27話 悪魔の提案、剣の声を聴く者
陳湛によって運ばれた魏君と木煙。魏君は腹を裂られており重症、木煙は傷は深かったがそこまで重症ではなかった。仙人の回復は早いと言えど、安静にするに越したことはない。
幸い陽が落ちたばかりだったので、医者がスムーズに治療を施してくれた。これが深夜だった場合どうしていたか……。
尚無鏡は二人の眠っている病室から廊下に出る。薄明るい廊下には、この廊下よりも暗い表情をした柳燃が立っていた。
「柳燃、元気出して。誰もあんたのことを責めてない。悪いのは秋河の方なんだから」
「だとしても、僕はそれに耐えうる精神を持ち合わせていなかった」
「落ち度は私達にもある。萋歌さんを運ぶとき、ついて来てるって勝手に思ってたから…もっと周りが見えていれば、こうはならなかったかも。ま、とにかく負傷したのは秋河と戦ってた方だけだし、命に別状もない。不幸中の幸いなのかな」
そう呟きながら、尚無鏡は明萋歌が眠っている病室に入る。すると、目前の光景が目に入った。
「あれ、窓が開いてる…誰よ開けっぱなしにしたの。今外は凄く物騒なんだから閉めなきゃ」
部屋に入っていた風を遮る。
ふと横を見る。治療は済んでおり、今はただ眠っている明萋歌。魏君ほど重症ではないとはいえ彼女は一般人だ。眼に映る鮮血は、途轍もない恐怖だったろう。
入り口に立っていた柳燃が問いかけた。
「そういえば、崩星さんと陳湛さんは?」
「ああ。二人なら今氷茁閣に向かってるよ。頼まれた依頼があるからね」
「尚無鏡さんは何でついて行かなかったんですか?」
尚無鏡は室内に配置されてある椅子に腰を掛け、乾いた口を動かした。
「体力の温存だよ。今日よりも激しい戦闘がこれから起こるかもしれないと考えた時、妖血歩団の壊滅は明日明後日までに執行した方がいい。これから祭りもあるし、街で暴れられたら今度は一般市民にも被害が出るかもしれない」
「─────────」
「柳燃は、どうするの?」
尚無鏡は尋ねた。
数秒間待ったが、答えは無し。沈黙。おそらく、まだ考えが纏まっていないのだろう。
「まぁいろいろあって疲れているみたいだし、先に休みな?」
「そうですね…ではお言葉に甘えて、そうさせてもらいます……」
◆
医者の許可が出て、今日はここに泊まることができた。多分、尚無鏡さんはやることがありそうな感じだったからまだ休まないのだろう。
そんな中、僕一人は休んでいいのだろうか。大した怪我もしていない僕が……
「はぁ──────」
零れる溜め息。
瞬間、窓に大きな黒い影が現れ、部屋は蝋燭の灯りしかなくなった。
「だ、誰だ!」
「俺だ────と言ってもわからないか。こう言えばわかるか、焔血鬼と戦っていた黒い妖鬼・曜血鬼だ」
あの黒曜石のようなものを纏った妖鬼か。
「僕に、一体何の用だ…」
「そう警戒しなくてもいい。俺はただ、お前と組みたいだけだ」
「組みたい…?どういうことだ、何を企んでいる」
黒い影はそこから動くことなく、再び言葉を掛けて来る。
「何も企んではいないさ。俺はただ、個人的な理由で秋河を殺したいだけだ。そのために焔血鬼と芝居を打たせてもらった」
あの戦いが芝居?それにしては感情が籠りすぎていたように感じた。
けれど、何故、
「何で僕の力が必要なんだ」
黒い影の上部が動く。月を眺めているのか。
「秋河は明日の日が沈んだ刻、尚無鏡と一対一で戦うと言っていた。無論、尚無鏡が負けるとは思っていないし、それのリカバリーをするわけでもない。その先の話だ。秋河は命が助かるならあらゆることでもする卑劣な男。決着をつけるとは言っていたがどうせ危なくなったら煙を焚いて逃げるだろう。だがここが好機と俺は見た。俺も黒い煙を出すことができる。闇に溶け、お前が氷の力で奴の足止めをすれば難なく奴を殺せるだろう。今この場で、白い術色を操る範囲術師はお前だけなのだ。答えが纏まったら、明日の夕方までにあの展望台に来てくれ。それと、このことは誰にも口外しないでいただきたい。我々の存在を認識させてしまえば、運命にズレが生じてしまうかもしれないのでな。良い関係を結べることを願っているぞ」
そう告げ、黒い影は消え去ってしまった。
僕はこれを信じてもいいのだろうか。ただ、焔血鬼と曜血鬼は似ている。もしかしたら秋河が何かをして兄弟を妖鬼へと変えてしまった。その復讐のためにこのようなことをしているのか。ありえない話ではない。
そして彼は、決して口外するなと言ってきた。それを破って尚無鏡さんに報告をするべきか?
いや、それは危険すぎる。彼女は今、秋河を倒すためになるべく体力を温存しておきたいと話していた。さらに曜血鬼は、秋河は明日尚無鏡を殺すとも言っていた。
彼は協力関係を結びたいと言った。けれど彼の身分は妖血歩団。もし良い関係を築けなかった場合何をしてくるかわからない。
仮に彼が被害者であっても今まで加害してきているのは間違いない。仮に奴が裏切ったとて、洗脳状態ではあったが自分の限界というものに気付くことができた。
僕は、皆に迷惑をかけた。挽回するなら今しかない。そう思考しながら、柳燃は目を瞑った。
◆
その日の深夜。
冰有国が見える山道。少々冷たい風が吹いている。
「ここで何をしている?」
赤い剣を背負った男が、木の上に座る亜麻色の髪をした女に話しかける。
「ただ見ていただけよ。それより、準備の方はできてるの?」
「おれはお前とは違って既に済ませている。いよいよ始まるというのにも拘らず、執行する者が二人とは些か…」
「だって氷茁閣そんなに広くないもの。二人で十分。それに他の人達は外で待機してるから寂しくないわよ」
男は深く溜め息をついて、呆れた顔をしながら呟く。
「真面目に取り組め。ただ一つ聞きたいことがある」
「なぁに?」
「さっきの戦いの最中に行かなくてよかったのか?」
女は微笑み、冰有国の方を見ながら答える。
「ええ。だってこれからもっと大きな事が起こるから。その時に行くわ」
「──────勘では無いだろうな。おれは時間を無駄にしたくはない」
「勘じゃないわ。この剣がそう囁いているの」
男はフンと鼻を鳴らす。
すると、後方から砂を踏む音が聞こえてくる。二人はその方向に目を向ける。歩いてきたのは狐のように細い目の男。
「待機組の準備は整いました。あとは貴方方が執行するだけです」
「この女が今ではないと言っている。執行にはまだ時間が掛かる」
「私のせいにしないでちょうだい」
狐目の男は頬を指で搔きながら、
「……そうですか。大体どれくらいでしょうか?」
問われた女は、亜麻色の髪が風に揺られながら答えた。
「明日の夜…もう日が変わっているから今日の夜だったわね」
「──────」
「……随分と待ちますね。ですが、我々全員での任務は初なんですから失敗はできません。それが確実なのであればそうしましょう」
「あの御方のくださった剣が間違ったことを言うわけないもの。そういうことだから待機組に伝えておいて」
「わかりました…剣の言っていたこととはいえ、お嬢様から小言を言われても私は知りませんからね」
そう言って狐目の男は札で作り出した四角い亜空間の中に去って行った。
静寂が訪れる。耐え兼ねたか、
「それまでどうするんだ?」
と男は尋ねた。
「観光でもしてきたら?私は観光あまり好きじゃないから行かないけど」
「時間の無駄だ。それに行かないのなら提案するな」
雲から月が出て、月光が漏れる。毛先のくすんだ桃色がより際立つ。
女は微笑む。
「今宵もまた始まるわ──────」
月光は、女の腰に携えてある剣を輝かせる。木から降り、肩に掛けた黒縁の衣を直して、
「私達、宝刃戯派の解放の儀式が──────」
またまたちょこっと
秋河が決戦を夜にした理由としてですが、まぁ妖鬼の時間だからです。妖鬼は日の当たらない場所に居ることで力が安定する生き物(?)なので、力が弱まったりおかしくなったりしないために決戦の時間を夜にしたのです。描写不足すみません……




