53話 巡守の支援、食後の手合わせ
紅意段のいい加減な紹介の後に、んんっと咳払いをしてから難渉仁は自らの口で皆に説明する。
「こいつのことは気にしないでくれ。改めて、俺は巡守隊の難渉仁だ。盗まれた宝剣は、典礼が終わる前に必ず取り戻さなくてはならない。陳湛さんと木煙さん、短い期間ではありますが、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
挨拶を済ませた難渉仁は辺りをキョロキョロと見渡す。その姿を木煙は不思議がり、目の前の本人に尋ねる。
「どうされました?」
「ああ…もう一人居るとさっき聞いたが」
「現在、巡守隊と一緒に牛車を指定された場所に置いていますので、おそらく────あ」
こちらも噂をすれば影が差す。難渉仁と同様に良いタイミングで集まっている皆の元へ歩いてきた。彼の姿を見た尚無鏡は、彼の名を声に出した。
「おーい崩星!」
「おまたせ。いやぁ流石典礼だ…人が多い多い────皆どうしたの?」
◇
「なるほどね、そういうことか……阿鏡の試合を見たかったけど、このままじゃ阿鏡が手にするための宝剣がなくなってしまうね」
「なのでここは一時休戦とし、宝剣を取り返しましょう」
「そこの二人はいつまでバチバチしてるの」
崩星は巡守隊の難渉仁の前まで歩き、右の手を出す。されど「僕も協力します」と言い、それを聞いた難渉仁は差し出された手を握って「感謝する」と述べた。握手を交わした瞬間、ぐーと腹の虫が鳴ったことに皆気付いた。そしてその正体も。
「──────────」
「おやおや、お腹でも空いたのかな?」
「うってぇ」
腹を押さえた紅意段に向かって飛川がちょっかいをかける。とはいえ仙人自体空腹という概念は無い。ならこの音は何なのか。もし聞く機会があれば聞いてみるとしよう。その様子を見ていた難渉仁があることを提案する。
「そろそろお昼ですし、皆さんご一緒に食事をしませんか」
もちろん、彼の出した提案には皆賛成だった。
「そうですね」
「私達はこれから共に行動するので、親睦を深めるにはちょうど良いですね」
「ここから少し距離があるけど、旨い所を知ってるからそこに行こうぜ」
◆
楽しい昼食も終わり、それぞれ別で行動を始める。昼食中で話したことは、雑談を除くとこの後の動きと貰った見物券をどうするかだ。昼食中の会話の中で「流石に誰も見ないのは悲しい」と紅意段が話し、それに対して崩星が「じゃんけんで勝った一人が見ることにしよう」と提案する。円卓の上で繰り広げられたじゃんけん大会を制したのは飛川だった。
食事の後、飛川陣営は尚無鏡と魏君と共に食後の運動として試合前の手合わせを行う。難渉仁陣営は、盗んだと目星を付けている温帆寧を見つけるべく墨走国の見回りを行う。ということが決定した。
そして時は少し進み、飛川陣営は外壁近くの鍛冶屋裏の空き地の芝生にて──────
「セイ──────ッ!」
「てやっ!」
予期せぬ轟雷音の如く迸った気合に、こちらも声を出さざるを得なかった。木製の剣身に隣り合う漆黒の刃が、魏君の両手上段斬りによって迫り来る。尚無鏡と罅樹の間に割って入るのは、尚無鏡の声と共に駆け付けた木煙の剣・冷淵であった。
ガギィンと鈍い音が空き地に響く。そんな音が立ってもこれを見に来る野次馬は全く居ない。理由は簡単だ。出場する選手は明日の典礼に備えて型の稽古や模擬試合などをそこかしこで行っているからだ。故に珍しいものではない。まぁ偵察にこっそりと見る人は居るかもしれないが……今は手合わせに集中しなければならない。
稽古とはいえ本番をイメージしやすいように実剣で行っている。互いを信頼しての寸止め勝負。集中を切らすわけにはいかない。
鍔迫り合う中でやはり思い知らされる。大剣から出でる重圧を。けれど、例えこちらが向こうより細かろうと、力の使い方次第では──────
「!─────────」
逆転する。
再び、何度も空き地に金属音が響く。その剣達が奏でる音を耳にしながら、その稽古を見ていた飛川は声を漏らした。
「流石晄導仙華ね。千年間閉じ込められて、仙声も微々たるものしかないのに。やっぱり、嘗てほどの力はなくとも、その技量は体に染み込んでいるのね」
迫り来る刃を弾く。そして隙を見て自身の刃をねじ込む。こういった人と人との戦いは、妖鬼などのような理性無き化け物と戦う要領でやってしまえばまず勝てない。巧みに鍛えられた者達は、妖鬼のような隙だらけな醜態は晒さない。
自分で切り開くか、相手の動きに割って入るか。
尚無鏡はこういった戦闘の場合、なるべく後者を選択する。そっちの方が勝率が高いと本人は思っている。ただそういうことだけではなく、尚無鏡はカウンターがあまり得意ではないという理由もある。細かく言えば、自分から攻めた際に受ける反撃の対処が少々苦手ということ。
故に、自分がカウンター前提の立ち回りを行っている。
「ふっ!」
「はぁ!」
魏君と尚無鏡の声が重なり、互いに一撃を見舞う。されど、それは華麗に咲く火花となって儚く散って行く。だがこれで─────
来た。次の一撃を素早く体勢を立て直し、上段からの攻撃を仕掛けようとする。確かにその御業は見事なものだ。しかし、過去の栄光とはいえ剣に長けている者には依然変わりなく、その瞬間を隙とし、柄を思い切り握り込みながら下段突進攻撃を繰り出した。
時が止まる。
魏君は大剣を掲げながら、目線を下に向けながら顔は上を向いている。その喉元から約三センチメートル離れた場所には、尚無鏡が握っている剣の切先が存在している。その画に向かって鋭い声が一滴。
「そこまで」
思い出したかのように動きを取り戻した二人は、剣を納めた後に礼をする。一滴を注いだ飛川の元へ二人は向かいながら話す。
「流石仙華様です。俺では到底敵いません」
「いやいや、魏君も凄かったって。能力の向上は無いとはいえ、積み重ねてきた重みはしっかりと剣に乗っているよ」
「お褒めいただきありがとうございます」
「二人とも凄いね。剣に差があるとはいえここまで拮抗するとは」
「確かに剣の性能も大切ですが、一番大事なのは剣を操る自分ですから」
「流石、剣術に長けていた晄導仙華なだけはあるね~」
照れならがら頭の後ろを掻いていた尚無鏡は、それを止めるや否や魏君に「休憩が終わったら、もう一回やらないか」と尋ねた。その答えはもちろん了解だった。先ほどの位置へ向かおうとした時、視線の先にひっそりと立っている一人の女の姿があった。
こいつは──────
尚無鏡は腕を横に伸ばして、魏君の進行を妨げる。その行動に対して、魏君は不思議に思い尋ねる。
「どうされましたか──────」
「魏君、動かないで」
自分の存在に気付くや否や、その女は微笑みながらゆっくりと近づいて来る。その圧は将軍幕下である飛川にも感じられた。
「あら、そんなに身構えなくてもいいのに」
「仙華様、彼女は?」
目前を睨みながら硬直する尚無鏡は、走る緊張、震える喉と共に魏君の問いに答える。
「あいつは宝刃戯派の一人…承影だよ」
「あら、覚えていてくれて嬉しいわ」
「何の用?まさかここで戦おうって?」
「そんなわけないわ。あなたとの勝負は典礼までお預けだから」
お預け─────ということは後々に戦うことになると。まさか、彼女の言っているそれは、
「あんたも典礼に参加するの?」
「ええもちろん。だからこれはただの挨拶よ」
尚無鏡は淡々と告げる。
「生憎だけど、典礼に参加したってあんた達が求めてる宝剣は──────」
「知ってるわ。だから一人、その回収に向かわせているの。とても信頼できる人だから任せちゃったわ」
「──────名乗ってもらおうか。その者の名前を」
「あなた達が知ってるかはわからないけど教えてあげる。向かわせた彼の名は、赤霄」
その男の名を聞いて、尚無鏡と魏君は驚愕した。




