37話 裸の付き合い、石板の行方
「あー、えっと…ごめんなさい」
「お風呂が楽しいのはわかるけど、一応客人だってことは忘れないようにね」
そう言いながら彼女はお湯を被った。濡れた髪をたくし上げる彼女に向かって陳湛は尋ねる。
「あなたは?」
聞かれた彼女は腰に手を当ててフンと鼻を鳴らしながら名乗りを上げた。
「私は巍儀芳。短日衛団の団長よ」
だ、団長だって!?
貧乳仲間だ、いや私以下だと心の中で思ったことを、心の中で謝罪した。
「団長が何故ここに…」
「あら、私はお風呂に入っちゃダメなの?」
「いえいえ、そういうわけでは…」
と、巍儀芳は体を流して尚無鏡の隣に座る。そして突然、彼女はギッとこちら二人を睨んできた。やっぱりさっきうるさすぎたのかなと思っていたらどうも違うみたいだ。
巍儀芳は我々の顔を見ていない。その下を睨んでいることがわかった。
こ、この人も、気にしている─────!
途轍もないオーラを放っている。とても目を合わせられる状況ではない。湯気が煙る沈黙の中、お湯の音が良く聞こえる。
すると陳湛が立ち上がろうとするが、
「待って。あなた達に良い知らせがあるから」
そう言われ、陳湛は再び座った。
「どこ行こうとしてたの?」
「少し涼みに。それで将軍様、良い知らせとは?」
ふふんと喉を鳴らして彼女は告げた。
「二つ目の石板の位置が把握できたわ」
「え──────!?」
陳湛はそれを聞いて、
「把握できた、ということはつまり──────」
「ええ。既に何者かが回収していたということね。どうりで見つからないわけよ。それで調べたところ、回収したのは短日国で悪名高い野蛮な組織だったのよ」
「その石板はどうやって回収するんです?」
「もちろん説得で、と言いたかったけれど…石板を持っている組織はとても狂暴。言葉なんて通じる相手ではないわ。もう一つの方はどうなるかわからないけど、とりあえず私達はその狂暴な組織の方へと向かうことにするわ」
できれば穏便に済ませたかったんだけど、と思った尚無鏡は巍儀芳に何故かと問う。彼女はこう言ってきた。
「だって冰有国で妖鬼とボコスカ殺りあって来たんでしょ?」
否定できない。
確かに冰有国で主に戦ったのは私達二人と崩星だ。それにあの二人は遅れて来てたというのも響いているのだろう。
「狂暴ってどのくらい狂暴なの?」
巍儀芳は肩まで浸かると、上を見ながらそれに答えた。
「力はもちろんのこと、やることも卑劣。手の出し方を間違えると逆にこっちの命が危ないし、場合によっては人質が殺される可能性もある。こちらとしては負傷者を一人も出したくないわけ。だから衛団で一斉に攻めるってことができないの。隠密行動、あるいは潜入。これぐらいしか選択肢がないわ」
個々が強く且つ少人数で行わなければならない。そうなると冰有国で主に活躍した我々が適任かもしれない。彼等も実力は相当のものだが、戦う相手が悪かっただけだ。
「まぁ崩星も木煙とかとの関わりを深めるにはもってこいだし、魏君も常詩さんを見て戦いを学べるし──────」
その言葉の終点を迎える前に、巍儀芳が途切れさせた。
「悪いけど、その人に言っておいてくれない?国主を見ても何も参考にならないって」
「参考にならないって?」
そう聞かれ、湯船のお湯で顔を洗った巍儀芳は常詩についての話を始めた。
「彼は、色容体なの」
「色容体?」
「人間が術色を使う方法は知ってるでしょ?修行をして、仙人から認められた者は潜在能力を解放される。そうすることで初めて術色を使うことができる。でも色容体は生まれた瞬間から術色が使えるの。しかも彼はそれの超越体。普通の人間は一つの型しか使えないのに対して、彼は全ての型を使うことができるの」
それを耳にして、尚無鏡と陳湛は波を立てた。立てざるを得ない内容だった。
「ぜ、全部の型を……!?」
「そんな、規格外な─────」
「でしょ?だから何の参考にもならないの。得られる物はあるかもしれないけど、それも結構難しいと思う」
人界最強とは聞いていたが、まさかここまでとんでもない存在だとは思わなかった。とはいえ、これを魏君に言ったところで性格上退くことは絶対に無いだろう。でも、そう言われると私も戦うところを見てみたい。が、今回は我慢だ。またいつかどこかで見られるだろう。それまでは魏君からの感想で済ませておくとしよう。
と、尚無鏡は立ち上がる。それに連なって陳湛も立ち上がり湯船から出る。私は後ろを向いて一言呟く。
「では、お先に上がります」
「ええ。明日からよろしくね」
巍儀芳はそう言葉を返す。正面を向いて出口に行こうとした瞬間、後ろから凄い視線を感じる。だが、後ろからは胸は見えないはずだ。去り際に睨まれることなんてない。いやまさか、彼女が抱えているコンプレックスは胸だけではないのか…?と、下らない考察をして浴場から出た。
その後、脱衣所で陳湛に胸と尻を揉まれた尚無鏡はアッパーカットで気絶させ、服を着て手配してくれた部屋に向かった。
◆
部屋に向かう道中、廊下の窓から外を見ている木煙を発見した。窓枠に腕を乗せて、何やら浮かない顔をしている。
「木煙、どうしたの?」
私が居ることに気付いていなかったので、呼びかけられた彼の体は少しピクリとした。声の方へと顔を向ける。
「せ、仙華様…!どうしたんですか」
「どうしたはこっちのセリフだよ。何か悩んでそうな顔だったから気になって」
「あぁ…実は──────」
木煙は頭の後ろを掻いて、その理由を伝える。
「彼…崩星さんのことなんですが、どう接したら良いのかわからなくて…」
あ。すっかり忘れていた。木煙は人間との付き合いが苦手なんだった。彼曰く、いつボロを出してしまうかわからなくて怖いとのこと。尚無鏡は答える。
「大丈夫だよ。確かに彼はめちゃくちゃ謎が多いけど、結構気さくな性格してるし。それと彼、私が晄導仙華だって知ってるから気は遣ってくれると思う」
「そう言えばどうして…」
「陳湛が、ポロっと──────」
「あ────」
木煙は理由を聞いて、一文字だけ口から出た。続けて尚無鏡は話す。
「だから薄々彼もあなたが何者か察してると思うから、案外緊張しなくてもやって行けると思うよ」
「そうですね。とは言え、自分から仙人だって言えば依然変わらず──────」
「私みたいになっちゃうね」
「き、気が緩まぬよう心掛けます……」
◆
木を分け草を分け、森を横断する一人の少年。しばらくそうやって歩いていると、やがて少し開けた場所に出た。真夜中の森だった。たまたまそこに居合わせた男が三人居た。
男達は少年の姿を見て言った。
「お!こんな夜中にガキだぜ」
「稼ぎは少ねぇかもしれねぇが、身包み剥いでやるか」
「もしかしたら意外と持ってるかも!」
男は武器を持って、少年を囲んだ。
すると、少年の周りから水色の光がポウっと湧いてきた。辺りを照らし、上に昇る光の粒子はまるで蛍のように。少年は言葉を放つ。
「テメェ等、誰にケンカ売ってんだ?」
男は後退り、冷や汗が額を伝う。
「な、なんだ…コイツっ!」
「やべぇかも…撤退だ!」
瞬間。
雷光が一人の男の首を斬り裂いた。落ちる首、吹き出す血を見て二人は啞然とする。切先はこちらに、少年はこう放った。
「テメェ等は、宝刃戯派の太阿様にケンカを売ったことを後悔しながら死んで行け!」




