61話 踊る剣光、走る稲妻
「解憶・罅樹────!」
魏君は銅鑼の音が鳴り響いた瞬間、木製の剣身に赤い雷を走らせた。装位が『獄』以上の武器でないと使うことができない強化段階。それよりも上の段階である魂覚も存在するが、魏君曰く「秘剣・罅樹の魂覚は一回きり」とのこと。故に魏君は解憶のみで魔剣に太刀打ちする必要がある。
雷光の如く地を蹴ったのは魏君のみだった。魏君が距離を詰める須臾、承影は微笑みながらじっと構えているだけだった。何かある、そう判っていても攻めざるを得ない。そうしなければ決着はつかない。
高く振りかぶった大剣を、魏君は一直線に振り下ろした。落雷にも似た不可避の斬撃だったが、承影は風に煽られた空気のように僅かに体をズラすだけでそれを躱す。そして風に翻る薄布のように体を捻りながら宝石じみた魔剣が跳ね上がってくる。瞬時に引き戻した大剣でその迎撃を受けるが、大剣よりも細い剣であるのにも拘らず、ズンとした重い衝撃が魏君の両腕に走る。
「──────ッ」
「フフッ」
相も変わらずに微笑みを浮かべる。その笑みには不敵な雰囲気は一切感じない。弄んでいるのか、承影から攻撃をする動作が一切ない。尚無鏡から見て、魏君の振るう剣には僅かな隙が幾つか存在している。なのにも拘わらず、承影は来る剣を弾き、躱し、反動で刃を振るうだけ。体力を消費させる作戦なのか、それとも他に何かあるのか…………
「シ──────」
最初の一撃のような強烈な刃を、承影目掛けて斬り払う。されど、承影は表情を変えることなく余裕を持って回避する。
これが魔剣による影響なのか元々の強さなのかはわからないが、とにかく一切の無駄がない。まるで美しい舞踏のように回避とカウンターを次々に繰り出してくる。これは仙人として、剣士として感歎せざるを得ない。
そして返ってきた一撃を剣で受け止め、魏君は大きく飛んで後退した。この時点で、両者傷一つ無し。けれど、魏君の方が体力を持っていかれているに違いない。あんな大きな剣を絶え間なく振り続けていたのだ。解憶によって剣が強化状態であるとはいえ、あそこまで弄ばれてしまうか。
ならば、これならどうだ──────
「──────────」
ぐっと腰を下ろし、剣を持つ両腕は後ろに構える。直後、魏君は目の前の虚空を思い切り斬り裂く。刹那、水色に光る稲妻が飛び出した。さらにそれは数多に枝分かれし、舞台を覆うほどの幅を有した雷と化した。視界を支配するほどの雷光を前にして、承影は変わらず笑みを浮かべながら唱えた。
「魂覚・承影───────」
主の声に従うように、右の手に握る宝石のような剣は辺り一帯に翠色の光を煌びやかに照らし始めた。
聞き間違えるはずがない、あの女は今、自分の名前を口にした。確か、宝刃戯派の太阿という少年も、自身の名前が含まれた詠唱を唱えて魔剣に眠る龍を召喚していた。まさか、宝刃戯派のメンバーの名前は、それぞれが持つ剣の名前ということなのか。
光が迫り来る。だが魂覚の詠唱を唱えた瞬間、承影の目の前に飛来してきた雷閃はバンッ!という破裂音と共に消え去ってしまった。まるで水鉄砲から発射された水を傘で防がれたように、迸る光線の道は無によって塞がれた。
「ん?」
と隣から何か引っかかったような音が鳴らされた。もちろん、その音を鳴らした正体は飛川で、尚無鏡はそれが気になって尋ねた。
「どうかしたんですか?」
「うん、さっき彼女は承影の名で魂覚を行った。でもあれって…………」
「何か引っかかるんですか?」
「そう引っかかるの。でも、それが何なのかが思い出せなくて……魔眼の解析結果を待つしかないかもしれないわね」
尚無鏡は二人の撃剣を見ながら自分なりに少し考えてみる。
まず、承影が彼女の名前ではなく、その手に握る剣の名前であることは理解した。もしかしたら剣と同じ名前かもしれないが、その考えは少し端に置いておくとしよう。考えるべきは、承影の魂覚だ。それを目にした飛川は「でもあれって……」と発言していたことから、魏君の雷を防いだあの技は承影本来の能力ではないということなのか。改造された、あるいは他の剣と結合したか。とはいえ純粋な魔剣ではないということだろう。詳細部分は彼女の魔眼の解析が終わるのを待つしかないか。
刹那、思考を断つほどの轟音が会場に鳴り響いた。思考に集中していたせいか視界が少しぼやけていたのだが、音と共に視界のぼやけが無くなり、再度二人の戦いを目にする。そこには、簡単に予想できる光景が広がっていた。
汗を垂らしながら息を整える魏君の姿と、試合開始から何一つ変わらない承影の姿。奴はこのままこれを続けるつもりか?確かに、決着の一つとして気絶という方法も存在しているが、それに至るまでにあとどれほどの時間が掛かるのか。流石にギャラリーも愛想を尽かして、終いにはブーイングの嵐になるだろう。
「ハァ……何が狙いだ……」
「何って、あなたの本気を見たいの。それって秘剣でしょ?なら、解憶だけじゃなくて魂覚もあるでしょ?」
「そんな理由で…手を抜いていたのか……生憎だが、俺の魂覚は一度きりの技だ……貴様なんかに使う技ではない…」
「そう──────」
と呟くと、承影は今までのような笑みを無くし剣を横に構える。その表情の変わりようはまるで、期待していた部下が目の前で失敗したところを目の当たりにした上司のよう。瞬刻、今までこちらから攻撃しなければ動かなかった彼女が遂に動き出した。その速度は神速か、一瞬にして魏君に接近した。ただ接近したわけではない。彼女の剣尖は、とうに魏君の滑らかな頬を掠めている。
この異常なまでの速さ、強さ、太阿とは比べものにならない。これは、俺の敵う相手ではない。ならば、
「ん─────」
至近距離に居る承影を目掛けて大剣を予備動作なく振るった。大剣は虚しくも空を斬ったが、その攻撃は承影も予想していなかったのか今までよりもギリギリで躱した。そしてまた、大剣が振るわれる。勝てないと知って暴れることを選んだか、そう承影は思った。あながち、それは間違いではない。何せ、魏君がこれから行おうとしていることは狂戦士に等しいことなのだから。
現に、承影は嵐流青舞滝典礼で披露した最高の技は先ほどの『魂覚』だ。魔剣使いであるなら、太阿が行っていた『喚依』という技があるはずだ。それをまだ引き出せていない。彼は既にこう思っている。「この試合は、絶対に俺が負ける」と。だがそれだけではなく、彼は「ならば、仙華様に繋げられるよう、魔眼の解析が捗るようここで吐かせる」という意思で食らいついている。
「オオオォ────────!」
普段は冷静で大人しい彼が、狂気を纏って大剣を乱舞する。されど承影はそれに合わせて上手く弾く。だが捌き切れない攻撃はステップで回避する。けれどそれが、魏君のチャンスともなった。
「!───────」
秘剣・罅樹は未だ赤く剣身を走っている。弾くことのできない一撃、つまりそれは空を斬ることを許したということ。故に、解憶の轟雷が目前より放たれる。不可避の閃光は、承影の左腕を持って行った。輪切りになった腕からぶわっと血が溢れ出す。
まだ終わらないぞ。お前が俺から魂覚を出させようとしたように、俺もお前から隠している技を出させてやる。
先ほどの一撃で後方に下がった承影に照準を定め、自身の右斜め前と左斜め前に斬撃を見舞うと同時に魏君が勢いよく地を蹴った。振るった場所からは解憶で強化された稲光が迸っている。三方向からの同時攻撃が、承影の首目掛け飛んでくる。承影は何かを口で唱えて剣をブンブンと振り回した後、逆手に持ち後ろに剣を構えた。
剣を構えるのであれば普通前に構えるだろう。これじゃあ魏君の攻撃を防ぐことはできない。そう思った尚無鏡だったが、2秒後の光景に驚愕した。
迫る三つの稲妻。刹那、パチンと指が鳴らされた。
「!───────」
承影を斬ろうとした瞬間、魏君は翠色の光に包まれた。その眩しく強い風は、二手の雷を薙ぎ払い、魏君の体を真っ二つに斬り裂いた。それは嘗て、氷茁閣で崩星が受けてしまった技であると尚無鏡は確信した。




