74話 狐の勧誘、上に立つ者
出発前夜。最近はなかった一人の時間を満喫した陳湛は、外食を済ませ難渉仁が手配してくれた宿泊施設へと戻った。外壁を囲んでいた結界は解かれており、この国に足を踏み入れた時よりも混雑してはいなかった。
手配された部屋の番号を確認して、その部屋の鍵を鍵穴に入れ回す─────
「あれ?」
挿した鍵は何の手応えも無く180°回転した。回す方向は合っている。つまり、この部屋の鍵は開いていたということだ。記憶を辿る。確かに私は鍵を閉めてから外食へと出て行った。もしかして──────
鍵の開いている扉をバッと開き、部屋の中を確認する。するとそこには、備え付けられている椅子に足を組みながら座り、複数枚の札を使ってドリブルオフを繰り返している糸目の男の姿があった。陳湛は勝手に閉まった扉の音の後に、低い声で尋ねた。
「私の部屋で、何をしている──────」
男は目線をこちらに向け、繰り返していたドリブルオフを止める。組んでいた足を解いて立ち上がる男に向かって陳湛は再び尋ねた。
「あなた、もしかして宝刃戯派のメンバーですか?」
男は礼儀正しく拱手をしながら、自分が何者であるかを明かした。
「いかにも。私は宝刃戯派の世話役をしております、湛慮と申します。以後お見知りおきを」
「世話役だろうと何であろうとどうでもいいです。あなたがここに来た目的を話しなさい!そうでなければ──────」
懐から愛用している扇を取り出し、その先端を湛慮へ向ける。勢いよく閉じた扇を突き付けられた湛慮は笑みを浮かべながら拱手をしていた両手を上げ、
「私は争いに来たわけではありませんので、ご安心を」
「なら、とっとと話しなさい」
「いいでしょう。陳湛様、私達の計画を阻止しようとする者の一人、今日は貴方に用があり先にお邪魔させていただきました」
「そうでなければ、わざわざこんな場所に居ないでしょうね。それで?」
「では単刀直入に。陳湛様、私達と共に人類を新たる未来へ導いていただきたいのです」
「──────?」
「どうやら私は貴方を過小評価していたようです。注意すべきは尚無鏡様と崩星様だけかと思っていましたが、短日国の件でわかりました。貴方には、私達の理想の為に働くだけの素質があります。人類は嘗て、仙人によってその才能を疎まれ、聡明な力に鎖を巻かれてしまいました。全能の力を取り戻し、楽園へと回帰するためにそのくびきを解くしかありません。魔剣の力によって──────」
「よく言いますね。その偽物の魔剣を握って、一体何ができるというのですか」
「ほう、もうそこまで知っておられるとは。確かにあれらは偽物の魔剣。ですがその性能は本物に等しく、また宝剣を回収するには欠かせない品なのです」
「どういうことですか。宝剣を回収する目的は?」
「全人類の拘束を解くには大いなる力が必要なのです。故に、力を秘めている宝剣を回収し、その力を抽出して空の魔剣へと注ぎ込む。私達の目的はただ一つ、究極の魔剣を作ることなのです。その為に彼等に偽物の魔剣を持たせ回収へと向かわせているのです」
「その人達は記憶や人格をその魔剣のせいで歪められている。とんだ悪ですね」
「必要な犠牲です。彼等の働きによって、空の魔剣は順調に力を増しています。もし苦しいを思っていても、それはじきに終わること。究極の魔剣さえ完成してしまえば、人類は解放される──────そして共に導こうではありませんか」
湛慮は開いた右手を前に出す。そして告げる。
「陳湛様、宝刃戯派に来なさい──────」
されど、答えは既に決まっている。
「あなた達、どうかしています!」
湛慮へ向けていた扇が勢いよく展開し、風を起こすべく腕を後方に引いた。しかし、腕が前へと進まない。扇を持った手を確認してみると、袖口に彼の持っていた札の一枚が刺さっており、その札は服を貫通して壁にまで達していた。おそらく、腕を振ろうとした瞬間に狙って飛ばしたのだろう。
視線を戻す。刹那、湛慮は山札から一枚札を引いて自分の左側へ優しく投げる。するとそこに、亜空間へと繋がっていそうなゲートが現れた。彼はそちらの方に体を向けて歩き出す。
「待ちなさい!」
「色よい返事を期待していますよ」
そう言って湛慮は亜空間へと入って行った。完全に姿が見えなくなりゲートが閉じた瞬間、袖に刺さっていた札もボロボロと消え去ってしまった。さっきまで彼が居た虚空を睨む。そしてふと静かになった空間で思考する。
湛慮と名乗った男は、まるで宝刃戯派がどうなって構成されているかを知っているような感じだった。おそらく彼は、創設者に近い人間故に記憶や人格は歪んでいない。もっと内情を探るべきだったと陳湛は後悔した。
とはいえ、これもまた一つの情報だ。明日の朝、皆に共有しよう。ふうっと一息を吐き、部屋の鍵を閉めて服を脱ぐ。備え付けられてある棚からタオルを取り出して風呂場の扉を開けた。
◆
同刻、尚無鏡は同じ病室に居る崩星に、思子宗から得た情報を共有した後、体を慣らすために外へ出た。ぐっと背伸びをしながら天に貼り付けられている半月を眺める。夜風が吹き、そろそろ中へ入ろうとした瞬間、尚無鏡を一つの影が包み込んだ。それに既視感を覚えていた尚無鏡は、ふとその方向を確認する。そこには、典礼前夜に私の宿泊していた部屋に降り立った大泥棒・温帆寧の姿があったのだ。
「またあんた?今度は何の用なの?」
見上げながら尚無鏡はそう言った。そのまま屋根の上で会話が続くのかと思いきや、ばっとジャンプして地に降りた。温帆寧は仮面の穴から覗かせる瞳で尚無鏡の方を見ながら、口を開いた。
「そろそろわたしもこの国から去りますので、行く前にあなたに話しておいた方がいいと思い伝えに来ました」
「手短にお願い。私もそろそろ休みたいから」
「わかりました。今回、わたしが宝剣を盗んだ理由ですが、あれはわたし独断の行動ではなく依頼によって行動したことなのです。そしてその依頼主は、あなたの茶髪のご友人を斬った赤霄と関係のある人物でした」
「──────名前は、わかってるの?」
「はい。その者の名は軒轅。彼がその者に『様』と付けて呼んでいるいることから、上司的な立ち位置の人なのでしょう」
軒轅。聞いたことのない名前だ。だが、今までの言動を基に推測はできる。初めて宝刃戯派と会った時、彼等はこう言っていた。「我々宝刃戯派は、仙界の将軍よりも上の存在である『神』を信仰し、卑劣なる仙人共のくびきから人々を解放する者」と。そして彼等は偽物の魔剣によって記憶や人格を歪められている。もしかすれば、宝刃戯派の言っている『神』はこの軒轅なのではないか?魔剣を握ったのが自分の意思かどうかはまだわからない。けれど、それを渡した人物が居なければならない。まとめ上げる人物が居なければならない。間違いない、彼だ──────
「有力な情報をどうも───」
「今回は、信じてくれるのですね」
「まぁ、こっちも色々と後がなくなってきてるからね。それに嘘吐きのする眼じゃないからさ」
「それは光栄です。では、わたしはこれで──────」
短い別れの挨拶をして、世界を股にかける大泥棒は尚無鏡の目の前から去って行った。でも何故か、またどこかで会えそうな予感がしていた。もし次に会うことがあるのであれば、それは敵としてか味方としてか──────それはその時が訪れるまではわからない。
今夜のことをしっかりと心にメモをして、尚無鏡は自分が寝る部屋へと戻って行った。
◆
翌朝。部屋には崩星も寝ていたので、日が朝を知らせた瞬間に起こしてくれた。寝坊故の遅刻ということは避けられた。崩星は牛車を移動するために尚無鏡より早く病室を出て行った。遅れないように身支度を済ませて病室から出る。瞬間、
「おはようございます、仙華様」
と陳湛の声が耳に入って来た。どうやらこの建物の所まで迎えに来てくれたらしい。確かに、私はこの国をそこまで知らない。巡守隊の一員としてこの国を見回っていた彼女の方が詳しいに決まっている。これで迷わずに出ることができる。
「おはよう陳湛。あ、そうだ、先に──────」
「仙華様───」
「「話したいことが──────────」」
声が重なる。陳湛はすぐに、
「では、仙華様から」
と譲った。
せっかくなら向かいながらと、尚無鏡と陳湛は歩きながら会話を続けた。
「じゃあ………昨日、温帆寧から聞いた情報なんだけど、温帆寧が宝剣を盗んだ動機は宝刃戯派の上に立つ者から依頼を受けていたからなんだって。その依頼主の名前は軒轅」
「軒轅─────その者は本当に宝刃戯派の上の者なのですか?」
「あの赤霄が『様』を付けて呼ぶほどの人物だし、確証はないけれど多分そうだと思う」
「なるほど。全員が集合したら全員に共有しましょう」
「それで、陳湛の話は?」
「はい、私が話そうとしていたことは…………昨夜、私の部屋に湛慮と名乗る宝刃戯派の世話役が侵入していました。そしれ彼は、集めた宝剣の力を抽出して究極の魔剣を作り出し、人類を解放させるという計画を述べた後、私に宝刃戯派へ来ないかと勧誘したのです」
お久しぶりです、そしてお待たせしました




