60話 白き片翼、赤き片翼
「何…?」
低い声で扶寒輝は再び眉をひそませた。それに対して、尚無鏡は表情を一切変えることなく淡々と話していく。
「あんた、鍛冶師でしょ?」
「ッ!…………何故わかった」
「典礼前日に、私は友人と手合わせをしていたの。その際に使用した空き地は鍛冶屋の裏側。その鍛冶屋のマークとあんたの背中のマークが一緒だったからあんたが鍛冶師だって気付いた。そしてその時、若い男と話をしていたでしょ。そいつ、今ここにスタッフとして居るんでしょ?」
「───────!」
扶寒輝は眉をひそませながら驚愕故に目を見開く。そしてその言葉を聞いていた観客等は更にどよめくが、周りの反応など気にしていない尚無鏡の口は止まらない。
「前日に打ち合わせをしておいて、当日は登録した仮の剣を装備して入室。入場する時、あんたは最後に廊下に入って、その後をスタッフが着いて行った。会場に入場する時に使う廊下は薄暗かったからね。歩く音も響くし、ちょっと音が鳴ったからって気付くことはない。その時にすり替えたんでしょ」
「──────…………」
「見てた時からずっと気になってたその剣の仕組みもやっとわかった。何でそんなに剣身が分厚いのとかも含めてね。その剣には刃が二つ付いてる。違う?」
尚無鏡の問いに、扶寒輝は沈黙で答える。こんな大勢の人間が見ている場所で疑われているのなら、肯定も否定もしない黙秘はほぼ認めたも同然だろう。黙秘に呆れながらも尚無鏡は続ける。
「振る時に柄を捻って片方の固定されていた刃を解除する。そしてその剣をぶつけると固定された刃の後に、解除した反対の刃が追撃を行うことでより強い一撃を放つことができる。回避した時にやっとわかったし、何より振る時の手が不自然すぎる。スタッフも抱き込んで登録外の武器使用、おまけに細工されてるなんて……そこまでして何がしたいの?」
扶寒輝はそれに対し、
「お前のような馬の骨ごときに、答える必要はないな」
「そう……まぁ、ある程度予想はできるけどね。あんた鍛冶師だし、優勝景品は宝剣だし────」
されど、言葉は尚無鏡だけに留まらず、観客席に居るほぼ全員が扶寒輝に向かって野次を飛ばしていた。様々な罵倒が飛んでくる中で、扶寒輝は声を上げ高らかに笑い、大きな声で開き直る姿を見せた。
「カーハッハッハッ!おいおいバカ共、罵倒を浴びせるならもっと適任者が居るんじゃねぇのか?この典礼の運営だよ。スタッフの中にスパイが紛れ込んでることも知らずに典礼を始めた運営にも落ち度があるんじゃねぇのか?あぁ?」
すると、
「確かに」
と、反対側に立っている尚無鏡がそう口にした。彼の悪行を散々並べた彼女が、肯定するかのようにそう言ったのだ。それに対して、観客席に居る者達は困惑の表情を浮かべている。
「ふん、俺の言葉に、お前も考えを変えたか。それは良いことだ」
「なんとなくだけどね。ズルをしたところで、それをすぐ指摘できなかった運営が悪いと。ズルをする本人よりもそっちに文句を言えと」
「ああそうだ」
「つまり、これから私がズルをしても、文句言わないんだね─────?」
扶寒輝はその言葉に目を見開き、反対に尚無鏡はニヤリと笑みを浮かべて見せた。扶寒輝は何かを察したか、片方の手を捻り刃の固定を解除する。野獣にも似た咆哮を響かせながら、殺意の帯びた斬撃を放とうとしている。
尚無鏡はそれに合わせ、前に剣を構えてガードする。されど今度の一撃は、二重の刃と筋肉だけでなく怒りまでもが加わっており、尚無鏡の体は今度こそ場外へ吹き飛ばされてしまった。
だが、尚無鏡は会場の奥中央に設置されている無間杯龍の銅像に足を着いて力を振り絞った後、矢の如く射出された。彼女は再び舞い戻る。場外の判定は地面のみ。壁に着いていようと、地面に体が接触していなければ場外判定とはならない。
豪風の音と共に扶寒輝の元へと飛翔する。青白い片翼となった冷淵を構えながら。扶寒輝は飛んでくる虫を討つように大きく大剣を構える。そして、今ここで剣が交わろうとしていたその時、尚無鏡に赤い翼が現れた。その刹那を目にした扶寒輝はほんの少しだけ遅れを取ってしまう。それにより、本来地に足を着いている大剣使いの方が圧倒するのにも拘わらず、目の前で起きた衝突は互角であった。両者弾かれ体制が崩れる。されど尚無鏡にはもう一つの翼が翻る。
無論、その赤い片翼の正体は、攻撃術で形成した炎の剣である。そしてそれは、この典礼においての禁止事項に記載されている。
弾かれた勢いのまま尚無鏡は体を左に捻り、赤い一閃を扶寒輝に与える。緋の水平斬りは彼の厚い胸板に直線を入れる。空中に迸る血潮、怯む体、着地と同時にガラ空きの巨体に白と赤の両翼を霞むほどの速さで叩き込む。
「──────アァッ!」
体の底から力を振り絞り両足を床に固定する。右手に握る冷淵を右に斬り払い、瞬く速さで左手に握る炎の剣を右方向に水平斬りを行う。それを反転させたかのように、今度は炎の剣を左に斬り払い、冷淵を左方向に水平斬りを見舞う。同じ軌道を行き来する二色の刃は、筋肉質の体に傷を増やしていく。通る度に飛び散る鮮血は、今の尚無鏡にとってはただの小雨に過ぎない。
さらに尚無鏡は両翼を広げて、その白と赤を交差で斬り下ろす。そして巻き戻すかのように下に降り切った二本を交差で斬り上げる。再び散る赤い飛沫。
「ぐあ────………」
扶寒輝が怯んでからここに至るまでおおよそ2秒という時間。音速を帯びた連撃を止めるべく懸命に体を動かすも、迸る痛みと隙間の無い連撃の前に成す術もない。足掻く動きを予測したかのように、右手に握る冷淵は垂直に斬り下ろされた。伸ばそうとした左手を手首から斬り伏せ、そのまま刃は通り頬から太股まで傷が伸びる。なぞるように冷淵を垂直に斬り上げ、力一杯振り絞った斬り下ろしの連続を傷だらけの巨体に叩き込む。
よろめいた体の中心部分である心臓に狙いを定め、押し出すように右手に握る冷淵を突き出した。だがその一撃は、何度も剣を思い切り振り続けた故の疲労が邪魔をし、心臓に命中することはなかった。鳩尾に突き刺さった冷淵を引き抜いて、もう片方の手に握っている炎の刃を思い切り突き出す。
この一撃は狙いを外すことなく心臓へと突き立てられた。肉を焼く音は静かに耳に響くと同時に、目の前の大男は高々に大剣を掲げ焦点の合わない眼をこちらへと向けている。
「ウオラアァァァァァ!」
雷鳴のような雄叫びを上げながら、扶寒輝は心臓に剣を突き刺している尚無鏡に向かって大剣を振り下ろす。されど、その一撃は読んでいた──────
迫る刃、尚無鏡は体を右に捻り、突き刺していた炎の剣を引き抜き、背面で下る大剣をシャアァン!という音を立てて受け流した。回り込む、そして隙だらけの巨体に、
「はあぁぁ─────っ!」
気迫と共に放たれた斬り払いは、今までの斬撃とはまるで別物だった。その一閃は深々と斬り伏せており、今までにないほどの血が流れ出す。扶寒輝は完全に停止し、やがてその体は舞台の上に倒れた。その瞬間─────
ワアァ!という歓声が雲鋒館に響く。こちらも不正をしたというのに観客席の人々は口笛を鳴らし、両手を打ち鳴らしている。呆然と見上げる中、観客席に居る魏君と飛川の姿を発見する。尚無鏡は得意な顔をしながら拳を掲げ、拍手の中舞台を降りて行った。
◇
あれから、扶寒輝とそれに加担していたスタッフを雲鋒館から追い出し、他のスタッフが扶寒輝に敗北した選手等を呼び出した。再試合を提案したが、尚無鏡と扶寒輝の戦いを見て、再試合をしたとて彼女には勝てないと感じ、誰も再試合を希望する者は居なかった。一方、術色による武器生成という禁止事項を行った尚無鏡は、運営責任者である楚宮が今回の戦いぶりに感心し、先ほど禁止事項を破ったことは見逃してくれた。後に会場で楚宮が観客に謝罪をし、嵐流青舞滝典礼は三回戦の二戦目を行った。
◆
「さて……」
「いよいよね」
三回戦も残すはあと一試合。もちろんこの試合に出場するのは我等が秘剣使いの魏君、そして宝刃戯派の魔剣使い承影だ。
二人がスタッフに呼ばれ、両者は舞台に上がる。魏君は背中から、承影は腰から、共に高い音を立てながら剣を抜いた。
魏君の大剣・罅樹は木製の剣身に黒い刃を携え、繋ぐ鍔と柄は黄金で覆われている。対する承影の剣は、まるでダイヤモンドをそのまま剣身にしたかのように煌びやかで美しく、柄も天然の鉱石のように輝いていた。冰有国で敵対した際、目の前に敵に夢中となっており魔剣だという雰囲気を感じ取った後は特に注目はしていなかった。
尚無鏡は隣の飛川にこう呟いた。
「では、魔眼での解析、お願いします」
「お安い御用よ」
両者の視線は集中し合い、銅鑼の音を待つのみだった。それは我々も同じく。数瞬後、三回戦四戦目の試合開始を告げる銅鑼が思い切り鳴らされた。




