32話 落ちる星は、赤く柑子く
「今だよ!陳湛!」
「──────────」
その声が耳に届いた瞬間、陳湛はバッと勢いよく扇を開いて風を生む。尚無鏡、崩星、明萋歌の三人の足元に竜巻が発生し、やがてそれは大きくなり尚無鏡と崩星を天井付近まで吹き飛ばした。
「はん!飛んだって逃れられやんのに何やってんねん」
だが、その後の光景を見て秋河は察する。
天井付近まで飛んだ尚無鏡と崩星は手をがっちりと繋いでいた。術色を扱える者同士が手を合わせることの意味は一つしかない。
彩法調和。
今この壺の中に、緋と黄が混ざり合い橙が顕現する。
「────させるか!」
と、それを見た秋河はさせまいと飛んで止めようとする。しかし、体は上に行かず地面にペッタリと足が着いたままだった。足に何か仕掛けられたか、秋河はそう思ったがすぐその正体がわかった。
陳湛の起こした風だ。あの風は上ばかり向くものだと思っていたが誤算だった。上に向けられるのなら当然下にも向く。暴風が地面の方向へと向いていて飛べないのだ。
妨害できない。瞬刻、眩い橙色の光が上に現れた。秋河は許してしまった、彩法調和を─────────
◇
「思い出すね。僕達が初めて会った時のことを─────」
互いの片手を掴みながら、崩星は尚無鏡に向かってそう言った。彼女は微笑みながら優しい声で、
「そうだね。妖鬼から身を隠すために、調和をしてやり過ごそうって……この前のことなのに、なんだか遠い昔のように感じる」
「奇遇だね、僕もさ」
崩星が言い終わったその刹那、夜の帳を突き刺す光が今宵姿を現した。
◇
「は?」
その光を刮目した秋河は、言葉を零した。調和によって生まれた岩は、まるで巨大なつららのような見た目だった。壺の外に生成された岩はゆっくりと落ちていき、先端が天井に刺さり罅が入る。
「…嘘やん、ありえへんやろ……なんで──────」
やがてその岩は、半透明の壺と壺皿を粉々に砕いた。ガラスのように砕けた檻は、夜空に広がる星のように美しかった。しかし足場が無くなった故に、そこにいた全ての人は真っ逆さまに落ちていく。
くそ!このまま落ちたら死んでまう。そやけど壺を破壊したことで降ってくる賽は無制限や!
だが、目の前に見えた景色は別だった。緑の陣がこちらを向いている。そしてその中央には誰か。
まさか──────と思った瞬間、自分の見ていた景色にブレが生じた。あまりの速さ故に痛覚などは無かった。が、だんだんとその箇所に熱が帯び始める。手でそれを確認すると、血がべったりと着いている。そしてその後、視界は傾き始め、やがて自分の体が目に映った。そう、首を斬られたのだ。
風のブーストがあったとて、あんな音速を超えた技など一般人には繰り出せるはずもない。この男は、一体何なのだ──────
◇
何で、崩星さんは知っていたのだろう。
自分の役割は何であるかを告げられた時、今にも心臓が飛び出そうだった。直接言われたわけではない。でもそれが出来るのはアレだけ。でも、それが何だというのだ。躊躇う必要などない。私はもう、決めたはずだ──────!
「萋歌さん…?」
尚無鏡を抱きかかえる明萋歌の姿が徐々に変化していく。落ち行く最中燃える体はまるで流れ星。そしてその姿は、あの時見た三つ首の龍人の姿だった。
「焔血鬼──────」
「ごめんね。騙すつもりはなかったの。あとでしっかりと言うから…今は─────」
さっきの会議で崩星は「明萋歌さんは僕達が調和した後、阿鏡を抱えてくれ。そしてそのまま下に向かって行ってくれ」と言っていた。彼は彼女の正体を既に知っていてあの計画を立てたのか。
「わかった。あとでちゃんとしっかり聞くからね」
「ありがとう。それじゃ、このまま突っ込むよ」
「へ──────?」
まさか、この勢いであの黒い柱に突っ込むとそう言ったのか?てっきり安全な場所に降りてから向かうのだと思っていた。でもそれしかない。ここしか、チャンスがない。
「──────行こう」
「しっかり掴まってて!」
ゴオォとまるでジェット機のような音を立てて、黒い柱目掛けて降下していく。そしてだんだんと、その付近に何があるか、何が起こっているか見えてくる。
そこには、黒い彫像に貼りつけになった柳燃の姿と黒い妖鬼の姿があった。
「────柳燃!」
その声に黒い妖鬼は反応する。刹那、轟音の着地。曜血鬼は刃を構える。そしてこれから起こることは本当に一瞬の出来事だった。
刃を突き刺そうとした時、曜血鬼の体はガクンとなった。理由は単純、氷によって足が地面にくっ付いてしまっているからだ。これが柳燃の用意した秘策。崩星との戦いで成長した彼の時間差攻撃。故にトラップ。それを隙と見た焔血鬼は全力の一撃を放った。とんでもない熱が辺りを襲う。曜血鬼は悲鳴を上げるも抵抗はできず、やがてその体はドロドロに溶けてしまった。
その様子を見届けた焔血鬼は、すぐさま右手の口で彫像を容易く破壊する。それにより、先ほどまで迸っていた黒い光は徐々に消え去ってゆく。尚無鏡は焔血鬼から降り、前に倒れる柳燃の体を焔血鬼が支える。
◆
どこか高い建物の屋根に崩星と首無しの体、そして生首が落ちてきた。
「流石は長だ、なかなかしぶといな」
すると生首は睨みながら質問した。
「答えろや。なんで賽降ってきいひんのや」
しばらくするとその答えが落ちてきた。落ちてきた物は二つに斬られた賽だった。割られた賽は目を出している。一と六。つまり、一つの賽で七の目を出しているのだ。
「残念だったね。そんなもの、僕には通用しなかったみたいだ」
首に足を置く。そして、ゴミを見るような目でその足に力を入れ──────
「まだ終わってへん!言えや、何で……晄導仙華の調和は、形変えれるんや……」
「さぁな。オレはそれを知らん」
そう言い捨て、頭に乗せた足にもっと力を込める。
「足退けろや!クソが!あんたに何もしてへんやろが!」
「ああ、そうだな。でも悪いけどお前は復讐のためにここまで色んな人を殺しまくったんだろ?ならオレも復讐のためにお前を殺そう。それらを代表して、これは北源の分だ」
ぐちゃ。
断末魔は途切れ、顔が引きつりそうな音を立てて秋河の活動は停止された。ほぼ朽ちた肉塊だったので、柔らかい林檎のように簡単に潰すことができた。踏み込んだ足元は、まるで番茄を踏んだかのようだった。
数秒も経たない内に陳湛が風の力を駆使して崩星の近くに着地した。彼はそれに気付いて口を動かす。
「こいつは死んだ。早く阿鏡達と合流しよう」
「え、ええ」
ただならぬ何かが、風のように伝わってきた。陳湛は彼から感じたその悍ましさが、何であるかはわからなかった。
◆
「おーい!こっちだよ~!」
尚無鏡は大きく手を振りながら二人を呼び掛けた。
「仙華様。無事で何よりです」
「あ!ち、ちょ!」
「あ──────」
気付いたのか、尚無鏡は慌てて指摘し、陳湛は自分の両手で口を押える。
慌てる二人を見て、崩星は「アハハ!」と笑った。
「今更かい?陳湛、君は昨日から彼女をそう呼んでいたよ。まぁでも気にしないでくれ。僕は彼女が晄導仙華だって知っていたし、別に口外するつもりもない」
「な、なんで知ってたの?」
尚無鏡の問いに崩星はウィンクしながら人差し指を口に当てるだけだった。ますます謎が深まるぞこの男。
すると、陳湛が尚無鏡に尋ねた。
「そういえば明萋歌さんは?」
「彼女ならこの黒い彫像に貼りつけにされていた柳燃を医者のとこに運びに行ったよ」
「そうですか。柳燃さんも災難でしたね…」
その時、パンッという手を叩く音が二人の耳に入る。その音を発していた主は崩星だ。
「さて、お話はここまでにして──────何かおかしいと思わないかい?」
おかしいこと?確かに明萋歌が焔血鬼であったとか、何で柳燃そのは貼り付けになっていたのか多々あるが、彼の口から放たれた言葉はどれも違うものだった。
「ここまで大きな事が起こったのに、何故国主は顔を出さないのだろうね」




