54話 帳の蛍、宝剣を追う者等
赤霄。
人類最強である短日国主・常詩が余裕を見せる隙間がないほどの人物。背中から抜かんとした赤い剣は、暗黒に咲く彼岸花のように恐ろしいものだったと、尚無鏡はそう耳にしただけだが、魏君はこの目ではっきりと見ている。
「……ということは、あいつ等とぶつかる可能性も─────」
「もちろんあるわね。でも安心して、何もしなければこちらも何もしないと思うわ」
「────信用できない」
「ならそれで結構よ。とにかく、私は決勝で待ってるから。途中で脱落だなんてこと、やめてよ?」
そう言って承影は柱の奥へと行ってしまった。尚無鏡はその後を追おうとしたが、既にその柱の奥には鍛冶師と話す若い男以外誰も居なかった。今の様子を見ていた飛川は何が何やら解からず、二人に尋ねた。
「ねぇ、今のって?」
「今のは、宝刃戯派という各地の宝剣を狙う過激な組織のメンバーの一人である承影です」
「しかも彼等は、おそらく全員が魔剣を所持している」
その魏君の言葉に、飛川は驚かざるを得なかった。
「待って、魔剣!?あり得ないわ……だって魔剣って」
「はい。ですが、この目で見た剣はしっかりと──────」
「いいえあり得ないわ。でも、見てみないことにはまだ何も言えないか。まぁ、とりあえず私がここに居てよかったわ」
「それはどういう……」
飛川は、尚無鏡の声にこう返した。その答えは、日常的にあまり感情を出さない魏君が聞いても、とても驚くほどの内容だった。
「こう見えて私、魔眼を持ってるの──────」
魔眼。強力な残骸から掬い上げることができる遺物。それを持つ者は超越した力を有することができる。原理としては、魏君の持つ罅樹と大差ない。しかし、魔眼や魔剣などといった装位『極』の代物はその根源の討伐や採取が難儀である。故にそれに見合った強さを有している。
彼女の持つ魔眼は『析摩駝鳥』という怪物から採取できたもの。討伐後、その目と契約をすることにより自身の目と融合することができる。人間としての視力と怪物としての能力の撹拌。析摩駝鳥の目の能力は、見たものの解析を行えること。反映までに時間は掛れどその性能は飛び抜けている。
飛川は、承影の剣が本当に魔剣かどうかを見定めようとしている。こればかりは二人も干渉できない領域なので、成功すると願うしかできない。
◆
暫く時間が経ち、やがて夜の帳が降りようとしていた。巡守隊の難渉仁と将軍幕下の紅意段と共に行動をしていた崩星と陳湛と木煙は、各所を案内されながら同時に見回りもしていた。けれど、それらしき人物は発見できなかった。されどそれは当然。彼は神出鬼没。そこら中を探して発見できるほど甘くはない。
歩きながら、木煙は周りを見ながら口を動かす。
「それにしても、ほんとに広い国だなぁ」
「難渉仁さん。巡守隊の警備をすり抜けて国外に逃亡するってことは可能なのでしょうか?」
陳湛がここに詳しいであろう難渉仁にその疑問を問う。難渉仁は表情を変えること無く答えた。
「いや、それはあり得ない。張られている結界の通過方法は内と外とでは全く別だからな。温帆寧が外に出たということはないだろう」
難渉仁はそう答えながらも、顔を動かすことなく辺りを見渡す。その違和感に熟練の巡守隊は気付く。
何だ?やけにあちこちに黒い服を着ている奴が散らばっているな。明らかに巡守隊でも巡守隊に所属している術師でも観光客でもなさそうだ。
そして突如、脳裏にモノクロの過去が迸る。小さい手、炎の奥へと消える成人女性、落ちる少女、そして黒い服の男達。
まさか奴等は…いやあり得ない。黒手党は、俺が巡守隊に入る前に既に抹消されたはず。俺はもう、自分の為ではなく他人の為にここにいるのだ。かの復讐心は、彼方へ飛ばしたはずなんだ。まさか、復活したとでもいうのか?
「難渉仁さん?」
迸っていた心は、崩星の声によって冷静へと戻った。モノクロの世界に支配された視界は彩りを取り戻す。
「何でもない。心配をかけたな──────」
刹那。
辺りがどよめき出す。人々が見ている方向に向かって紅意段が指を指して「あそこだ!」と叫んだ。この場に居るメンバーもその方向へ顔を向ける。するとそこには、黒い外套に身を包んだ仮面の男が屋根の上に立っていた。
あれが…実際にこの目で見たのは始めただと陳湛は心で言った。もちろん木煙もそう思っただろう。あれが、世界を股に掛ける大泥棒・温帆寧。
その姿を確認した束の間、難渉仁が先ほど見ていた黒い服の男達が一斉に建物の影から出てきた。その男達の手には、弓が握られていた。そして、
「温帆寧だ!撃ち殺せ!」
一人の男の声により、男達は一斉に矢を手に弓の弦を引く。その様子を見ていた難渉仁は、近くに居る他の巡守隊、そしてメンバーにこう告げる。
「奴等を止めろ!こんな場所で矢の雨が降れば負傷者が出る!」
黒い服の男達が一斉に動いたように、こちらも躊躇うことなく手に武器を持って一斉に動く。巡守隊の一部が一般人の避難誘導を行い、その波をすり抜けるように男達に向かって行く。
驚いた。人々の間を駆けるそよ風は、我々だけではなかった。あの巡守隊の動きは只者ではない。扇の陳湛、体術の木煙、片手剣の崩星と紅意段、そして鍘刀の難渉仁。一番大きく一番重い武器を持っているのにもかかわらず、そよ風の先陣を切っているのは難渉仁なのだ。
その先陣を切っているそよ風は大きく飛翔し、片手で持った鍘刀を奴等の居る地面に投げ付けた。鍘刀の投擲により叩き付けられた地面から勢いよく水が吹き上がり、付近に居た黒い服の男達はその激流に巻き込まれる。それにより、男達の標的が温帆寧からこちらへと移った。温帆寧の行方は、他の巡守隊が追いかけているので心配する必要はない。今はこちらに集中できる。
吹き上がる激流に紅意段は剣を突き刺す。されど、その激流は凍てつき一つの大きな柱と化した。そしてその剣と一体化した柱を割り、巨大な氷の槌が完成する。幻と思い刮目したか、悲鳴を上げながら男達は逃げて行く。その進行を止めようにも、こちら三人の手は他の男を相手にしているので空いていない。けれど数秒後、そんな心配をする必要などなかったと思い知らされる。
「逃げてんじゃねぇぞ!」
振り下ろされた氷塊は地面に大きな衝撃を与えた。走り去ろうとする男は皆、その振動に足を持っていかれ、バタバタと転倒してゆく。隙が生じた今、難渉仁は声を上げ、
「捕らえろ!」
と命じた。
紅意段の術色や型は既に判っていた。白、そして塗着。けれど、まさか難渉仁も使えるとは思っていなかった。あの一件以来、一般人でも術色の使用が可能になったとはいえ、人界に来ても多く見かけることは無く寧ろ珍しい。一千年前とは異なり、現代に受け継がれてきた形は潜在能力。それを引き出すためには結局、修行や努力をしなければ得られない物。そうなると、彼は中々すごい人物なのだと理解する。
藍の術色。遠隔の攻撃だったのでおそらく範囲術だろう。
「そんなに派手にやる必要あったか?」
「ビビらせておいた方がいいでしょ」
◇
程なくして、ここら一帯に居た黒い服の男達は全員捕まえることができた。降られた矢はあったが、いずれも人や物に当たっておらず、被害は出なかった。だがしかし、まだ仕事が残っている。それは、
「おい」
「─────い…何だよ」
「お前等の目的は何だ?」
ゴミを、死骸を、吐瀉物を見るような目で、「温帆寧を撃ち殺せ」と言った男を見下している。その男は眉間に皺を寄せながら笑みを浮かべる。
「はん!誰がテメェの言う事なんか──────」
刹那の刻、その男の垂れていた髪は切れ落ちていった。あまりにも早い抜刀に、男の顎はガクガクと震えだした。しかもただの刀ではない。普通の剣より一回りも大きい鍘刀だ。
「次に地面に落ちるのは、髪ではなく首かもな。もう一度だけ言う、答えろ。お前等の目的は何だ?」
男は先ほどのように笑みを浮かべることはなく、人が変わったかのように従順となり詰問に答えた。
「…温帆寧に盗まれた宝剣を、奪ってやろうとしてまして……」
「誰の命令だ?まさかお前自身か?」
「い、いいいいえいえいえ、滅相もございません!」
「じゃあ誰だ────」
「…………黒手党の老大・猛明胡です─────」




