68話 含光、宵練、承影
典礼二日目の朝。時間前に到着していた尚無鏡と魏君は、共に飛川を待っていたが一向に来る気配がなかった。彼女の身に何か起こったのか。それとも紅意段陣営に用事があって間に合わないのか。確認する手段がない二人は、流石に準決勝と決勝の間には来るだろうと踏んで、尚無鏡は控え室に、魏君は観客席に向かって行った。
そして準決勝を終えた尚無鏡は控え室でソワソワしていた。理由はもちろん、飛川の姿がまだ見えないからだ。控え室にそれを伝えに来た魏君も少々焦り気味であった。試合開始まで残り十分を切った瞬間、魏君の背後に謎の歪みが現れる。警戒する二人。だがその歪みから我々の待っている人物が勢いよく飛び出してきた。
「あぁ~!間に合ったぁ!」
「フ、飛川さん!?」
飛川は少し拙い着地をしながら安堵の声を漏らした。二人は突然の登場により少しばかり硬直してしまっている。魏君は固まった口を必死に動かして尋ねる。
「えっと…飛川様……一体どうやってここに────」
「ん?あぁ、いきなり現れたらそりゃあびっくりするよね。あれは東将軍の魔杯の能力なの。詳しくは後で教えるから、今は尚無鏡に伝えることを伝えないと……時間もギリギリだし」
「それで、魔眼の解析結果はどうなったんですか?」
「結構複雑だから落ち着いて聞いてね。まず────彼女の魔剣は本物じゃない。誰かが作った偽物なの」
「に、偽物!?で、でも、それにしては途轍もなく強力でしたが……」
「作り手の技量が高いのかもね。それで、その承影という偽物の魔剣はおそらく伝説上に存在する三聖剣の一振りである承影をモデルにした物だと思う。でも、ただモデルにしただけじゃないの。この魔剣の作り手は、他二つの三聖剣・含光と宵練もモデルにしているのよ」
「それってどういう……」
「つまり、見た目こそ承影だけど、能力は三聖剣を混ぜ合わせた能力になっているということよ」
そんなバカな話があるのかと疑いたくなる内容だが、これは魔眼の出した解析結果だ。魔剣が贋作であるということも、三聖剣の能力を混ぜ合わせた性能というのも真実なのだ。そして、時間を気にした飛川は三聖剣の能力を簡潔に説明した。
聖剣・承影は、ある音を鳴らすと形が明らかになる能力を持つ聖剣。
聖剣・含光は、ある角度でしか剣の形を捉えることができない聖剣。
聖剣・宵練は、斬った場所を塞ぐという剣と真逆の性能を持つ聖剣。
これら三つの能力を併せ持った剣が、彼女の握る魔剣・承影なのだ。だが、これだけではないと飛川は情報を追加してくる。
「贋作だから改造も容易いのでしょうね。魏君との戦いを思い返してわかった。それらの能力が反映されるのは剣自身ではなく、斬撃の軌跡だって」
「なるほど…だから解憶で飛ばした雷は虚空に防がれ、最後の同時攻撃は虚空に斬り裂かれたということか…」
そうこう会話している内に、試合開始まで残り三分を切っていた。奥から聞こえてくる歓声に焦る尚無鏡に飛川は軽く最後のアドバイスを投げ掛けた。
「とにかく!彼女が不自然に剣を振るったら気を付けて!」
「わかりました!ありがとうございます────行ってきます!」
尚無鏡は礼を言いながら魏君と飛川に手を振り、会場へ続く扉の奥へと姿を消していった。その様子を見送った二人は尚無鏡同様に急いで観客席へと向かう。
「う~ん、何か他に話すことがあったような…でも戦いに関する事じゃなかったと記憶してるし、まぁいいか。でも正直、あの一試合だけじゃ完全に解析することはできなかったわ」
「────────申し訳ございません……」
「別にあなたのせいじゃないわよ。とにかく、彼女には勝ってもらわないとね。魔眼を使ったツケ、払ってもらうわよ」
◆
薄暗い廊下を抜けて、会場の光を一気に浴びる。会場は既に歓声に包まれており、真ん中に大きな舞台が設置されている。尚無鏡は目の前の階段を上り舞台へと上がる。舞台には既に承影の姿があった。
「あら、遅かったじゃない。怖気づいちゃって逃げちゃったのかと思ったわ」
「ここまで来て逃げるなんてことあるわけないでしょ?」
「ずっと楽しみにしてたのよ、あなたと戦えるの。今までの人達じゃあ満足できなかったから────」
「なら、とことん満足させてあげる。これ以上いらないと泣き喚くまで────」
目前を睨みながら、ゆっくりと鞘から剣を引き抜く。それに釣られるように承影も自身の剣をスルリと抜く。二振りの剣が露わになると、先ほどまで沸いていた観客は次第に静かになっていく。その静寂に、典礼のスタッフが言葉を投じる。
「お集りの皆様方!とうとう最後の試合となりました!途中、少しトラブルはありましたが、武の達人達は武を競い合いこの日を迎えた!今宵、昼と夜がぶつかり合う!その火花は黄昏か!それとも黎明か!これより、嵐流青舞滝典礼の決勝戦を開始する!」
静寂。
全身の血流が早まる。鼻から大きく息を吸って、先ほど抜いた剣をピタリと止め、重心を深く構える。一方で、承影は今まで通り特に構えることはしなかった。無理な力は体のどこにも掛かっていない。故に、初動を読むことは不可能。読めない相手にはあまりこういうことはしたくないが、こちらから突っ込むしかないと判断した。
両者の耳は鳴り響く銅鑼の音を待っている──────刹那、静寂は破られた。
「シ────────ッ」
尚無鏡は弩弓のように全力で飛び出して行った。地面スレスレを滑空する鳥のように、水面ギリギリを泳ぐ鮫のように、白に包んだ剣士は突進していく。承影の手前で体をくるりと右に捻り、突進と捻りからなる高速の剣を左斜め上から叩き込んだ。激しい金属音と火花を立たせ、渾身の初撃は宝石のような疑似魔剣に迎撃される。だがこれでは終わらない。
手首を少し内側へ傾けることで、剣はスルリと向こうへ飛び出した。瞬間、再び足と肩に力を入れて思い切り右へ捻り、今度は左斜め下から斬り払った。だが結果として、この攻撃は惜しくも疑似魔剣に阻まれてしまう。
承影は防いだ剣を滑らせて尚無鏡の剣を弾くと、天に掲げた剣を勢いよく振り下ろした。間一髪でその振り下ろしは回避したが、目の前には翠色の刃が縦に迫ってきた。尚無鏡は咄嗟の判断でガードし、風の刃を体に受けることはなかった。
油断していた、承影の術色を。偽物の魔剣に気を取られ過ぎていた。もう少し遅ければ私の体に大きな傷が入っていただろう。だがこれで手の内を把握できた。
彼女の術色は翠で型は攻撃術。魔剣による過去の斬撃の投影。飛んでくる攻撃はさほど脅威ではないが、問題は虚空の斬撃。付け焼き刃の知識で捌き切れる相手ではないことは先刻承知。だけど、それでやるしかない。
承影は態勢を整えさせる余裕を与えまいと、超速で距離を詰めてきた。魏君に見舞った接近技よりも速度は遅かったが、それでも人間を超越した速度には変わりない。偽物とは言え、ここまで身体強化を施すことができるとは…………だが、そんな些細な思考すら許されないほどの連続攻撃が繰り出される。
弾丸にも似た速度を持つ攻撃を懸命に弾く。尚無鏡は自身の瞬間的反応のみで眼前から殺到する攻撃を避け捌く。承影の突き技が繰り出された刹那、ここしかない!と心の中で叫び、間髪を入れずに同様の突き技を放った。結果として、尚無鏡は承影の頬を掠るに至った。先手を取ったのは尚無鏡だ。しかし、頬の傷を確認した次の瞬間──────
「────魂覚・承影」
主の詠唱により、虚空は目を覚ます。先ほどまで攻撃が殺到していた場所に翠の光芒が放たれる。
魂覚。魏君の雷閃を防いだ技。尚無鏡は素早く後退しながら目の前に起こっていることを把握する。輝きはグワングワンと歪み、弧を描く光はまるでブラックホールのよう。おそらくこれが、聖剣・宵練の要素である斬ったものを塞ぐ能力。真面にくらっていたらどうなっていたか…想像するだけでも恐ろしい。
尚無鏡は軽やかな動作で着地をする。間合いは十分ではあるが、先ほどのような超速の詰め寄りがある可能性が大きい。
「とても良い反応速度ね」
以外にも、追撃ではなく言葉だった。
「それはどうも」
技を見切ることに思考を回しているため、その程度の言葉しか出てこなかった。歪みの光芒は止み、承影の姿の解像度は元に戻る。
刹那。
「!─────────」
魔剣・承影は、複数の方向からライトを浴びせられた鏡のように、今にも爆発しそうな恒星のように、細い光の線を縦横無尽に放ち始める。だが、これ自体に当たり判定はなく、攻撃技ではないことに少し安堵する。
「何…何が起こるの───────」
承影は少し垂れた眼を向けて、口角を上げてこう言った。
「いいわ。興が乗ってきたし、少しだけ本気を出してあげる。だから、私を失望させないで─────喚依・承影」




