26話 焔の色は、血のように赤く
睨み合う。回転し続ける剣を後ろに、目の前にある巨大な氷塊をこれでもかと凝視する。
「…う、おぉぉお!」
柳燃は依然力を溜めている。
向こうは本気だ。
「──────────」
瞬間。目前の氷塊が放たれた。巨大な白が迫る。地を揺らす程の迫力が骨に響き渡る。
まだ。絶好のタイミングはまだ来ていない。もっと引き付ける。
まだ。
まだ。
────────今だ。
回り続けていた剣は、限界まで引っ張られた弩弓のように、もの凄い速度で標的である氷塊目掛け突き進んでいく。
穿とうとしている剣の切先は、しっかりと氷塊の中心を捉えている。崩星は、波を打つ縄を軽く手添えて支える。
接触まであと一寸。それまで経過した時間は1秒程度。けれど、残り一寸のところで、氷塊と剣は突如として現れた爆炎に巻き込まれ、その勝敗が着くことは無かった。
「なんだ?」
「こ、これは──────」
二人は同時に、その爆炎の残影を追う。この残影は見張り台の屋根まで伸びていた。そして二人は目を開いた。
「な、なんだ…あれは……」
「もしかして、あれが阿鏡と一緒に居た時に耳にした──────」
見張り台の上に立つ者は人の姿をしていなかった。
竜の頭をしていて、それと同じものが左肩、そして右手にあった。胸元や関節から炎が立っており、炎を体現したかのような姿だった。
すると、それは言葉を放った。
「双方、刃を収めなさい─────」
低い、けれど響く声が我々の耳に届いた。
炎獄を噴出した右手の頭は下に向けられた。奴は僕達と戦う意思は無いように見える。
だが風に靡く炎は、小さくなることを知らない。
「汝は惑乱している。柳燃よ、その心を隙とされ、洗脳されている」
「洗、脳……」
あの化け物の仲裁、目前に広がる業炎の光と熱、徐々に柳燃は冷静になり始めていく。冷静でなかった場合、こんな状況でも崩星を、もしくは仲裁した化け物を攻撃しに行くはずだ。
「積り膨れた負の感情、心の闇に付け込んだ。汝等が本当に倒さねばならない者はあそこだ──────!」
そう言い放ち、下げていた右腕を肩ぐらいの高さまで上げる。
刹那。
右手部分にある竜の口から炎の光線が勢いよく放たれた。先ほどのものとは比べものにならないほど、焔の色は血のように赤かった。
行き先を確認する。光線の向かう先は、川を跨いだ崖の上。既に日は落ち切っているので、そこに何があるのかはわからない。
だがそこに向かっているのは炎。暗闇を照らす物。
進む。
そして、その先に一つの影が見えてくる。
炎の光を逆算する。茶色い軋んだ髪、黒い長衣、右手には両剣。あれ────両剣を除いた特徴をどこかで見たと崩星は思った。
「────あの人はっ!」
「っざけんなや!何邪魔してくれてんねん!」
秋河は迫ってきた炎を、両剣を回して拮抗する。それを後方で見ていた魏君は驚愕する。
「な…!あれは、護廻術…!?」
護廻術は、棒状の物体を回して盾とする方術の一つだ。それよりも、あの炎を放ってきた奴は何者だ?見た目は完全に人間の体ではないことは理解できる。だが妖鬼であるかもわからない。あのような容姿の妖鬼は見たことが無い。
やがて拮抗していた炎は消え、回転していた両剣は秋河の手に収まった。秋河は奴を睨み、咆哮のように叫び散らかす。
「逃げといて自分から来るとはええ度胸しとんな焔血鬼!完全にブチギレたわ!今すぐぶち殺したる!」
「何ができるのです。ただ避けるだけのアナタに」
「別に俺が行くとは言うてへんけどな!曜血鬼!」
瞬間。
展望台の方から、黒い何かが飛んでいくのが見えた。その姿は、あの焔血鬼という者が出した炎の明るさにより確認できた。
焔血鬼のように竜の頭が三つある訳ではない。蜥蜴のような頭をしており、両腕には鋭利な黒曜石のようなものが着いている。
その黒曜石は体の節々にあり、まるで防具を着けているような見た目をしている。
「我々に何の用だ!先日逃げ出した貴様が!」
「迷い、悔いの果てに逃げ出した。縛る枷は、もう私の前からなくなった。故に私は裏切ると決めたのだ。この千年の間に殺した人間全てに許されなくてもいい。呪われてもいい。だが自分で歩く道を、曇り先が朧げな迷宮から見つけ出したのだ」
「実に勝手な戯言だな。ここまで落ちたか、焔血鬼」
最中、焔血鬼の放った灼熱を帯びた烈炎が、黒曜石同然の体を持つ曜血鬼の身を焦がす。
「落ちた者に焼かれる気分は、どんなだ?」
「調子に乗るなよ…ッ!」
妖鬼から出でる爆炎。それが狼煙となったか、それぞれが同時に動き出す。
崩星側、先ほどの焔血鬼の攻撃で縄は焼き千切れ、騒動の最中自分の剣を回収。その時、柳燃の後方から尚無鏡が高速で向かって来るのが確認できた。
おそらく途中から騒ぎに気付いて様子を伺っていたのだろう。そして今がチャンスと判断し行動した。流れるように、崩星は横の通りに置いた模造剣を回収する。視界の横で、尚無鏡が柳燃を担いでいる姿が確認できた。
「崩星!一旦、萋歌さんの居る病院に撤退するよ!」
「了解」
秋河側。焔血鬼によって魏君と木煙へのとどめは失敗。さらにそちらに気を向けたことが隙となり、森から近づいて来る陳湛の気配に気付くことができなかった。
陳湛は即座に扇を振るって、前方に巨大な竜巻が生成される。ここでやっと、秋河は陳湛の存在を認識できた。だがもう遅い。認識できた時には既に、魏君と木煙、そして二人を抑えていた二体の妖鬼が竜巻に飲み込まれていた。
二体の妖鬼はその勢いで崖の方へ飛ばされ、魏君と木煙は手繰り寄せるように陳湛の方へ飛ばした。
「ちィ!トンズラこくとか卑怯やぞ!」
「下郎には言われたくないですね」
焔血鬼側。黒曜石の刃が迫るが寸前で回避、反撃体制へ入る。だが避けられるのは想定済みか、曜血鬼がすぐさま接近してくる。左脇腹への回し蹴り。焔血鬼は体制が崩れ、反撃の炎は彼方へ。
「──────────!」
焔血鬼は突如として、体全てを炎で包み込んだ。
「待て!まだ……!」
その揺らめく大きな炎を目掛け、曜血鬼は黒い刃を横に振る。けれどその炎の中にはもう焔血鬼は居なかった。
曜血鬼は舌を打ち、崖上に居る秋河の下へ行く。
「申し訳ありません。焔血鬼を逃しました」
「あいつは厄介やししゃあない。最初は晄導仙華の周りから殺していこか思たけど変更や。明日直接晄導仙華を殺す。あんたらは他の連中の足止めや。決着つけようやん」
両剣の繋ぎを外し、二本の短剣に戻ったそれを再び懐にしまいながら茂みへと入り、やがて森の闇に溶けるように消えていった。
夜の風。月の光が石を照らす。
「お前では、晄導仙華を殺せない。もし本当に殺したいのであれば、この国ごと壊す必要がある。お前が立てていた一千年の計画は、こうも簡単に変わるものなのか。地盤が整っていない計画ほど脆く崩れやすい。俺がお前の心臓を使い、それを彼に埋め込んでこの国ごとあいつを殺そう。死の間際に手本を見せてやる」




