70話 弧の上の戦い、業を絶つ蛇
崩星の握る剣と赤霄の握る剣が、朝と昼の狭間の空にそれぞれの光跡を描いた。乗っているアーチといい、剣の軌道といい、シンメトリーと言っても過言ではないほどに綺麗であった。
同刻の踏み出し、同一の剣技故当然かもしれないが、剣尖が描く弧も、風を切る音も、衝突するタイミングさえ同じだった。
先ほど心でこう言った、向こうが圧で押すのならこちらは技量で押そうと。そう、これはただの斬り下ろしではない。体の捻りと足の向きを意識して斬り下ろした一撃だ。されど、向こうはそれに遅れることなく斬り下ろした。
ギギッ……と刃が交わる音を立たせ、せめぎ合う中でこの一撃を受け止めて崩星は思った。圧や魔剣に頼るだけの者ではない。剣の使い方がしっかりしている。まるで、剣に長けた者に指導されたかような丁寧さが伝わってくる。
「────────」
「────────」
赤霄は一切表情を変えずに崩星の剣を受け止め続けている。交えながら崩星は彼を睨みながらこう思う。瞳の色もあいつと同じだ。まさかこいつは本当に───────
「…………お前」
激しく鍔迫り合いながら、崩星は低い声を押し出す。
「……もしかして、聶情なのか─────?」
「───────────」
絞り出した問いに、赤霄は引き結んだ口を動かそうとはしなかった。だが、『聶情』という名を聞いた瞬間、彼の眉間が痙攣した気がした。ほんの一瞬のことだったので、それが本当だったのか錯覚だったのか判らなかった。
このままこの状態が続くはずはない。いつかはこの状態が解除され、目で追うのも難しいほどの近接戦が始まるだろう。そうなれば思考に暮れる余裕なんてない。オレの問いに否定することなく黙っているということは、何かあるのかもしれない。そう信じて、渾身の技を以って吐き出させてやる──────
そう思考を巡らせた刹那、受け止め続けていた赤い剣がキリッとズレ始めた。それに遅れることなく崩星は赤い剣を押し返すも、赤霄の力も中々に強く、互いに跳ね返される。瞬刻、再び剣を振りかぶる。
「ハァッ!」
「──────!」
有声と無声。それぞれの気迫が迸り、崩星は右上段斬りを、赤霄は右斜め斬り上げを繰り出す。迫る両方の刃は途中で衝突し、弾き返される反動を利用して体を回転、次は左横から剣を叩き込む。されど、その攻撃はがっちりとガードされる。パワータイプのようなに見えてしっかりとスピードも持っている。力と速さ、そして圧倒的な威圧感。人類最強の奥底が震えるのも頷ける。
剣技だけでは届かない。だがこの世には、彼女が残してくれた色がある。
「フッ!」
自身の足元に意識を集中させ、土の塊を形成する。特に何の変哲もないアーチを、術色を駆使して変則的なフィールドにすればこちらも優位を取れるはず。
崩星は盛り上がった土の上から飛び降り、落下速度を混ぜた上段斬りを見舞う。このまま行けば肩口から斬り裂くことができるが、やはりそう簡単には行かない。
赤霄は迫る崩星を見上げながら、人差し指と中指で剣身をなぞる。すると、そのなぞれた剣が緋くぼんやりと輝きだした。振り下ろされた剣に向かって赤霄がぼんやりと光を纏った赤い剣で迎える。その剣の軌道は赤く染まり、輪郭はまるでコロナ、舞う炎はフレアのように見えた。間違いない。赤霄の術色は緋。そして型は塗着術だ。
ガキィンと激しい音を響かせて数瞬の鍔迫り合いが開始された。弾かれた崩星は後方へと押しやられ、足場が狭い故にバランスを崩してしまう。それを隙と見た赤霄は地面を思い切り蹴って接近する。
だが、それが赤霄の隙だった。崩星はアーチから落ちそうになった瞬間、術色で塊を側面に生成してそれを掴む。ギリギリのところでアーチに復帰し、その勢いのまま赤霄の鳩尾目掛けて蹴り技を繰り出した。
「くっ──────」
勢いよく蹴りをくらったにも拘わらず、彼の体は全く動かなかった。声は喉から漏れていたのでダメージ自体は入っている。だが何というフィジカルだ。動かない体を使い、壁宙返りのようにして崩星はアーチ上に舞い戻ろうとしていた。
直後、すぐさま追撃を放つべく自身の剣の柄を握り直す。瞬間、靴底がアーチに触れた。膝を曲げて衝撃を吸収、そしてその曲げた膝はバネの如く反動し、全身を前へと押し出した。前傾した姿勢、暴風を帯びた剣が右上から左下へ向かおうとした刹那。
「──────!?」
目に映る光景は、赤い剣で防御する赤霄の姿ではなく、剣を持つ右腕を横に伸ばした姿だった。何を企んでいるのか解らないまま、黒金の剣が胸元に吸い込まれる。瞬刻。
「喚依・斬蛇」
彼の背後で落ちることなくふわりと浮き続けていた赤く長い布が、唇から発せられた詠唱により光り出し、生命のように激しく身震いした。そして次の瞬間、赤い布の先端が蛇の頭へと変化したのだ。赤い体に赤い瞳、いっぱいに開かれた顎門から垣間見える牙すらも赤かった。
一匹の蛇と化した赤い布は、勢いよく前へと飛び掛かる。崩星は銃弾のように踏み出していた故にすぐに停止することはできなかった。迫る赤蛇は次第に肥大化し、やがて目前にまで来た顎門は人一人を丸飲みできるほどにまで大きくなっていた。
「しまっ──────」
咄嗟に出た言葉が言い終わる前に、崩星の体は赤い蛇に飲まれてしまった。だが、赤霄の恐ろしさはここからであるということを崩星は後に知ることになる。
赤い蛇が完全に崩星の体を包んだことを確認した赤霄は、赤い剣を両の手で持ち右の腰上に構えた。そして、
「魂覚・赤霄」
ポツリとそう呟きながら、構えた剣を斜めに斬り上げた。
その強靭とも言える一撃は、先ほど崩星を頬張った赤い蛇の首を斬り飛ばしたのだ。斬られた蛇は生命活動を絶たれたか、詠唱を発する前の布の状態へと戻り、頭で会った部分は消滅して崩星の体が外へ出る。それを把握するや否や、後方へと跳んで間合いを取った。
顔の前を左腕が覆いながら片膝を着いている崩星は、開けた視界の真ん中に立つ赤霄の姿を睨んだ。瞬間、彼がこちらに切先を向けて突進してきた。先ほど距離を空けているので少しばかり余裕がある。落ち着いて手を突き出し、崩星は自分の目の前に立つ土の壁を想像した。
されど、その土の壁は創造されることはなかった。困惑する崩星に、構わず突っ込んでくる赤霄。故に──────
「んぐっ……!」
赤い剣尖が崩星の左肩を突き刺した。呻き声が上がる。痛みに耐えながら、崩星は謹慎の大振りを繰り出すも、俊敏な動きでその一閃を回避、剣は虚しく空を斬る。だがこれでいい。これ以上後ろに下がってしまえば、次第に大きくなる斜面に体が耐えられず転げ落ちてしまう。崩星は左肩の傷を抑えながら、現在自分に何が起こっているかを考察する。
まずは彼の剣の名前。あれは彼の名前と同じ赤霄であることがわかった。だが問題は赤い布の斬蛇の方だ。あれも何かの道具なのか─────そう思った瞬間、遠くにあった記憶が蘇る。
斬蛇という名は、赤霄の別名だ。昔、書でそういう名の付いた剣が記されてあったことを思い出す。故にあの布と剣は一心同体。変則的な二刀流。
そして不発の術色。蛇で体を包み込んだ後、その首を斬ったことがトリガーとなりそれが発動したのだろう。だが、自分の体から術色が消えたわけではない。依然として術色は自分の中に感じられる。ならば出でる答えは一つ。術色ではなく型の剥奪。
蛇口で例えるならば、没収されたのは水タンクではなく蛇口ハンドル。水が溜まっていても回すハンドルがなければ水は出せない。これが永続的に続くのかどうかは後になってみなければわからない。どうか、時間制限があることを願いながら、オレは息を深く吸ってぐっと止め、あらゆる雑音と風景、余計な情報は全てシャットアウトさせる。
今この瞬間、自身と剣を一体化させ、技の限りを尽くして眼前に挑む。でなければ、赤霄には届かない───いや、勝てすらしない。相手の型は攻撃術でも範囲術でもない。故にこの勝負を決するのは、より優れた剣技を有する方である。
沈黙。
風の音さえ耳に届かず、撫でられる感覚すらもそこになかった。
音、景色、温度までもが崩星から遠ざかる。この世界にあるものは立っているアーチ、自分と握っている黒金の剣、そして赤霄──────瞬間、奥底で、
シィンと金の切先から震える音がする。
グォウと赤い剣身から燃える音がする。
行くぞ──────────!
声無き咆哮を轟かせ、猛然と床を蹴りながら赤霄の方へと突進していった。風を切り、駆け抜けるスピードに乗せた右斬り下ろしを繰り出す。赤霄は、剣を両手で持ちながら中段に構え、崩星から剣が繰り出されることを確認するや否や、砕く勢いで床を踏み込みながら両手で斬り上げを繰り出す。
数瞬後、互いの刃は激しく激突して眩い閃光を迸らせる。
文章中にある「コロナ」はウィルスじゃないからね




