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仙華頌籟 -A fateful reunion beyond a millennium-  作者: 織葉りんご
第一部 第四章 嵌合、夢幻、再会
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84話 七星投影、怪物の乱入

 端────

 迫りくる龍淵ロンユェンは放たれた矢の如く。繰り出される刃に合わせるように、こちらも刃を振り翳す。同時に床を蹴り込んだ一撃。放たれるは強打。

 刹那、ガクッと視界がズレた。踏み込んだ右足が木煙ムーイェンの意志とは別に前方へ向かう。


 滑っているのか!?一体何故─────


 地面に目を向ける。そこには、水滴が数多についている光景が映った。先ほどまではこんなに塗れてなどいなかった。ということは、これが彼女の術色か。周囲に及ぼす型、そして濡れた床。あお、範囲術で間違いない。

 だがこのまま滑り、転倒してしまえばこちらが劣勢となってしまう。こちらは、魔剣はおろか秘剣ですらない。故に劣勢になれば逆転は難儀だと考えろ。そのためには、隙が生じるまでこの拮抗を保たなければならない。


「─────────!」


 全身に力を入れる。木煙ムーイェンの体の輪郭はだんだんと白色を帯びていく。パキッと弾ける音が耳に届く。瞬間、前へ滑って行こうとしていた右足にグリップが現れる。力の抜けた足に再び力が入る。


「は!」

「セヤァ!」


 剣身のやや細い剣同士が衝突する。黎明にも見て取れるような火花。それをフラッシュさせながら、互いに攻撃を弾いて後退する。


 片膝と左手を着ける。床はまだ湿っているが、初動の時ほどではない。されど警戒せよ。再び発動されれば、もっと床が濡れて滑ってしまう。しかも彼女にはとっておきが残されている。長期戦になればなるほど、使用される喚依や魂覚に苦戦するだろう。隙間は命取り。


「?………」


 目前の敵は、剣の切先をこちらに向けたまま微動だにしない。あの構えから繰り出される技なんてそう数はない。誘っているのか、それとも煽っているのか。木煙ムーイェンは生唾を飲み込みながら、刃を前にゆっくりと立ち上がった。


 瞬刻、世界に一筋の亀裂が走った。それは、龍淵ロンユェンの握る剣尖から始まり、途中大きく回り込んで木煙ムーイェンの項で終点となっている。故に、


「喚依・七星チーシン────」


 確実にここで仕留めると伝わってくるほどの眼光。星と星を繋ぐ光の刃がぐわんぐわんと輝いている。

 形状はまるで北斗七星─────それを模した光線の鎌。命を刈り取る形をしている。瞬く間に顕現されたそれに、木煙ムーイェンの体は全く反応ができなかった。


 彼女が持つ剣を引けば僕の首は光刃によって確実に飛ぶだろう。この鎌を退けたいところだが、効力を知らない以上迂闊に触ることはできない。どうする………動きを予測して突っ込むか?ダメだ。あちらの間合いがここまで伸びたのだ。首は飛ばなくとも、こちらの攻撃は防がれてしまうだろう。横から叫び声と強烈な光が来るが、そちらに目を向ける余裕はない。


「──────」


 噛むように顎に力を入れた────途端、建物が揺れた。この女のものか?それとも隣からか?違う。これはまさか────!

 予感は的中した。上からだんだんと近づいてくる雄叫び。その主はまさしく───


 ドォォォン!と轟音を立てて建物の天井を突き破って現れたのは、ブルートルマリンのような髪を携えた大男・常紗チャンシャであった。四者それぞれの動きが停止され、一斉にその方向を見た。おそらく、我々の戦闘音を聞いてやってきたのだろう。


「なんだぁ、テメェは!?」


 瓦礫が舞う中で、体の停止を先に破ったのは太阿タイアーだった。

 常紗チャンシャの方に剣尖を突き付けて、激しい光が壁を突き破った。雷鳴を轟かせながら輝く霆龍は、何人もの人を貪ることができるほどの顎門を向かわせる。しかし、常紗チャンシャは指を鉤爪のようにして思い切り腕を振って迎え撃つ。

 結果は予想通り、雷龍は剛腕によって打ち砕かれ、その破片を潜るように前へと飛び出した。突然の接近に対処できず、繰り出された拳を顔面にくらって太阿タイアーの体が吹っ飛んでいく。全身を壁に打ちつける太阿タイアーに追撃を入れようとしたその時、後方から星の輝きを捉えた。

 振り返ると、北斗七星を構えた龍淵ロンユェンが仇討ちするかのように跳んできた。弧を描いて斬り払う。しかしスピードは常紗チャンシャの方が上であった。龍淵ロンユェンの攻撃は届かず、常紗チャンシャの無の術色だけが打ちのめす。


「くは──────!」


 その後ろで、振り向きざまの攻撃を隙と見た太阿タイアーは閃光を纏って斬り下ろした。されど、落雷の如く縦に光を描く斬撃はノールックで回避され、反撃の遠心力を帯びた裏拳を顔面にくらった。

 常紗チャンシャは後ろに吹き飛ぶ体に追いつく速度で腕を伸ばして太阿タイアーの足首を力強く掴んだ。そして投げ縄を回すかのように、少年の体をブンブンと振り回して棚を破壊し、右に、左に、前に、後ろに、と地面に強く叩き付ける。


「─────────」


 目の前で起こるそれは破壊。いや、天変地異と呼ぶべきなのか。その類のものが繰り広げられている。

 彼は気絶しているのか、少年の口からは絶叫は出てこない。ぐったりとした少年を宙に放って今度は頭を掴んだ。瞬間、


「な──────!」


 太阿タイアーの頭を叩き付けようとした先には、宝剣と嵌合札を上に乗せた祭壇があった。三人はそれに気付いている。しかし、その中の人間が声を発するよりも速く、常紗チャンシャはそこに叩き付けた。


 刹那、爆撃にも似た音の中に、甲高く響く音が一つ存在した。

 前方に舞うは数多の煌びやかな破片。そう、宝剣が砕けたのだ。宝刃戯派の求めていた宝剣が、宝刃戯派のメンバーの体によって砕け散ったのだ。それだけではない。隣に置いてあった嵌合札は、上下に分かれてしまった。


 破片、砂埃と共に宙をヒラヒラと揺れる嵌合札。これを回収しなければ絶対に常紗チャンシャには勝てない。だが、どう回収する。圧倒的な力、見えない術色────それが殺到しうる状況でどう回収すればいいのか。


 魏君ウェイジュンは眼前を睨みながら思考する。瞬間、頬に湿りを感じた。指先で拭ってみると水滴がついている。そして自身の視界がだんだんと白くなっていく。視点を奥へと戻す。はっきりと敵を映していた辺りの光景は白に包まれていく。


 これは、霧か?敵もその霧によって動きを止めた。精神を研ぎ澄ませて索敵しているのか?


 こちらに攻撃が向かないよう体制を低くする。床に手を付けた時、その床も濡れていることを理解する。この判断は正しかった。この状況で舞う嵌合札を取りに行こうとしていれば、濡れた地面によってスタートダッシュは失敗、転倒によってターゲットにされ、攻撃されてしまっただろう。

 ここは動かない。そう思った瞬刻、霧の奥に光る何かを見た。まるで薄雲の奥に輝く星だった。おそらく、宝刃戯派の女が常紗チャンシャに襲い掛かっているのだろう。動くとするなら今しかないだろう………。


「──────!」


 一歩踏み出そうとしたその時、パキキッという音が違う方向から鳴ったことに気付いた。この場には、白の術色を扱う人間は一人しか存在しない。


 木煙ムーイェンだ──────

 霧の動きに変化が生じる。駆ける、斬る、振り払う。それらの動作によって生まれた風が霧の流れを変える。


「シ────ッ」


 この状況で動くのは僕が適している。白を纏って濡れた床に滑らせることなく僕が、あの二枚に分かれた札を取るのにぴったりだ。彼には一度きりの魂覚を使わせてしまった。更には、一瞬であの女に首を捉えられた。だからせめて、あの札だけでも回収する!


 巨影が近づく。

 刹那に、自身に纏う白を解除する。凍てついていたことによって生じていたグリップが無くなったことによって、滑らかなスライディングが可能となった。

 常紗チャンシャの股の間を高速で潜り、再び術色を発動させて起き上がる。自分の目線にまで降りてきていた嵌合札を取り、風によって開かれた隙間から見える魏君ウェイジュンに向かって叫んだ。


魏君ウェイジュン嵌合札これは回収した!壁に穴を開けて外に出よう!」

「──────わかった!」


 理由を問うことなどなく、新しい大剣を壁に向けて思い切り振った。その斬撃からレーザーの如く放たれた雷撃によって、建物の壁に大きな穴が開き、中で充満していた霧が一気に放出される。

 木煙ムーイェンのスピードに合わせるように魏君ウェイジュンも外へ飛び出す。高所というわけではなかったのが救いだった。多少服や体が砂で汚れる程度で済んだ。


 先ほどまで居た建物の方からはまだ音がする。おそらく、常紗チャンシャはまだ宝刃戯派の連中とやりあっているのだろう。ならば──────


木煙ムーイェン、回収した嵌合札の片方を渡してくれ。合体するぞ」


 されど、木煙ムーイェンは瞬きを数回するだけで、一向に渡す気配がない。疑問に思った魏君ウェイジュンが尋ねる。


「どうした?早くしなければ、常紗チャンシャの奴がこっちに来るかもしれないんだぞ」

「いやぁ………よく考えてみれば、それしか手段がないとはいえ、君の口からそう言うのは前だったらあり得ないことだよなぁって」

「……何を浸っているんだ、この状況で」

「浸るさ────もし三十分以上経ってしまえば僕達は永遠に一つになるんだ。この体で居られる時間が、これで最後かもしれないだろ?」

「俺は君と永遠に一つなんてまっぴらごめんだ。早く渡せ……許される時間は最高で二十分、それで決着をつけるぞ────」


 そう言いながら魏君ウェイジュンは右手を前に構える。木煙ムーイェンはピッともう片方の札を投げ、その手に吸い込まれるかのように飛来していった。受け取った瞬間、木煙ムーイェンは片方の口角を上げて言った。


「これだけは言っておく。僕は君が嫌いだ。でも──────それと同時に、君は最高だ」

「ふん……君は最高にくだらないな」


 会話が終わり、須臾の静寂の果てに、二人は同時に嵌合札を額へ貼り付けた。

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