83話 鉢合わせ、閃光の雷
老爺爺が言った通り、この牢屋の地下空間を出たすぐの所に武器庫が存在した。その倉庫に音もなく入り込み、すぐさま扉を閉める。
「す、すごい………」
隣で呻く木煙と同時に、魏君も喉をゴクリと鳴らした。
武器庫と言われてあまり少し余裕のある物置き場を想像していたが、その予想を三倍は上回るほどに大きな部屋だった。縦横整然と並ぶのは十字の支持架に着せられた鎧。漆黒、純白、赤銅青銀黄金と目の眩むような色彩に加えて、細かい鎖となめし革で造った軽装用から、分厚い板鋼を隙間無く組み合わせた重装用まで思いつく限りの種類が網羅されている。
そして四方の壁には数多の武器がびっしりと掛けられていた。剣だけでも、長いもの短いもの、湾刀と多岐に渡る。加えて両刃斧、長槍に馬上槍、そして弓に至るまでの多種多様な戦闘用器具が床から天井近くまで連なっていて、二人は圧巻される。
「秘剣も無くなったから、どのような武器でも少しの間拝借しようと考えていたが………」
「逆に選択肢が多くて時間が掛かりそうだな。僕は奥の扉で待ってるから選んできなよ。あまり時間がないから出来るだけ早くな」
「わかっている」
そう言って、一通り見て回ろうとしたその時、嘗て握っていた秘剣と似たような大剣を発見した。もちろん、その剣身は木材ではないし、剣の形も異なる。しかしそのシンプルながらも奥の深いような大剣の雰囲気はかの秘剣を彷彿とさせる。
銀の刃に漆黒の剣身。黄金の鍔と柄頭、深緑色の革が巻かれた柄。その隣には大剣を納めるための鞘がある。
魏君はその鞘を持ち上げ、続けて左手で大剣を取りすぐに納める。大剣を背負い、木煙が待っている奥の扉に向かう。
「結構早かったな」
「何だ?悪いのか?」
「そうは言ってないだろ!──────で、行くか?」
「ああ」
短い言葉を交わし、木煙は右、魏君は左の取っ手を握り、ぐっと手前に引いて扉を開けた。光差すその先の景色の奥には大きな扉が存在した。あれが老爺爺の言っていたやつだ。互いに目を合わせて頷き、ゆっくりと前へ進む。
外からの音は聞こえてくるが、中から響く音は一切ない。足音を殺して廊下を歩く。一歩、一歩と宝剣と嵌合札を守っている扉が近くなっていく。
「なぁ、もしあの部屋に宝刃戯派が居たらどうする?」
「どうするって、もちろん退けるに決まっているだろ」
「そうじゃなくて……今の君が持つ剣は秘剣じゃない。もし鉢合わせたらどうなるか…」
確かにそうだ。あちらは偽物とは言え魔剣。一方こちらの剣はそれ以下の装位を持つ剣。故にこちらには秘奥義的なものはない。術色の範囲内で戦うしかない。
「まぁ、限りを尽くして戦うしかないな。いざとなれば、隙を突いて嵌合札を着けるしかないだろうな」
「あのデカブツと戦う前に着けるのはあまりしたくないなぁ……」
「同感だ」
などと話していると扉はもう目の前に来ていた。息を止めて感覚を研ぎ澄ますが、中に人の気配は感じない。呼吸を再開する。
「よし、入るぞ」
「ああ」
武器庫の扉同様に、左右の取っ手を握って同時に扉を押し込んだ。意識は力を入れる体から、広がっていく隙間から覗かせる景色へと移る。
先ほどの武器庫よりは広そうに感じない。中には棚がたくさん置いてあり、そこにはぎっしりと書が入っている。部屋の真ん中には祭壇のようなものが設置されている。おそらくあの上に宝剣、あるいは嵌合札が置かれているのだろう。
「ん?」
向こうは鏡なのか?真っ直ぐ奥に備えられている扉が同時に開いている。もし鏡なのであればかなり狭い部屋だが─────
魏君のこの思考は数瞬後に間違いであると判明する。加えて、想定外な出来事に二人は、いや四人は声を揃えて驚愕した。
「「「「あ!!!」」」」
暫し、硬直した。
向こうにある扉は鏡に映ったものではなく本物の扉であった。更にそれを動かしていたのは宝刃戯派の二人だった。つまり魏君と木煙、宝刃戯派、それぞれが同時に宝剣のある場所へと辿り着いたのだ。向こうもこちらに気付いていなかったらしく、こちらと同じく硬直している。
須臾の静寂。先にそれを破ったのはあの子供だった。
「お、お前は短日国に居た……!何でここに居るんだ!?」
さほど大きくない部屋故に、反響なくこちらに太阿の声が聞こえてくる。それに対して、魏君は先ほど驚愕したとは思えないほどに冷静な口調で言った。
「何故?お前等から宝剣を守るためだ」
魏君は太阿の隣に立つ女を見る。片目を前髪で隠した背の高い女性。その腰に携える剣も太阿の剣同様に偽物の魔剣ということか。
生唾が喉を通る。その時、隣の木煙がこちらに囁いた。
「おい魏君、どうする?まとめて相手するか?」
「そうするしかないだろうな。一対一を容認してくれるような連中ではないだろうしな………俺は前に太阿の戦闘を見たことがあるから俺が太阿の相手をした方がいいだろう」
「同感だ。そっちは端から任せるつもりだったさ。じゃあ僕はあっちの女の方を相手にする」
「頼んだ────」
短い会話は終了し、二人は柄に手を掛けながら、魏君は右へ、木煙は左へと歩み出した。向こうに居る二人も察したか、太阿は左へ、龍淵は右へと歩いていく。
部屋は棚によって三列に区分されている。魏君と太阿の居るエリア、木煙と龍淵の居るエリア、そして祭壇が置かれているエリア。四者はじりじりと近づきながら真ん中の祭壇の上を確認する。やはりそこには煌びやかな宝剣が寝せられており、その横には、上が青、下が赤の色をした字が書かれてある札が一枚。
おそらくあれが嵌合札。向こうの二人が狙うのは宝剣のみ。故にそれが狙われることは無いだろう。宝剣にだけ集中していればいい。
端────
「よう、久しぶりだな」
「あれだけ殴られてよく生きていたな」
「ほざけ!常詩無しのテメェなんざ敵じゃねぇんだよ!」
地を蹴るのは同時。
端────
「お久しぶりです────いえ、初めましてでしたね」
「どういう意味だ?」
「初めて目にした時は、洞窟の中で眠っていらっしゃったので…」
「ああ────あの時か───っ!」
地を蹴るのは同時。
端────
迫りくるは放たれた矢の如き光の体。自身に雷を纏った少年の剣。こちらは以前のような秘剣ではない。
魏君は落雷にも似た速度を以って背負った鞘から抜剣した。あの雷がこちらと衝突する前に。強く握られ、振り下ろされた大剣から三日月のような光が放出される。言わずもがな、攻撃術によって形成された斬撃。
何故放ったか。無論、少年の一撃を軽減するため。あちらは魔剣の類、なまじな剣捌きでは打ち砕かれよう。
「ラァァ!」
肉薄する雷撃はしっかりと淘汰された。しかし、渾身の一撃の狭間、レーシングカーのタイヤがダートに絡むように小規模の減速が見受けられる。故に、
「シ────!」
「テヤッ!」
互角。
部屋に甲高い音を立て、火花を散らしながら鍔迫り合っていく。迸る光に照らされながら、太阿は舌を回す。
「お前の剣────前のと違うな…もしかして壊れたのか?はっ!これはいい!解憶も使えないんじゃ、俺の勝ちは決まりだな!」
「チッ、ガキのくせしてよく見ているな─────!」
目前の火花が弾けたかのように、互いの体が後退する。
あちらはまだ、あの手を出していない。いや、出したところでこの空間に納まるのか?既に大きな音が鳴っている。常唐や常紗がこれに気付くのも時間の問題。喚依を使ってあの雷龍を呼び出せばそれが加速するだけ。彼はそれを把握しているのか?
ドッと、太阿が床を蹴って駆け出してくる。それを確認してこちらはぐっと腰を低くして迎え撃つ。術色は纏っていない。
素の剣が繰り出される。狙いを定めて弾く。幾度となく衝撃音が木霊する。単純に武器種の勝負であれば、大剣よりも圧倒的に片手剣が有利であろう。しかし魏君は装位『獄』の剣を扱える仙人。卓越した剣技、大剣を細剣のように振り抜く技量を持っている。
殺到する刃の雨もまた互角。
太阿の口元が歪む。突破できないからなのか、押し返されているからなのか、はたまたその両方か。
刹那、太阿は戦闘形式を切り替えようとした。通常から稲妻へ。しかし、そこに訪れた須臾の間の隙。魏君はしっかりと見逃さなかった。
「ハッ!」
力を入れた一閃を見舞う。切り替えの狭間の無を打ち、一瞬太阿の体がブレた。そこに、左手を前に出して雷の玉を射出する。
常紗とは異なり、その攻撃はしっかりとダメージを与え、牽制となる。
「くっそ……!」
太阿は少しの距離を後退してこちらを睨む。
瞬刻、それがトリガーとなったか、目の前の少年に稲光が現れる。
まさか、ここでそれを使うのか────!?
「なるほどな……少しお前を見くびっていたようだ。特別に本気を出してやるよ!喚依・霆龍・太阿ァ!」
主が雷龍の名を叫んだ─────途端、建物が揺れた。彼の雷龍が顕現されたかと思ったが、この気配は違う。これは、まさか──────




