65話 契約、裁かれる仙人
「ここは──────」
温帆寧は部屋にあった治療道具で止血をしながら、困惑する頭を必死に回して呟く。その言葉に毛先が桃色の男は、奥に設置してある椅子にスッと座り、足を組みながら一言言った。
「さぁな」
「さぁなって、あなたは一体何者なんですか?わたしに何の用ですか?」
男は、質問されたことを一つずつ答えていく。
「おれは赤霄。何の用か、お前に依頼した主の頼みで助けただけだ。特別な理由などない」
「──────」
温帆寧は以前尚無鏡に「宝剣が黒手党に狙われていたから盗んだ」と言った。実際、それ自体は嘘ではない。ただこれは、彼の独断ではなかったということだ。
「あなたは、軒轅という方の関係者なのですか…?」
「いかにも」
「その方は、今この国に居るのですか?」
「いいや、この国には居ない」
では何故、宝剣が狙われているということを知っていたのだろうか。それよりも一番怖いのが、自分の家にこの依頼書が届いたということだ。普段は仮面を着けているので正体は明らかになっていない。なのにどうして……
赤霄は椅子から立ち上がり、扉の方に向かって歩いて行った。その背中に向かって、温帆寧は問いかける。
「どこに行かれるのですか…?」
「契約内容は『温帆寧に命の危険が迫った時、一度だけ救出する」だ。おれはもうお前と何の関わりもない。では、さらばだ」
そう言って赤霄は目の前の扉を右手で押す。途端、彼の動きが止まった。それを不思議そうな顔で温帆寧は見つめる。立ち止まった赤霄は、温帆寧の方に振り向くことなく話し始めた。
「これはアドバイスだ。参考にするのはお前次第だが伝えておこう。見てわかる通り、この国には西と東の壁を繋ぐアーチが築かれている。再び身に危険が及ぶ時、そこに向かって宝剣を投げろ」
「それなら、今ここであなたに宝剣を渡した方がいいのではないでしょうか」
「それは軒轅様の依頼内容に反する行いだ。それはできない相談だ」
確かに依頼書には『典礼二日目の昼手前まで宝剣を所持してほしい』と書かれていた。けれど、その後のことについては何も記述されていない。温帆寧の心に少々縮むような感覚が訪れる。もし、依頼主である軒轅に未来が見えるのだとしたら、ああいった書き方をしてもおかしくはない。しかも彼は自宅に依頼書を送って来た人間。更には赤霄のアドバイス。彼は軒轅の関係者である故に、再び身に危険が及ぶ可能性が大きくなってきた。
扉の閉まる音により、その思考は遮られた。ふと空が目に映る。そこには黎明が広がっていた。大泥棒をやっていて、一番長い夜だった気がする。温帆寧は部屋にある包帯を拝借し、止血した部分を覆い、扉を開けて外へ出た。
◆
「う~、頭がクラクラする……」
少し前に、仙界から強制的に呼び戻された飛川は、魔眼の解析が終わったばかりというのもあり少々頭痛に悩まされていた。でも今はそれを気にしている場合ではない。何故なら、帝央殿の大広間の中央に設置されている椅子に縛り付けられているのは、私の同僚である紅意段なのだから。
千年前にも似た情景をこの目で見ている。尚無鏡が禁忌を犯した時だ。今から約三千年前にも誰かが禁忌を犯したらしいが、当時将軍幕下でなかった私はここに来ていなかった。
「意段……」
あなたは一体何をしたの。
ガヤガヤとざわめいている大広間に「静粛に」という東将軍の声が響き渡り静寂が訪れた。千年前のように、罪人の前方斜め上に四将軍の座る姿が─────
「え?」
紅意段の前に座っている将軍は三人しか居なかった。出席していないのは西将軍の雨晩である。飛川は咄嗟に燃微に質問を投げ掛ける。
「東将軍!西将軍はどうされたのですか!?」
「飛川か。雨晩は少し用事があり、出席することができない。故に将軍三人で執り行うことにする」
禁忌が犯され、関係者や重役の仙人は強制的に転移させられる。これはどこに居ても必ず起こる現象。だが、重役の一人である雨晩は死界から戻って来なかった。あの場所は行くことは簡単だが、帰ってくるのは一際難しいと見た。あるいは、彼はもう─────
心配する頭を切り替え、燃微は前方に向かって静寂を断った。
「紅意段、お前は禁忌を破った。人界の者に仙人の力を干渉させる行為。本来であれば、所属している界部などを答えてもらう必要があるが、俺は、そしてこの場に居る全員が、お前の身分を知り尽くしている」
「──────そうですね」
「その目、とっくに覚悟しているようだな」
「はは、流石将軍ですね……じゃあ、さっさと判決を下しちゃってくださいよ」
彼の顔はどこか満足そうな感じかした。もう、ここで死んでいいと言っているような、そんな雰囲気を飛川は感じた。おそらく燃微もそう感じているだろうけど、被り物と仮面のせいで表情は伺えない。
少しの間を置いて、燃微が席から立ち上がった。そして、
「紅意段、お前に下す判決は『死刑』だ──────」
瞬間、静寂であった空間にどよめきが舞う。いや、これが普通、妥当な反応なのだ。尚無鏡の時が異例だったのだ。すると、燃微はこちらの方を向いてこう言ってきた。
「飛川、こちらへ来てくれ。紅意段を俺の城に連行してくれ」
「は、はい──────」
見に来ている仙人の間を抜けて、下の大広間に走って向かう。将軍等は後ろの扉から出て行き、その様子を見ながら私は紅意段を縛る鎖を解いて、両手を拘束しながら東将軍の城へと向かう。帝央殿を出ると、目の前に広がっている景色は雲一つない青空だった。おそらく、天気は今の紅意段の気持ちを映しているのだろうと勝手に解釈する。道中、私は彼に尋ねた。
「ねぇ意段」
「ん?なんだ?」
「どうして禁忌なんて破ったの?」
紅意段は少しの間考え、
「死なせちゃいけない奴が居た、ただそれだけだ。正直、俺があいつに対してそう思っていたのが一番驚きなんだけどな」
「─────────」
それに対して、何も、言葉が出なかった。
◇
暫く歩いていると東将軍の城が見えてきた。その正門の前には先に出発していた東将軍が我々を待っていた。
「来たか」
「お待たせしてしまい申し訳ございません」
「いや、構わない。では、ついて来てくれ」
東将軍は門を開けて中へ入り、我々も続くように門を潜り抜けた。東将軍はそのまままっすぐ進んで、やがてその身は城の中へと入って行く。廊下を何度か曲がり、着いた部屋はとても広かった。
「ここは……」
将軍幕下の私ですら知らない部屋があるとは。それもそうか。将軍の城はあまりにも広すぎる。知らない部屋があったところでおかしくは無いだろう。すると東将軍は羽織っていた外套を脱ぎ捨て、彼の着ている服が露わになった。包まれていた中身は案外普通であったが、服を着ていてもわかるほどの体格の良さと、腰辺りで結んでいる真っ黒い長髪の艶やかさがこの目に伝わってくる。更には、見たこともない剣を腰に携えている。
「東将軍、その剣は────────」
「これは『裁断刃』という仙人を処刑する際に使用される剣だ。既に知っているだろうが、仙人は死なない存在だ。力を失いまた復活する存在。けれどこの裁断刃は、生物の首を斬った場合、その生物の状態に関係なく死に至らしめることができる能力を持っている。無論、これを扱うには『獄』以上の装位がないと持つことすら不可能だ。我々以外が扱えるモノではない」
そう言って燃微は、両手を拘束されている紅意段の前まで来た。特に足掻くことも叫ぶことも無く、現状を受け入れている彼が少し怖く感じる。死という概念に慣れていないのか、はたまた慣れ過ぎているのかは定かではない。
「一つ聞きたい」
燃微は紅意段に呟く。
「お前は、仙界の禁忌についてどう思っている?」
紅意段は口角を上げながら、こう言った。
「直面してみると、割とクソですね。もしかしたら、尚無鏡もそう思ってるかもしれないですね……」
「────────そうか…」
一瞬の間を開けて、彼の頭と胴体を繋いでいた首に一つの線が入った。やがてその線からは血が溢れ出し、首はボトンと鈍い音を立てながら落ちていった。あれが、彼の最後の言葉、遺言であった。




