肘に到達する。刹那、そこから凄まじい音を立てて雷閃が迸った。そして構えた腕は、ロケットの如く前へ押し出され────
『ハアァ────!』
脇腹へ叩き付けられ、鼓膜を破るほどの音が辺りに響いた。
放たれた神速の拳は以前と同様に無の術色で防御される。がしかし、そこに更なる歪みが発生し、とうとう拳は脇腹へと命中した。血肉が焼ける音、骨が砕ける音が聞こえ、そしてあの大きな体が吹っ飛んで行った。
「ぐああぁぁぁ!」
傷を付けるのが限界だったのが、やっとダメージが入るまでに至った。
しかし、このレベルの攻撃を繰り返さなければならないのは合体したとはいえ難儀なこと。増してや生身の拳では持たないだろう。
右手を広げた瞬間、光の粒子が収束して大剣の形と成す。まだ現れぬ柄を握り締め、それが引き金のように光は解かれ魏君が武器庫から持ち出した大剣が顕現する。
仙人のみが行える格納と取り出しの方術。尚無鏡は当然のこと、柳燃でさえ使用できる基本の術。
銀の刃に光が巡る。
闘牛士の翻す赤布を見た牛の如く、それが挑発となったのか呼吸を整えた常紗は絶叫と共に駆け出した。
「ウガアアァァ─────!」
獰猛。最早そこには、初戦で感じた理性も技もなかった。自らの敵を討ちに走るその姿はまるで凶つ星のようだった。
迫る。常紗は戦士の手前で地面を蹴り飛ばし、上空から強烈な蹴りを見舞った。されど、戦士は滑るような足取りで岩をも砕く蹴りを回避する。空振りに終わった。だが、間髪入れず次の攻撃に移った。振り向きざまに掌に集中させた無の術色の弾幕を投げつけた。
既にその無を認識できる戦士にとってそんな攻撃は脅威でも何でもなかった。右手に握る大剣に、白の術色を纏わせ氷上を滑る刃のように滑らかに受け流し、空の術色を纏わせ落雷のように瞬刻の上段斬りを繰り出した。
「ぐぁあ!」
地面に大剣が衝突したことで大きな砂煙が舞い上がる。苦悶の声を上げながらも、常紗は煙を手で払いながら戦士の姿を探す。その顔目掛け、体を限界まで捻って繰り出された白の回し蹴りが思い切り叩き込まれる。
「──くっ……う、がぁぁぁ──────────!」
大きく身を仰け反らせた瞬間、雄叫びと共に爆発させるかのようにして全身から術色を放出した。
デタラメに放たれる恒星から出でる光芒のような攻撃を、戦士は目で追えないほどの速度で見切って躱す。最中、もう一つ格納していた剣を左手に呼び起こす。木煙の愛剣・冷淵だ。
右の大剣には空を、左の剣には白を纏わせて、暴走する恒星をターゲットに投擲する。雷光と寒冷の円はそれぞれ常紗の左肩と右腰に突き刺さり、数多なフラッシュの代わりに血飛沫が舞う。
ぐらりと歯を食いしばった巨体が揺れる。
今だ──────!
心の中でそう叫び、須臾の溜めに入る。今まで放ったのものとは違う、更に密度を高めた弾幕を作り上げていく。そして、
『ハァッ!』
気迫のこもった声と共に、強力な一撃を放つ。こちらを認識した時には既に弾幕は目の前だった。
刹那、こちらの身をも焦がすような大爆発が起こった。陽柱国中を震わせる爆発音にも負けない常紗の絶叫が耳に届き、爆発の光を透かして、苦しみ藻掻く巨体の影が映し出された。




