31話 七つの目、厄災の余興
「崩星!陳湛!」
尚無鏡は急いで駆け付け、二人が妖鬼と戦っているところに乱入する。二人とも傷は負っているが、対した傷ではなく内心ほっとする。
既に倒れている大きな妖鬼を踏み込んで跳躍する。両手を上に振りかざし、それに合わせたかのように炎の剣が現れた。
「は!」
重力と腕力。互いが互いを引き立たせ、重い一撃が妖鬼を襲った。手応えは確かに。けれど、見た目からもわかるようにこの妖鬼はかなり筋肉質。いつもの妖血歩団の妖鬼ではない。縦に傷は入るも、一撃では沈まなかった。
「思ったより硬いね」
「正直、阿鏡が今来てくれなかったらもっとヤバかったかも」
「ええ。私の風でも、宙に浮かせられるのはせいぜい一体程度。それが十も居たのです」
じ、十も!?下に転がっている妖鬼は五体。こんな強靭でしぶといのを私が来る前に五体も倒したのか。陳湛の力はよく知っている。だからこそ、崩星の力に一体どんな秘密が隠されているのか本当に謎だ。だが、今はそんなことを考えている場合ではない。この厄介な奴等をなんとかしないと。とそう思った瞬間、闇は燃え盛り絶望の狼煙が上がった。
ドォン!という大きな音と共に黒い柱は大きくなった。
「な、何…?」
「仙華様!」
陳湛が声を上げる。その理由がわかった。なんと二人が倒した五体の妖鬼が腕を立て、立ち上がろうとしているのだ。
「マズイことになってきたね…」
辺りを見渡していた崩星が呟いた。尚無鏡も辺りを見渡すと、冰有国に妖鬼が湧いて出てきていた。街の崩壊を防ぐべく、冰有国の武弁達が必死に妖鬼と戦っている。
「なんて…こと」
「気を付けて。奴等が全員起き上がった!」
倒れていた五体の妖鬼が完全に起き上がる。けれど傷は癒えていない。何かの力が無理矢理妖鬼を起こしたのだろう。それも全て、あの黒い柱のせい。
「ウガアアァァ!」
妖鬼は咆哮し、こちらに襲い掛かってくる。大きな拳が迫る。崩星はそれに剣を振り下ろす。ガインという音が響く。が、その力の変化に気付いたのか、崩星は後退した。
「崩星!?」
「力が強くなっている。今は一体でかかってきたから良いけど、全員が一斉に来たら絶望的だ」
すると、嫌だと言われ逆にやりたくなったのか、妖鬼が全員でかかってきた。こちらには防ぐ手段は無い。相打ち覚悟、または攻撃の隙を突くしかないのか。
迫る赤。刹那、
「──────!?」
その迫り来る赤を桃色の光が全て包み込んだ。黒い柱と対となるように、桃色の柱がここら一帯に聳え立った。
三人はそれを見て呆然とする。黒い光に包まれた中で、温かい光を垣間見ることになるとは思わなかったのだろう。そして徐々に、その桃色の光は細くなっていき、筋肉質だった赤い妖鬼は元の姿に戻り、地面に倒れ伏した。
「……よかった、間に合ったっ…」
後方から声がする。知っている声だ。でもなんで。
安堵と困惑が入り混じった感情をどう整理すればいいのかわからないまま、その声がした方向に体を向ける。
「萋歌さん!」
彼女以外には周りに人は居ない。故にあの光は彼女が出したものに違いない。三人は彼女の元へ駆け寄る。
「もう大丈夫なのですか?」
「うん。私が目を覚まして外を見たらこんなことになっていて……あなた達の所に急いで向かっている最中にあの黒い光が肥大化して、そしたら次々と妖鬼が湧いて……街は大変なことになっているけど、武弁達が頑張って持ち堪えている。一刻も早くあれを止めないと!」
四人はあの黒い柱を目標に全速力で向かう。その途中で尚無鏡は明萋歌に尋ねた。
「萋歌さん。聞いていいかわかんないけど、さっきのは何なの?」
「…えっと、さっきのは特殊な除霊術だよ。妖鬼には除霊術が有効なんだけど、そもそも除霊術を身に着けている専門職以外の人なんてそう居ないからね」
除霊術…。私が罪を犯す前にも存在したが、妖鬼に対して使う者は居なかった。
確かに妖鬼は既に死んだ者。霊にしか効果が無いと皆名前に縛られていたのだろう。
けれど、初めに言葉が少々詰まっていたのは気になったが、走っている最中だ。呼吸を整えたのだろう。
「皆さん、もうすぐです!」
黒い柱が近くなっていくに連れ、空気が重くなっていく。そしてその柱に近づくと、目前に影が一つ見えてくる。四人は足を止め、その影を睨む。
な─────そんな、
「よぉ、さっきぶりやな」
「秋河!?どうして!」
「どないしてもなんもあらへんやん。生きてるさかいここにおるんやで」
叫ぶ尚無鏡に陳湛は尋ねる。
「どういうことですか?」
「秋河はさっき私が殺したはず…なのにどうして」
すると秋河は、両方の腕を広げて何故殺されたはずの自分が生きているのかを語った。
「俺は術色を纏おうとした時、それよりも速うあんたが俺を掴んだ。ほんで一緒に術色を纏ってしもうた俺は防御することができひんかった。そやけどあんたはトドメを刺す際に俺から手ぇ離した。その隙に再び術色を纏うて生き延びたっちゅうことや」
怒りのあまり自分を制御できず、判断力が鈍っていた。完全にこちらの落ち度。落ち着いて、冷静に彼の状態を確認する。
胸に穴が開いており傷はそのまま。声も少し嗄れており、限界がすぐ目の前に見えているのだと察する。
万全の状態と対峙する時の緊張感は皆無。さらにこちらには四人。勝機は十分──────
「って思ってるんやろ?甘いわ。これからあんたらは俺と一緒に死ぬんや!」
そう叫んで、秋河は手に持っていた骨のようなものを強く握って粉砕した。突如、我々を囲うように陣が出現した。急いでここの陣から出ようとした時には既に遅かった。陣の外辺は既に透明な何かで覆われていたのだ。
そして展開が終わったのか、陣は半透明な壁によって閉ざされ、さらにそれごと上昇し始めた。
雲に届きそうな辺りで停止した。
空間を見る。
陣は分厚く、覆う壁は逆さにした杯のよう。
「厄介なことになったね」
と崩星は言葉を零した。
「厄介?」
「ああ。この形を見ればわかると思うけど、陣は壺皿を、外壁は壺を模している。彼がさっき破壊したのは『七厄賽』。破壊すれば一帯を壺に閉じ込め天高く上がり、70秒後、壺の中に居る者を賽を振るかのように落とす罰が下る」
崩星は秋河の方を指差し、言葉を続けた。
「しかもその七厄賽、根張国のものだろう?確かあの国の太子殿下が何者かに拉致されたと聞いた。もしかして君だね?そしてついでに保険として七厄賽も奪ったと。拉致した太子殿下はどこに居る」
「哥哥すごいなぁ、俺しか知らんと思っとったのに。正解や。ただ殿下の場所は教えられへんからサイコロのことだけ教えたるわ。根張国のはちょっと特殊でな、70秒後にこの壺を埋めようと賽が降ってくる。止めるには一つのサイコロで七の目ぇ出さんといけん。壺に賽が溜まり、限界を迎えた壺は壊れ、天から無数の賽が降り注ぐんや。しかも強度強くは鉄も砕く。この国諸共終わりやな」
言い終わると、秋河は大きく笑い上げた。
は!?一つの賽で七の目を出せだって!?そんなこと無理に決まっているだろう。しかも、もう確定していること。今ここで秋河を殺したところで罰は止まらない。仮に、我々が無事だったとしても、国に降り注がれる賽はどうする。
鉄を砕くほどの賽がこの空間に落とされるまでまであと50秒。
どうする──────
「ちょっと提案があるんだけど、集まってくれる?」
と、崩星が口火を切った。三人は言われた通り崩星の周りに集まる。
「は!作戦会議したところで無理なんやって。もう止められへん!止まらへん!」
残り30秒。
「本当に成功するの?」
「成功するかどうかは、やってみないとわかりません」
「やるしかないってことだね」
「よし、じゃあ行こうか──────」
腕を組んでいた秋河が欠伸をしながら舌を回した。
「くわ~、こないな短い時間でこの状況を突破できるわけあらへんやろ。諦めの悪い」
残り20秒。
尚無鏡の両隣りには明萋歌と崩星が立ち、その後ろで陳湛は扇を構える。
残り15秒。
そして作戦実行まで、残り5秒を切った──────。




