41話 死霊の番兵、青い光
同時刻。石板の在処が記された紙を頼りに歩いていた崩星と木煙は、薄暗い森の中まで来ていた。どこか寒く、どこか湿り、何とも不気味な感じだった。
「ほ、本当にこんなところに石板があるのか…?」
「多分本当だろうね。あの木箱も中々に古かったし、騙すとしてもわざわざ魚の腹に隠す必要もないしね。それに腹の中で見た白骨死体は本物だった」
「そこまで言うなら、本当なんだろう…」
話しながら歩いていると、途中に木の板で入り口が塞がっている廃坑が視野に入る。その炭鉱の入り口は、いかにもな雰囲気を醸し出しており、木煙に鳥肌が現れる。
瞬刻。
ボウッと入り口を塞いでいた木の板が青く燃え盛った。
「!?」
「わぁあぁぁ!」
と情けない声を上げる木煙を隣に、崩星はまじまじとその炎を眺める。すると崩星は何を思ったのか、その炎の方へと歩み出したのだ。木煙は袖を掴んで彼に問う。
「危ないぞ!どうしたんだ?もしかして、この炎に操られてるのか?」
崩星は振り向き、口角を上げてこう返す。
「違うよ。ここが石板の在処なんだ──────」
「え?」
「知らないかい?この青い炎は『衛霊残火』と言って、何か大事な物を守っている人がこの世に落とした魂の門。けれど、それは誰もが落とせるわけではない。より強い執念や思いが無いとできないもの。妖鬼が生まれる理由と似ているが非なるけど、例に挙げるには丁度いいかな」
衛霊残火。長く仙人をやっている僕でも初めて聞く概念だ。多分あの三人も、この概念については初耳だろう。仙華様が仰っていた通り、彼は確かに謎に包まれている。
「君は、どこでそんな概念を─────?」
「────歴史が大好きな知人からの知識さ」
歴史…千年以上も生きている仙人ですら聞いたことが無い概念だぞ?いや、寧ろ古からあるというより最近の概念なのか?
人間からすれば、数十年前の事でも十分な歴史だ。こちらの感覚が麻痺しているのか、それとも──────────
…………。
ちょっと言い訳が苦しかったかな?
まさか仙人様がご存じなかったとは。これは少し失態だったなぁ。
オレの創った概念は、あんまり認知されていないみたいだ──────
「お、おい──────」
そのまま進み続ける崩星に向かって口を開く。
「大丈夫。別に燃え移るわけでも火傷するわけでもないから」
と言ってそのまま火の中に入って行く。後を追うように燃える覚悟で木煙も火の中に入って行く。
本当だ。火傷もしなければ服も髪も燃えてない。
「一体どういう原理なんだ……?」
「あれはただの魂の門。死霊に出会うための儀式さ」
「し、死霊?」
「衛霊残火を落とした主さ。この先にきっと居る。そして石板も」
「まさか、その死霊は石板を守っているのか?」
「その通り。もしもの為に、戦う準備だけはしておいた方がいいかもしれないね」
ゴクリと喉を鳴らす。てっきり宝みたいに隠してあるものだと思っていたが、そう甘いものではなかったか。向かっている最中、少し整理をしよう。
衛霊残火。強い執念の下現世に落とされた扉。名前に「衛」が入っているので、火を落とす者は今に残る物を守っていた古の人物だということがわかる。故に番兵。
しばらく廃坑を進んで行くと、少し開けた場所に出た。薄暗い空間を見渡す。どうやらここで採掘を行っていたようだ。掘った穴がいくつも存在している。
そして真ん中には青白く光る何かがポツンと存在している。
もしかして、あれが──────
二人は作られた坂を下りて、その青白い光へと向かう。光は揺らぎ、入り口で見た炎のようだった。となると、あれが衛霊残火を落とした魂なのか。薄暗かったので近づいて初めてわかった。炎の後ろに石板の欠片がある。しかも石板は鎖に縛られ、壁に固定されている。
すると、その魂の炎はゆっくりと立ち上がり、やがてそれは人の姿と化した。そして問われる。
「汝等、何者──────」
崩星がそれに答える。
「僕達は石板を取りに来た」
「ならば剣を構えよ。この石板を取るに相応しいか、己が見定めてやろう」
瞬間、この広間を囲うように青い炎が燃え盛った。逃げることはできない、ということだな。
木煙は手を肩の後ろに、崩星は手を腰に、互いに剣の柄を握って鞘から抜く。番兵の魂も空の手に大剣を出現させる。
「では、行かせてもらう!」
刹那。番兵は木煙の方に切先を向け突っ込んできた。
な、こっちかよ──────!
塗着術で術色を纏い、黒い土を蹴る。ガキィンとぶつかり合う音が廃坑内に響き渡る。この剣、炎だからてっきりすり抜けると思っていたが──────
「──────」
「くっ──────!」
大剣故に一際重い攻撃が、木煙の手を痺れさせる。
このまま打ち合ってしまえばこちらが敗れるだろう。だが、避けられるほど甘い速度でもない。上手く、こちらにダメージが行かないように攻撃を弾くしかない。
剣戟。黄と青の火花が散る。
強い。大剣をこの速度で振り回せるほどの技量と筋肉の持ち主。けれど所詮は大剣。武器も大きい故に、生じる隙もまた大きい!
「は!」
木煙の剣は、番兵の胸目掛けて走る。されど、その攻撃は効かず。石板の番兵とはいえ彼は魂そのもの。物理的な攻撃が効かないのだ。振り下ろされる大剣。ギリギリのところで回避する。
どうする──────
あの魂の炎が術色判定されているなら、彩法調和は有効かもしれない。自分が今持ちうる術を、手札を全て使う!
思考すること1秒にも満たず。
木煙は全速力で飛び出し、それに反応するかのように亡霊の巨剣が迫り来る。けれど、振り下ろされた刃を紙一重で躱し、一瞬の隙を突いて再び魂を貫いた。意識を剣に。けれどそれは何も起こらず。再び迫り来る剣を受け止める。
流石に魂の炎は術色ではなかったか──────!
鍔迫り合う最中、突如として大剣が輝きを放つ。視界全てが白に包まれ、木煙は耐えられずに目を瞑る。
瞬間、腹部に強烈な痛みが走ると同時に、体が後方へ吹き飛ばされる。目前を確認。番兵は木煙に拳を突き出していたことが理解できた。
「カ、ッハ────!」
すると今度は、トンっと背中に優しい感覚が現れる。さっきの一撃により意識が朦朧としているが、それが何であるかはわかっている。
崩星だ。後ろへ吹っ飛んだ僕を受け止めてくれたのだ。
「交代しよう。僕も戦いたくなってきた──────」
無理だ。あの強靭的な力、そして攻撃を無効化する体。いくらなんでも─────
途切れかける意識の中、必死に彼の方へと顔を向ける。
「え──────」
そこには、知らない誰かが居た。髪は結んでおらず、前髪で目元が隠れている。
確かに声は崩星そのものだった。ならばこれは何者か。いや、この感じ、僕の意識が遠のくこの感じ、もしかして幻覚なのかもしれない。
腹への一撃が凄まじかったか、木煙は気絶してしまった。長髪の男はそっと木煙の体を地面に下ろす。
「まさか、汝……」
「久しいな召立。息災だったか?」
長髪の男は、番兵の名を呼んだ。刹那、召立は膝を地に着かんとした。その時、男は「着かなくていい。そういうために来たんじゃない」と彼を止めた。されど彼は、
「貴方様であるなら、この石板はご自由になさってください」
「でも、本心はそうではないだろ?久しぶりに、オレと力比べをしようじゃないか」
切先を向ける。魂は暫し間を置いた後、
「貴方様がそう仰るのであれば、お言葉に甘え、手合わせ願います」
「それでこそ君だ」
周りを囲っている炎が更に揺らめく。そして番兵に六百年ぶりの緊張が走る。迸る魂。握る柄に力を込める。
あの時と同じだ。理性を賭して妖鬼と化すか、全てを捨てて死ぬか。両方の選択を拒んだ我儘な自分への試練を与えたあの時と同じだ。
これから何かが決まる訳でもなく、ただの手合わせ。それだけでも懐かしい。そして今まで練り上げてきた技量を、貴方様にぶつけさせてもらいます。
「いつでもいいよ」
「では──────!」
青い魂が地を蹴る。土が舞い、豪風が辺りに巻き起こった。




