62話 浮かぶ思い出、決行の夜
魏君の敗北を以って本日の嵐流青舞滝典礼は終了を告げた。残っている選手は尚無鏡と承影を含めた四人。この二人が決勝戦で戦うことは観客の皆も判っているほどだった。
典礼初日が終わり、観客はぞろぞろと雲鋒館を後にする。尚無鏡と飛川は控え室の方へと向かい、魏君が出てくるのを待っていた。すると、キィと扉が開き、魏君が控え室から出てきた。
「おーい魏君」
「あ、仙華様。それに飛川さんも。申し訳ございません。勝つことはできませんでした」
「いやいや、ナイスファイトだったよ。魔剣を持った相手によく傷を与えれたね」
「あれは、何も考えずに振っていたので本来の実力では……」
などと話していると、視界の端に帰る観客に逆らう数人が目に入る。おそらく、嵐流青舞滝典礼一日目のプログラムが全て終了したと聞きつけた彼等だろう。その予想は見事に的中した。
「やあ二人とも、お疲れ様」
「崩星に陳湛、それに木煙と紅意段さんも」
「皆さんお疲れ様です」
「あれ?ねぇ意段、巡守隊の彼は?」
「あぁ、それが昨夜から姿が見えないんだ。他の巡守隊の奴に聞いたら朝は見かけたって言ってたな。典礼中は俺達バラバラで見回りしていたけど難渉仁も温帆寧も見つけることはできなかった」
こちらより濃い内容ではないが、あちらも色々とあったみたいだ。典礼前日の夜に、バルコニーで温帆寧を見たとはいえ、その後彼等が見つけることができていないのだからこの情報を言ったところで意味は無いだろう。気分転換に私達もある程度の時間まで彼等と一緒に見回りでもしようと言ったが、皆から「明日あるんだからあなたは休みなさい」と言われたので、私は宿で休むしか選択肢がなかった。皆の力になりたいとは思っていたが、それが皆のお願いであるならば仕方ない。
「それじゃあお言葉に甘えて……」
「これで失礼させていただきます。では仙華様行きましょうか」
「なんであんたも来るんだよ仕事しろ」
◆
「ここがあなたの拠点ですか」
「あまりじろじろ見るな、気持ちの悪い」
自分の拠点としている場所に宝剣を持った泥棒を連れて帰った難渉仁は、ドカッと傍に設置されてあるソファに座る。立ったままの温帆寧は座ったばかりの彼に尋ねた。
「会わなくて良かったんですか?」
「ああ?あぁ別にいい。お前と居ることを一から説明するのも面倒だしな。それに、これは俺の復讐だ、あいつらには何の関係もない」
「そうですか」
そう呟きながら、カツカツと部屋の中を歩いて回る温帆寧を見ながら「じろじろ見るなと言っただろう」と溜め息交じりに吐き捨てる難渉仁。温帆寧はフフッと笑みを浮かべながら、
「これはすみません。何故あなたがこんなマネキンだらけの場所を住処としているのか気になりましてね。もしよろしければ教えてくれませんか?」
「大泥棒に喋ることなどない」
「言わなければ協力関係はここまでですよ」
そう言われた難渉仁は舌打ちをして、ソファにふんぞり返った体を起こして、前屈みの姿勢に座り直しながら「話せばいいんだろ……」とボソッと呟いた。そして語る。
「俺は幼馴染と親を黒手党の老大である猛明胡に殺された。この家は、その幼馴染が家族と住んでいた家兼仕立て屋だ」
「なるほど。その幼馴染とは仲が良かったのですね」
「まぁな、あいつの将来の夢が自分の家の仕立て屋を受け継ぐことだったからな。家族共々殺され、もぬけの殻となったこの家はいずれ壊される。だから俺の拠点として残している。数少ない俺の思い出だからな」
「────そうですか。であればあなたの復讐、余計に失敗は許されませんね」
「ああ。ここで仕留める、必ず────」
難渉仁はそう言って立ち上がり、テーブルに置いてある葉巻へと手を伸ばす。二本の指で葉巻を挟み、火の灯っている蝋燭へ先端を向かわせる。火に触れた葉巻は煙を立たせ、難渉仁は火の着いた葉巻を吸って、内の煙を吐く。
「大丈夫なんですか?服の飾ってある部屋で葉巻など吸って」
「フゥ─────あぁ…これはいつものことだ、何の問題もない。それに、吸わなきゃやってられないからな」
「そうですか」
同じ部屋で喫煙されることはわたしの苦手なことですが、今日くらいはいいでしょう。もしかしたら、それが最後の一服になるかもしれないのですから。
そう思いながら温帆寧は奥の扉へと向かう。
「お手洗いお借りしますよ」
「好きにしろ。ただし、逃げたらどうなるかわかってるよな?」
「安心してください。そんなマネはしませんよ」
バタンと戸が閉まる音が部屋に響く。自分の煙を吐く音しかこの部屋にはなかった。静寂の中、ある声が難渉仁の耳に響く。
大きくなったら媽媽みたいにお洋服を作るの!あたしの作った服絶対着てよね!約束だよ、仁─────
何の罪のない、これから開花する存在を、それらを育てる存在を、黒手党は殺した。もし、殺されていなかったら、俺は何になっていたのだろう。小さい頃、なりたい夢があったはずなのだ。しかしそれは、復讐の炎によって灰へと変わってしまった。もう、何だったか思い出せない。
暫くして、扉の音が聞こえて温帆寧が帰ってきた。ふと窓の方に視線を向けると、真っ赤な太陽が夜の帳に追いやられているのが目に入った。
「そろそろ、夜が来ますね」
「そうだな。ちゃんと持ってるんだろうな?」
「ええ、ここに────」
黒い外套をヒラリといわせ、腰に携えてある宝剣を難渉仁に見せた。まるで自分の剣のように携帯している様子に難渉仁は少々イラッとしたが、トイレに行くふりをして逃げたり隠したりしていなかったことを確認する。
「それで、俺は建物の屋根からお前を追えばいいんだな?」
「はい。わたしは黒手党の連中から逃げながら上層部と接触、老大の猛明胡と直接交渉できる場を作ります。そこに─────」
「俺が上から奇襲をかけ猛明胡を殺す、って寸法か。まぁあいつが居なくなれば、組織としての結束力は終わったも同然だからな。さっさと親玉を殺してウィニングランとするか」
◇
夜の帳が下ろされた。街はいつもより賑わっている様子が温帆寧の目に映る。建物の屋根から巡守隊と黒手党の動きを把握する。なるべく巡守隊が近くに居ない場所を狙わなくてはならない。取引中に駆け付けられたら堪ったものではない。
闇に紛れながら建物を跳び交う。やはり典礼期間も相まって巡守隊の数が多い。どこも隙間なく配置されている。すると、ある建物の裏に黒手党の人間二人だけが集っている場所を発見する。周りには、一般人も巡守隊も居ない。他の人間が来る前に行くしかないと考えた温帆寧は、獲物を見つけた鳥のような勢いでその場所に向かって飛び降りた。
「「!?」」
大泥棒の突然の登場に、黒手党の人間達は即座に反応することができなかった。故に、一人は即座に気絶させられ、もう一人は傘の石突を喉元に突き付けられている。巡守隊の激流を防いだ大泥棒の傘の石突はアイスピックのように尖っており、冷気に乗った殺気が先端から漂っている。
「ヒッ……!」
「上層部の人間と老大の元へ連れて行ってください。わたしはその方と宝剣の取引をしようと思っていますので」
「は、はひぃ……す、すぐ近くに上が居るので……ついて来て、ください────」
歯をガチガチと言わせながら、黒手党の人はゆっくりと進んで行く。石突を項付近に向けながらゆっくりと歩く彼の後ろを着いていく。気絶しているもう一人の状態も確認しながら、懐から金色の硬貨を取り出した。それを奇術師の如く、布の擦れる音すら立てずに硬貨を上に投げる。クルクルと回転した硬貨は街に灯る光を何度も反射している。それはまるで、シグナルピストルから放たれた信号かのようにある人物への目印となった。
「─────あそこか」
肩に鍘刀を担ぎながら夜の風に外套と黒い髪を靡かせている難渉仁の黄色い瞳にキラキラと反射する硬貨が映る。普段は建物の隙間や接している道などの見回りをするが、建物の上を通るなんてことはなかった。踏み外してずり落ちることが無いように足元に注意しながら跳んで走る。
やがて、キラキラと光を反射していた硬貨はストンと温帆寧の手に落下し、ちょうど次の角を曲がれば上層部の人間が居るところまで歩いた。瞬間、温帆寧は項を手刀で殴り気絶させる。地面に倒れる音が聞こえたのか、角の先に居た上層部の人間三人がこちらに剣を向けた。しかし、その向けた剣は大泥棒を見た途端下ろされた。彼は自分の胸辺りの場所に宝剣を持ってこう告げた。
「老大を出してください。わたしと宝剣の取引をしましょう。でなければ、この宝剣を破壊するだけです」




