77話 謁見、力の物差し
暫く歩いて二人は陽柱国の国門前まで辿り着いた。しかし、二人の目に入った国門は崩れており、片方の柱は折れ、もう片方は罅が入っている。
「どういうことだ?別にこの国って滅国というわけじゃないんだろ?」
「ああ。奥の建物を見ろ。朽ちている様子など微塵も感じられないし、生活をしていた痕跡も多く残っている」
「門は崩れ、人の気配もない……あるのは君が感じていた──────」
「異様な気配だけだな…とりあえず入ってみよう。何かわかるかもしれない」
魏君の言葉に木煙は頷き共に前へ歩み出る。どこから入れるか探したが、やはりこの倒れている柱の上を通るしかないと考え、倒れている柱によじ登って門があった場所を通過する。
魏君、木煙、陽柱国に入国。
柱から飛び降り、少しの砂煙を上げて着地する。視界を前に向ける。やはり、人の気配は感じられない。だが─────
「聞こえるか?」
「ああ、微かに音が聞こえる。奥の方からか?」
耳を澄ませると、自分達が居る反対側の方から微かに音が聞こえる。金属がぶつかり合う音や何かを引きずっている音。金属がぶつかり合う音は二種類があり、建築の際に耳にする音と、剣を打ち合った際に聞こえる音。更に引きずる音も加えると、奥の方で建築作業と訓練をしているのではないかと魏君は考察する。
木煙もそう考察したらしく、思考の果てに彼はこう呟いた。
「剣の音と建築の音──────でも、それなら専門の人が居るはずだ。訓練なら武弁が、建築なら建築士が…この辺りの雰囲気を見るに、もしかしたらこれらは一般の民が無理矢理させられている可能性も考えられるな」
「同感だ。今は宝刃戯派の持つ魔剣…まぁ偽物だが、その気配は一切感じられない。もしかすると、まだこちらに到着していないのかもしれない。調べるのなら今の内だろう」
「そうだな。辺りに人が居ない以上、とりあえずこの先真っ直ぐに建っている宮殿に行ってみよう。あそこなら国主も居るだろうし、何かわかるかもしれない」
「ああ」
静かな道を二人で真っ直ぐな道を歩く。およそ五分歩いて、宮殿へと向かう大階段の前に辿り着いた。ここまで人間とは一度も会っていない。だが、明らかに音は近くなっている。おそらく、この宮殿の裏なのだろう。だが、二人で少しずつやるより国主に直接問い質す方が一番手っ取り早い手段だ。
一歩前に出し、滑らかな石材でできた大階段を上って行く。大階段の後半辺りで、国の見え方が変わってくる。それ故に、今まで隠れていた宮殿の裏側が少しだけ見える。歩きながら横目で魏君は確認する。
「彼等は、何をしているんだ…?」
「多分、民家の解体と…増設?」
「増設?どこを?」
「この宮殿じゃないか?あの骨組みを見る限り、この宮殿と繋がりそうだしな。別に特別狭そうな感じじゃないのにデカくする必要なんてあるのか?」
「まぁとりあえず私語はここまでにしよう。ここからは慎重に行くぞ」
魏君は声をフェードアウトさせ、右手の人差し指で階段の上に聳え立つ宮殿を指差す。それに木煙はコクリと頷き、二人は足音を殺して移動を開始した。この階段自体には遮蔽物になりそうな物は備え付けられていない。あるとしても、上り切った後にある宮殿の柱くらいだろう。端に手摺はあるがこれだけでは心許ない。故に、真ん中を歩くしかない。宮殿に向かう階段の真ん中を突っ切るのはやはり度胸がいる。始めの内は建物からも遠く少し余裕があったが、近づくに連れ緊張が増してくるのを奥底で感じる。
そしてついに大階段を上り切り、宮殿の入り口に到着した。しかし、最後の数段を上がる瞬間に、二人は左と右に分かれて柱に身を隠す。この行動は建物の構造、そして彼等の配置が関係している。
この宮殿の一階は奥へと筒抜けになっている。つまり、本格的に内部と言えるのは二階部分からということになる。そして、二人の居る場所の反対側には三つの影が見えている。日光の関係ではっきりとは見えないが、どの人が何をしているかは把握できる。
じっと奥を見る。左の男と真ん中の椅子に座る者は向こうを向いているが、右の女性は膝を着いて真ん中の者の方を向いている。瞬間、魏君と木煙は恐ろしい情景を目にした。
右の膝を着いた女性は「あぁ…あ───」と呻き声を上げ、だんだんと口が開いていく。そして、目、鼻、口からぼんやりと光る液体が出始め、それは真ん中に座る者の方へと注ぎ込まれている。
あまりにも衝撃的な光景に、二人は喉から音が漏れてしまった。反射的に出てしまったこの声は、しっかりと左の男が聞き取っていた。左の男はこちらに顔を向けて一言呟いた。
「誰だ──────」
しまった、気付かれてしまったか。だが、今更退くことはできない。魏君と木煙は顔を合わせて同時に頷き、柱の陰から姿を現した。肩を並べて歩み寄る最中、視界には干乾びた女性の姿が映っている。
真ん中の者は、彼女のありとあらゆる水分を抽出したというのか?だが何が目的なんだ?
木煙の疑問は、数秒後に解明された。
「そこで止まるのです」
男の声だ。さっきの左の男ではない。真ん中に座っている奴だ。
座っていた男はゆっくりと立ち上がり、体をこちらの方へ向けた。色々と気になるが、一番気になるのは、彼が右手に持っている葡萄酒のような物だ。木煙の視線に気付いたか、髭の男はニッと笑みを浮かべて言う。
「あなたもいかがかな?」
「それは────?」
「隣の女性から吸い取ったものだろう?」
と、魏君が低い声で尋ねた。髭の男はフンと鳴らしてそれに応える。
「流石だ。俺には、生物の体液を酒に変える呪術が扱えてな……あの奴隷共を見ながら嗜んでいたところだ」
「生物の体液を、酒に変える……!?」
「まさか…お前、方術を呪術化させたな?」
「帝王に向かって『お前』とは失礼ではないかね?客人よ」
「帝王……?あなたは国主ではないのか?」
「そんな小さい存在ではない。俺は帝王だ。全てを支配する者だ─────そしてさっき、方術を呪術化させたなと聞いたな?よく知っているな」
「水を自在に操る方術を聞いたことがある。その術の効果範囲を絞り、且つ自身の血に黒い血を混ぜればば呪術化できるというわけだ」
「魏君…黒い血って?」
魏君の言った言葉に疑問を抱いた木煙は問う。
「──────妖鬼の血だ」
「本当に詳しいようだな。お前のような秀才は我々の配下に欲しいものだ」
「何を企んでいる……?」
「俺達の目的は、復讐と征服だからな。故にこの国の民を鍛え上げ王城を築き上げ、全世界を強靭な力で支配するのだ!」
高らかに語った男を睨みながら、魏君と木煙は剣の柄を握った。その様子を見た左の男は眉を寄せ、真ん中の男は笑みを浮かべた。
「戦っても無駄です。ここの武弁達は皆、俺の息子である常紗に手も足もでないのだからな……」
「僕達をそこら辺の者と一緒にするな。魏君、二人で行くぞ───魏君?」
魏君は前を見据えながら柄を握っているが、こちらの言葉が耳に入っていないのか全く反応がない。その様子を不思議がりながら、木煙は魏君に向かって再び声を掛ける。
「おい、どうしたんだよ?」
「悪い…少し考え事をしていた」
「何を考えていたんだ?」
「後で教える。今は目の前に集中しろ──────」
ぐっと腰を低くする。それに続いて木煙も体勢を低くし、柄をより強く握る。
「気合を入れたところで何も変わらんよ……だが、お前達は少し不思議を漂わせている。言葉を交わして知れるような者等ではないだろう。故に戦いを以って、俺の息子でお前達を測ってやろうではありませんか」
親の声に応じるように、常紗はズンと前に一歩出る。喉を低く唸らせ、中で破壊的な衝動がどんどん膨れ上がっていっているのが判るほどに、この空間に痺れが走る。拳を強く握る。上半身に服を纏っていないので、筋肉が盛り上げる瞬間がよくわかる。逃しどころのない力が体を小刻みに震わせている。
「さぁ、お前達がどれほど俺達の役に立ってくれるか確かめてやる──────行けぇ!」
「うおぉぉぉ──────!」
刹那、常紗の咆哮が空間中を痺れさせ、弩弓から放たれた矢の如く突進した。最中、大きな拳をぐっと後ろに引いて力を溜める。常紗が向かっている方は─────魏君の方だった。
「こっちか────!」
咄嗟に抜剣した罅樹で、後方に跳ばされながらも繰り出された拳を受け止める。だが、視界には不可解な現象が映る。拳が当たっていないのだ。正確に言えば、感覚はある。しかし刃と拳の間に妙な空間がある。
「はぁぁ!」
振り絞る一声と共に、常紗は拮抗していた拳を振り下ろした。ドーンと砂煙が上がる様子を見た木煙は、砂煙の奥に向かって叫ぶ。
「魏君!」
すると後方から、
「あなたも行ってはどうかな?一対一では絶対に勝てんぞ。無論、一人増えたとしても勝機はないがな。ふははははっ!」
木煙は睨め上げながら抜剣し、髭の男に刃を向ける。今この男を仕留めれば、と思考し斬り掛かろうとした瞬間、後ろから叫び声が聞こえた。
「木煙!後ろだ!」
だが時すでに遅し。木煙は服を常紗にがっちりと捕まれ、魏君の居る方向へ思い切り投げ飛ばされてしまった。




