75話 出発、連なる車
「か、勧誘!?もちろん、断ったんだよね……?」
「当たり前じゃないですか。仙華様が居ないと私死ぬんですよ?」
「知らないよ。でも、究極の魔剣による人類の解放か──────」
ようやく、彼等の言っていたことの正体がわかった。とはいえ一つはまだ仮説にすぎないが。我々宝刃戯派は、仙界の将軍よりも上の存在である「神」を信仰し、卑劣なる仙人共のくびきから人々を解放する者。
この『神』は軒轅のことを指しているだろう。
くびきからの解放、これは究極の魔剣を使って行われることだろう。
一体どう解放するというのだ。そもそも解放とはどのようなものなのだ。ともあれ、他人を歪ませて行っていることだ、善良なことではないだろう。
そもそも何故、陳湛を勧誘したのだろうか。今一緒に行動している中で唯一剣を武器としていない人物だぞ?実際私も現在の主要武器は弓だが、攻撃術によって剣を生成することはできる。だが彼女は攻撃術ではない。
「何で陳湛が勧誘されたの?理由とか聞いた?」
「いえ…ただ、短日国の件にて、貴方は私達の為に働く素質がある…としか──────」
短日国の件?彼女は別に冥淚玄武を討伐した──────いや、あれか?あの組織の動きをたった一人で食い止めていたことか?短日国では共に行動をしていたし、思い当たる場面がそこしかない。彼等は一体何を企んでいる…………。
「もし、次また勧誘が来たら、話すよりも先に吹っ飛ばしてやりな」
それに対し、陳湛はぬるりと指を絡めて恋人つなぎをしながら、
「もちろんですよ。私はあなたの傍を離れるわけがありませんから」
「…!おい、離せ!」
くそ!握る力が強い!腕を思い切り振っているのに離れる気配がない。ここら辺の道はなんとなく記憶に存在している。つまりもう出口に近づいているということだ。
「そんなに腕を振って……楽しいのですか?ええ、私も楽しいですよ」
「全然楽しくない!言葉が通じないのか!?連日の騒動で耳垢がたんもり詰まってるのか!?」
「るんるんですね」
「違う──────!」
◆
歩き続けて、そして腕を振り続けて約四分。ついに限界を迎えた尚無鏡は手を繋いだまま正門へと辿り着いた。正門を出てすぐ左に言ったところに、既に崩星は牛車にて待機していた。それを目の前にし、陳湛は開口一番にこう言い放った。
「私の勝ちですね」
「無理矢理でしょ?それはノーカウントだ」
「いえ、るんるんでしたよ」
「いや……マジで、違うから…………」
その時、陳湛の脳天目掛けて手刀が優しく振り下ろされた。振り向くとそこには呆れた顔をした魏君と寝起き感満載の木煙の姿があった。
「また仙華様を困らせているのか」
「いえ、るんるんでしたよ」
「もういいよそれ…」
数分握られ続けていた左手が解放された。そして、自分の視線が下を向いたことであることに気付いた。私はまだ、木煙に剣を返していないことに。昨日は色々とあったり考えたりしていたので全然頭になかった。私は背負っていた剣を下ろして木煙の所まで歩いていく。
「木煙、貸してくれてありがとう。とても助かったよ」
「礼なんていりませんよ。仙華様の助けになったのなら何よりです」
スッと剣を渡し、受け取った木煙はすぐに鞘から剣を半ばまで引き抜く。自身の愛剣の無事な姿を見てホッとしている。
すると、後ろの方からブルルルと馬が鼻を鳴らす音が聞こえてくる。視線を向けるとなんと豪華な馬車であろうか。おそらくこれは、根張国の国主達が乗って来た馬車だろう。専属の御者が馬に餌を与えた後、こちらに来てこう尋ねてきた。
「尚無鏡様御一行でありますでしょうか?」
「はい、そうですけど…」
「私は根張国主の専属御者でありまして、つい先ほど出発の用意ができました。案内をするために先頭を走りますので、ご準備ができ次第お声掛けください」
「特に何もありませんし、乗ってしまいましょうか」
「そうだな」
「じゃあ崩星、運転よろしくね」
「お安い御用さ。あ、御者さん、少しお願いが」
「なんでしょう?」
「向かう時、陽柱国に寄って欲しいんだ。僕達の仲間が二人そこで降りたいので」
「承知しました。では、陽柱国の前を通る道でご案内いたします」
それぞれが配置に着いて、運転手の握る手綱に波が起こった。衝撃が走った馬と牛はゆっくりと地面を進んで行く。
だんだんと遠のいていく墨走国を見ながら、起きた出来事が頭の中に蘇る。本当に色々あった。私の仙声に直接繋がることはなかったけれど、代わりに宝刃戯派の情報を得ることができた。彼等が求める宝剣はあと二つ。今度こそ、宝剣の回収を阻止してやると、心の中で強く決心した。
□
「何故…何故なんだ!」
「何故だと…?何故も何もあるか!あいつは、晄導仙華は!おれの家族を見捨てた!見ろよ、この死体の数を……あいつが逃げなければ、こんな事にはならなかったんだ!あいつは、裏切ったんだ!」
「違う!あの人はそんな人じゃない!」
「なら何故こうなった!?言ってみろよ!」
「そ、それは…………」
「ほら、言えないだろ……いいか、あいつに何を吹き込まれたのかは知らないが!もう一回言う!あいつは、おれ達を見捨てたんだ!」
「違う!絶対にち──────」
刹那、剣を持った桃髪の少年が黒髪の少年を襲った。ズバッと胸辺りを斬り裂いたが、傷自体は浅かった。黒髪の少年は呟く。
「なん、で?」
「これ以上、お前があいつの味方をするのなら殺してやる。あいつに叩き込まれた技で、お前とあいつを殺してやる!」
「違う!あの人は、憎しみを以って人を殺すために剣を教えたんじゃない!」
「黙れ!」
剣は勢いよく振り上げられた。されど、黒髪の少年は桃髪の少年に背を向けて走り出した。降りしきる雨の中、腕を振って、足を上げて、さっきついた傷など気にする様子もなく、懸命に森に向かって走る。
「逃げるな!お前も剣を教えられただろ!なら戦えよ!否定するおれと肯定するお前!どっちが正しいか、戦えよ!」
追いかけた。しかし、黒髪の少年の姿はもう視界には居なかった。顔を上げる。曇天、無数に落ちてくる水を顔に受け、
「必ず家族の、いや太子殿下として国民全ての仇を取る。そして、あいつを肯定したお前も、必ず見つけ出して殺してやる──────!」
□
「ちょっと──────」
「────────────」
「ねぇ……」
「ん─────」
「はぁ、やっと起きた。もう着いたわよ赤霄。それとも、私のおはようのキスを待ってたの?」
「────そんなわけないだろう、馬鹿馬鹿しい……」
頭の後ろを掻きながら、承影に続いて赤霄も馬車から降りる。また湛慮が出迎えに来ているのだろうと思っていたが、出迎えに来たのは予想外の人物だった。
「結構早かったんですわね」
「干将莫邪…?湛慮はどうした?」
「さぁ、わたくしも知りませんわ」
「他の連中は?」
「次の宝剣の場所に向かいましたわ」
「そうか」
赤霄は短くそう呟いて、建物の玄関に向かう。後ろからキンキンと響く声に一切振り向くことなく、歩みを止めずに進んで行く。
「せっかく教えてあげたのに感謝の一言もないんですの!?」
やがてその声は、玄関の扉にとって遮られた。
カツカツと、静寂が支配した廊下を歩く。そして、思考が巡る。
何故、おれはあの時奴にトドメを刺さなかった。何故任務を優先した?
刹那、ドクンと体の奥底が鼓動した。何かを拒むような、そんな感覚が奔った。この感覚は、アーチの上で奴にトドメを刺す時も迸ったことを思い出す。
これでいいのだ。自身の野望など優先している場合ではない。我々の目的は、人類の解放。それを遂行してからでも遅くはない。
そう思い、またその奥底で別の何かが蠢くのを感じながら、赤霄は自分の部屋へと入って行った。




