7話 消えた二人の子、光の導きがあらんことを
「妖鬼を、統率……?」
放たれた言葉に疑問を抱く。
「あくまで限りなく低い可能性の話です。でも流石に今日目の当たりにした事には違和感しかありません」
「あんな奴等を従えるほどの力を持つ奴ねぇ……物語の中とかなら居そうだけど。現実的な話じゃないし」
そうは言いつつも、可能性としては0ではない。
何事にも警戒は必要だ。警戒をして損した場面などない。来なければ来ないでそれは運が良かったと思えばいい事。
そう思考を巡らせていると、陳湛が後ろの方で布を敷いているのに気付く。
「何してるの?」
「仙華様の疲れを取るために按摩でもしようかと」
「今度は真面目にやるんだろうね?変なことした瞬間蹴っ飛ばすからね」
「お任せください」
恐る恐る布の上にうつ伏せになって按摩を受けた。
凝っていたところがどんどん解れていって体に軽みが帯びる。
弟子の稽古や誕主宴の準備、本日の妖鬼の討伐などで知らず知らずのうちに疲れが蓄積されていたのだろう。
こうして解されると改めて実感する。
そうなると陳湛も相当疲れや凝りが溜まっているだろう。
「こんな感じで大丈夫でしょうか」
「うん。十分解れたよ。それじゃ陳湛、うつ伏せになって」
「─────仙華様に按摩をさせるわけには……」
「いいから早く」
とはいえ自分は按摩をしたことが無い。なのでされた感覚を頼りに動きを投影させる。
滑らかな背中に手を置く。
「あん……っ」
「死ね」
罵倒というものは瞬発的に出るんだなぁと。
そう思いながら解し始める。
◆
ほどなくして、ぎこちない按摩が終了した。
陳湛はとても満足している様子だった。多分別の意味なのだろうけど……
少し長い入浴も終わり、自分の部屋へ向かう。
だが何故か─────
「何でついて来るの?」
「仙華様に何が起こってもいいように護衛しています」
嘘つけ。
こちらは付き合いが長いんだ。丸わかりだ。どうせ一緒に寝たいとか言うんだろ?なぁ。
部屋の前に着く。
私は振り返って口を開く。
「それじゃあ、護衛ありがとう。あなたも早く部屋に戻って休みなさい」
「何を言っているんですか?護衛はまだ終わっていませんよ」
ほら。
「どうせ一緒に寝たいとか言うつもりだろ!?」
「流石仙華様です。私の考えていることがわかるとは……これはもう相思相愛ということですね」
「ちがわい!とりあえずあなたは自分の部屋に帰って休む!いいね!?」
そう告げて素早く部屋に入った。
戸の奥から「それではおやすみなさい」と聞こえる。自分もそれに応える。
溜め息が体の空気を全て出したのか、倒れるように布団の上に大の字になる。
なんとも濃い一日だった。
良い悪いとか関係なくとにかく濃かった。
布団に寝そべっていると、自然と瞼が降りてくる。
ダメだ。
ちゃんと毛布を掛けなければ風邪を引いてしまう。
眠気に侵食される体を動かして毛布を自分の体に被せる。
これで眠れる。
黒い幕が、視界を覆う。
◆
乾いた口。
囀る鳥。
差し込む光。
ああ、もう朝なのか。もう少し寝ていたいところだが、甘えてはいけない。自分の心に鞭を打ち起き上がる。
されど。
「ん?」
眠い目を擦り違和感を凝視すると、右の方に盛り上がりがある。
ま、まさか……。
恐る恐る毛布を捲る。ああ、そのまさかだ。
陳湛が寝ている。
それも服を一つも纏わずに。
なんでこんなに気持ち良さそうなんだこの人は。
一瞬、彼女を起こそうと思ったが、やめた。
こんなやつ放っておこう。
尚無鏡は陳湛を起こさないように普段着に着替えて部屋から出た。
廊下を歩き庭に出る。
朝日を浴びるのはとても気持ちがいい。
ただ、気掛かりが一つ。いつもこの時間に庭に行くと光琅とかいる筈なんだけど、今日に限っては人っ子一人居ない。
春風が不穏を運ぶ。
誰かが向かって来る音が耳に入る。
「無鏡さん!」
こちらに向かっていた者の正体は秋河だった。何やら焦っている様子だったので私は彼に尋ねた。
「何かあったんですか?」
息を整える暇が無いほどなのか、切らしたまま秋河は説明する。
「北源がどっかに行ってしもたんや!私が朝起きた時には既に北源の姿がどこにも居らんくて、数人で探してたら殿下がたまたま通りかかって、それを話したらそのまま森の方へ走って行ってしもて……」
「そんな……光琅は!?」
尋ねた瞬間、秋河の後ろから本人が現れた。刹那の間に焦りと安堵を味わう。
「師匠!北源と聶情が─────」
「ついさっき聞いたよ。秋河さん、宮廷は今どうなってます?」
「皆混乱して妖鬼が連れ去ったんやと騒ぎが起こって、今は宮廷の武弁三分の一とあんたにお仕えの武官二人が森へ向かってます。他の武弁達は街と宮廷の護衛に回るとのことで……」
「わかった。光琅、準備はできてる?」
「もちろんです」
「私達も行きます。宮廷の方は任せますよ!」
「気を付けてくださいよ!光の導きがあらんことを────」
晄導仙華を信仰している者が何かを行う時に口にする言葉。
咄嗟に言われたものだから驚き、一瞬硬直してしまう。
自分でこれを言うのは少々恥ずかしいが─────
「──────光の導きがあらんことを」
そう秋河に告げて、尚無鏡と光琅は全速力で森の方へ向かう。
北源、聶情、どうか無事でいて────────
◆
一方その頃、魏君と木煙は、少々開けた場所で妖鬼達と戦っていた。
「なんでこんなに妖鬼がいるんだ!」
「話を聞いていなかったのか?」
剣を振りながら木煙が言う。
「聞いてたさ!けど昨日全然居なかった!どうして一日でこんなに増えるんだよ!」
「居なかった?」
「ああ、三体くらいしか居なかった。そっちもそうじゃないのか?」
「いや、こっちは普通に妖鬼が居たぞ。例年より多いとは聞いていたが、あまり大した数ではなかった」
話しながら戦っているうちに妖鬼の数が増していく。
「ちっ!また増えたぞ!」
「面倒だな。伏せろ」
痺れを切らした魏君は大剣を大きく横に振る。
瞬間、青白い雷の光線が前方へ放たれ、それに触れた妖鬼達は真っ二つになっていく。
術色・空、攻撃術の型。
「おい!いきなりやるなよ!」
「伏せろと言っただろう。別に当たった訳でもないんだからいいだろ」
「また結果論だ……!とにかく、まさか術色を使う羽目になるなんてな」
「ああ、予想だにしていない数だ。俺等はいいが、武弁達は無事だろうか」
するとまた妖鬼が木の後ろから現れる。
進んで止まっての繰り返し。
互いに背中合わせになる。魏君は振り向くことなく木煙に話しかける。
「埒が明かないな。術色で一気に片付けるぞ」
「君に言われなくてもそうするつもりさ!」




