69話 光の奔流、緋対翠
白に近いほどの輝きを放っている翠の光芒はやがて収まっていく。だが彼女が握っている剣は、今までに見たことが無いくらい光に満ちていた。
以前、魏君から聞いたことがある。常詩と太阿の戦いで、太阿は『喚依』という詠唱を唱えていたと。唱えた瞬間、彼の剣から雷の龍が召喚されたと話していた。魏君の推測としては、その『喚依』という詠唱は魔剣のみが有するものなのではないかとのこと。実際、私もそう思っている。私と魏君の装位は『獄』、対して魔剣を持つに値する装位はその一つ上の『極』であるからだ。偽物と言えど、あれは魔剣と名乗るに値する。秘剣にはなく、魔剣にはある詠唱。それを繰り出してきたということは、彼女の枷が外れたということだ。
天に掲げていた剣をゆっくりと下ろす。来る──────!
「──────!」
唐突な動きで、ピュッという空気を斬る音を立たせながら承影は下ろしたばかりの剣を突き出した。剣尖は正確に尚無鏡の心臓を狙っている。胸目掛けて伸びてくる光の蛇を尚無鏡は迎撃しようとし、輝く剣の軌道に冷たい剣が割り込んだ。尚無鏡はその突き技を弾いた─────はずだった。
嫌な音と熱が体から迸る。目を見開いて、鳩尾を貫いている光を眺めた。刺さっている剣はしっかりと存在感を放っており、一切の傷はない。では何故すり抜けたのだ。
1秒程度の時間であったが、承影はしっかりとその隙を逃さんと深く踏み込む。ズズッと体に埋め込む感覚が走り、それを忌避した尚無鏡は思い切り後方へ跳ぶ。体から刃が抜け、蓋が外れたボトルのように血が零れ行く。二歩、三歩と距離を取る。初戦の舞台の広さであれば確実に落ちているであろう。舞台が広くなっていることに感謝する。
だが、この戦いに空白など無かった。
尚無鏡が距離を取った瞬間、承影が肩に羽織った上着をゆらりと靡かせて一直線に突っ込んできた。突進する風と共に、剣の光芒が空中に翠の線を描く。
先ほど、何故剣を弾くことができなかったかについては未だ解明されていない。だが今後、そういった攻撃が殺到するに違いない。今の内に解明しなければ、と尚無鏡は歯を食いしばりながら思った。
真上から襲う攻撃を難なく躱す。されど、攻撃の流れは止まらない。承影は振り下ろした直後、体を上手く使って次の攻撃を繰り出した。左から輝きが迫る。尚無鏡は後方に跳びながら剣で迎撃を試みる。
後ろに跳んだ状態で受ければ、さっきみたいにすり抜けても傷は深くない。この一撃は、見極めるために受ける。魔眼を持たない私の解析方法。
互いの見舞う斬り払いは鍔迫り合うことはなく、尚無鏡の鼻先を切先が掠めた。だが、この一撃を集中して確認したことで理解できた。
無くなっている。剣の当たる場所だけ剣身が無くなっているのだ。推測だが、これは聖剣・含光の『ある角度からしか剣の形を見ることができない』という能力を参考、そして改造したのだろう。あの偽物の魔剣がどこまで体に影響を与えているかはわからないが、光に包まれている間は彼女の剣を弾くことはできない。故にパリィを封じられた。
なら──────
「はぁ────!」
掌を前に突き出し、赤い炎の玉を飛ばす。接近、更には斬り払いの後、承影はガッとブレーキを掛けて火球を回避する。少々上着を焼いたくらいだが、距離を取るには十分すぎるダメージだ。
剣を弾けないのなら、中距離戦に切り替えるしかない。幸いにも、私の術色の型は攻撃術。中距離戦に向いている。後方に滑りながら何度か剣を振るって炎の斬撃を前方に向かって飛ばす。それを防がれることはわかっている。真の狙いは剣尖から放たれる業炎の螺旋。嘗てほどの威力はないが剣に触れられない以上この手で倒すしかない。
ただ、気懸かりなのが彼女の術色。彼女も私と同じ攻撃術の型を使用する。押し合いとなればどうなるかわからないが、負けているばかりじゃいられない。けれど、今後の体力も考えてフルパワーで放つことはできない。相手は偽物であっても魔剣を持っている。せめて剣を振ることができるほどの体力は残しておくべきだ。
「──────────」
真っ直ぐ剣を向けて、剣尖に術色を集中させる。集まる炎は恒星の如く、着々と大きくなっていき、今にも爆ぜそうにドクンドクンといっている。されど、斬撃を捌き切った承影がこちらを認知した。何が起こるか察した彼女はすぐさま尚無鏡と同じように剣先を前方に向けた。だが遅い。既に尚無鏡の炎は溜まり切っている。今から術色を剣尖に集めたところで炎の光線には太刀打ちできない。放つ前まではそう思っていた。
限界まで溜めたプロミネンスにも似た緋き奔流は、絡まり、うねり、捻じれ、また絡まりながら前へ前へと殺到していく。それら炎は、剣の少し先のところで大人が二人掛かりでようやく抱けるほどの太さに膨れ上がって互いに結びつき、一本の円柱へと形態を変えた。
対して承影は、緋い奔流が垣間見えた瞬間、嘗てないほど眩い輝きを剣身から放った。そしてその輝きは、迫り来る獄炎のように螺旋を描きながら放出されていった。
時が止まる。1秒にも満たない須臾で、拮抗せんと向かう光を確認する。白に近いほど眩しい翠とよく目にする翠の光が入り混じった光線。おそらくだが、翠の攻撃術に先ほどまで剣を包んでいた光を纏って発射したのだろう。
純粋な術色と魔剣の力を纏った術色。
緋と翠。
瞬間、烈炎の先端と烈風の光が接触した。爆風の渦とエレクトロニックフラッシュが会場全体を襲った。想像を絶するほどの灼熱、息ができないほどの暴風、互いが互いに圧倒され突き進む勢いは止まった。けれど、互いの剣の先端からは尚も術色を噴出し続けている。緋対翠。退く気のない奔流は前へ前へと押しやろうと勢いを増していく。
二色の拮抗は数瞬の出来事であったにも拘わらず、まるで何分も行われているような感覚だった。それは観客のみならず尚無鏡も同様だった。だが、これが永遠に続くことは決してない。
くっ……そろそろ限界だ。これ以上続けてしまえば剣を振るう体力すら無くなってしまう。どうにかして、この拮抗を終わらせなければならない。
思ってた以上にしぶといわね。そろそろ纏っていた光が切れてしまう。これ以上続けてしまえば、纏う光は消えて純粋な翠の術色だけが残り、私の身は炎に焼かれる。もう少し続けてみたかったけど、しょうがないわね。
刹那、承影の放っていた光が肥大化した。それを見た尚無鏡は自身の負けを悟った。しかし、その光は炎を包み込んで飛翔するだけであり、尚無鏡には一つも傷は入らなかった。
天を仰ぐ。炎を包んで飛んで行った光は天井に当たる数メートル手前で爆発を起こした。天地を揺るがすほどの破裂音が広がる。爆発を掠めた天井からパラパラと小さな瓦礫が降り注ぐ。
一体どういうことだ?彼女も限界だったのか。あるいはこの拮抗勝負に飽きたのか。原因は定かではないがとにかく救われた。状態を確認する。大丈夫だ。まだ剣を振るう体力は残されている。あとは───────
そう前を見たその時だった。
「な、ん───────」
承影の剣が再び光り出したのだ。だが、今度は白に近い翠ではなく、エメラルドグリーンのような色をしていた。雄々しく輝く宝石に、尚無鏡は意識を奪われる。承影は光る剣を前方に向けながら、
「今日は機嫌が良いわ─────特別に、本気で戦ってあげる」
まだ上がるか───────!
尚無鏡の中で迸り、承影は不敵な笑みを浮かべてこう口にした。
「────喚依・承影」
二回目の、喚依だと─────!?
なるほど……あの魔剣は複数の聖剣の要素を混ぜ合わせている故に、複数の形態を持っているということなのか。強力なのに加えて手数も多いとは。彼女の顔を見るに、まだまだ体力は残ってそうだ。長期決戦になれば私に勝算はない。必ず隙を見つけ、短期決戦に持ち込むしかない。
「構えなさい──────」
言われずとも。
腰を低くして剣を前に出す。大きく息を吸って、目前を睨む。空間に緊張が漂う。これはもう試合ではないほどに空気さえも震えている。最早殺し合いだ。
「───────────」
「───────────」
緊張を断ち切る一歩は、同時だった。
◆
その姿をしっかりと見たのはこれが初めてだった。聞いた特徴はその通りであり、体格がしっかりしており、艶やかな黒い長髪の先端はくすんだ桃色に染まっている。その桃色は、オレの記憶の者と同じ色であったが、彼があいつなのかはわからない。
アーチの上、赤霄は永久凍土のような冷たい表情でこちらを見ている。その先には我々が追っていた宝剣が側面に刺さっている。距離はどちらも一緒、完全なシンメトリー。太陽の熱を浴びながら冷たい風に吹かれる。穏便に解決したいところだが、彼等は宝刃戯派、宝剣を求めている集団。話し合いで解決できるはずもなく─────────
赤霄は背中の柄を握ると、剣を巻いていた赤い布の端が彼の手首に絡みつく。そのまま剣を抜こうとすると、剣を巻いていた布は一気に宙に広がり、地に着くことなく男の後ろを漂い始めた。
彼岸花。牛車で魏君がそう例えていた。その彼岸花に対抗し、こちらも剣を引き抜くがあいつほどの圧はない。だがそれは、こちらが技量で押せばいいだけのこと。この世全てがオーラで勝てるほど甘くない。
躊躇いなく抜き放った赤い剣は陽炎のように辺りを揺らしている。対抗して抜き放った黒と金の剣は太陽の光をキラリと反射している。互いにそれらを体の前に構え、滑らかな動作で振りかぶる。
先ほど、アーチの下にある雲鋒館から『嵐流青舞滝典礼の決勝戦を開始する!』という声が聞こえてきた。つまりこれから、試合を開始する合図が来るというわけだ。それがオレ達の戦いが始まる合図となるだろう。
風が優しく肌を撫でる。そして3秒後、雲鋒館から銅鑼の音が籠りながら響き、崩星と赤霄は同時に立っているアーチの床を蹴った。




