21話 聖女の仮面、黒蝶の止まる月光花
氷茁閣の次に高い展望台まで登ってきた。
「すごい…こんな場所があったなんて」
夕日の光で染まる国を見て、明萋歌から感歎の声が漏れる。
「萋歌さんは知らなかったの?」
「私、ここの人じゃないから…」
てっきり冰有国の人間だとばかり思っていた。私達同様国外の人だったのか。まぁ自己紹介も軽くしかしてなかったし、色々すっ飛ばした結果だよね。
「それにしてもこの展望台、人が居ませんね」
「きっと国の人もあまり知らない場所なのかもしれませんね…僕の推測ですけど」
そうなのだろうか。ただ祭りの準備で来てる人が居ないという考えも過る。
木々に囲まれ、真ん中の穴から冰有国を一望できる場所に、気持ちの良い風が通る。
髪と服が靡き、尚無鏡は全身で風を浴びる。
「きもち~!」
「あまり浴びすぎると風邪ひきますよ」
「このくらいでひかないよ」
柳燃が前へ出て柵を掴み、風を浴びながら呟く。
「この気持ちの良い風が、悩みごと吹き飛ばしてくれたらいいのに─────」
言葉に途轍もない重みがあるのがすぐにわかるほどだった。善良を行いたい、徳を積みたいだけなのに、理不尽に降りかかる不運。
「だけど、悩みなんて瘡蓋のようなもの。剥がせば痛いし、またそこに瘡蓋ができる。悩みを消化しない限りなくなりはしない。わかっているのに、そんな望みを抱いてしまう」
「柳燃…」
すると、
「その気持ち…すごくわかります──────」
明萋歌が柳燃の隣へ行き、風を浴びる。
「声を殺して、耳を塞いで、目を瞑って。自分のしていることが間違いだとわかっていながらもその居場所にしがみついて…翼を持つのに空を恐れる鳥のように、ずっとそこに居続けて──────」
これが違和感の正体だった。
回っている時、彼女の笑顔はどこかぎこちなかった。楽しい。けれど、楽しむ資格は自分にはないという気持ちがせめぎ合っていた。すぐ気付くことができなかった自分が情けない。彼女は一体、どれほどの人生を過ごしたのだろう。
「しかも僕は強くない。何をしても中途半端に──────」
「私は、皆強くないと思っています」
陳湛が柳燃の言葉を遮った。
「で、でも……」
「今の私が居るのは、信仰、そして彼女への愛があるからです」
と、こちらに顔を向けてきた。
「なんかちょっと余計じゃない?」
「余計じゃありません。私の生きる意味なんです。それがあるから生きてるんです。でなきゃとっくに死んでます」
まぁ、仙人は死ぬことできないんだけれど。
「二人は多分、生きる意味がまだ見つかってないんだと思う。何のために生きるか、何をしたいがために生きるか」
「何のために──────」
「何をしたいか──────」
尚無鏡は続ける。
「その道が間違いだってわかってるなら大丈夫だよ。仮面を着け続ける必要もない。きっとあなたを迎え入れてくれる本当の居場所がどこかに必ずある。柳燃も、何のために徳を積んでいるの?自分のため?それとも他人のため?」
「僕は──────」
一度声に出たがすぐに口が結ばれる。しかし、
「他人を、僕と同じ境遇の人を救いたい」
長い間、自分に降りかかる不幸で忘れていたのだと理解する。
『他人を救うため』から『徳を積むため』にいつの間にか切り替わっていた。それにもっと、もっと早く気付くべきだった。
「なんだあるんじゃん。それが君の生きる意味。でも自分の道を見失っちゃダメ。精神が擦り減ってても、それは何度も確認しなければならないものなの」
「打ちひしがれていても、それは手に持っていなければならない物ですよ。時にそれは加護になり道を照らす光になります」
「──────まったく恥ずかしい話ですね。自分の事に精一杯で何もかも見失っていたなんて……」
「でも、気付けたのと気付けないのじゃあ全然違うよ。柳燃は気付けた。それだけでも大きいよ」
葉を躍らせるような爽やかな風が再び。明萋歌は口を開く。
「よかったですね柳燃さん。私にはもう、そのような生きる意味なんてものは……」
「それを、これから探すんだよ」
目を開く。生きる意味なんて何もない、ただ死にたくないだけの自分へ差し伸べる手に驚いた。利用価値のある自分を留めるように闇へ沈み込むのとは真逆、新たな光へ歩んでいけるように。
「ないから探すんだよ。誰も皆旅人。生きる意味がないからダメじゃないの。生きる意味がないままだからダメなの。旅路は果てしないかもしれない。けれどその旅自体に意味がある」
自分は今、光と闇の間に居る。
そこに障害はなく、あるのは光へ誘う者のみ。
「そうですよ。私も生きる意味を探して、ここまで来たんですから」
涙が溜まる。怒りや悲しみなどではなく、嬉しさの感情からから出る涙はいつぶりだろうか。
「ありがとうございます尚無鏡さん、陳湛さん。こんな僕達を……」
陳湛は再び遮る。
「何を言っているんですか。光へ導くのが、彼女の役目なんです」
「そうだよ。今はここまで落ちちゃったけど」
「それでも、あなたはあなたですよ」
私は─────────
私は、これからを、歩もう─────────
光へ、歩む。
瞬刻、闇はそれを引き留め、広げた翼は折られた。
「え─────────」
鳩尾に熱が迸る。
目線を下に向けると、自分の鳩尾から刃が飛び出ていた。
「萋歌さん────!」
尚無鏡は叫び、弓を手に取る。今は夕暮れ、陽の光はあれど、影になっている部分の闇は濃い。
明萋歌を刺したのは一体の赤い妖鬼。言わずもがな、妖血歩団だ──────。
尚無鏡は弦を引き、炎の矢を放つ。明萋歌の顔スレスレに横切り、後ろの妖鬼の頭に命中する。
だがやはり変異体。頭に当たっても一発じゃ死なない。追撃を仕掛けるため、攻撃術で構築した炎の剣を握り、後方の妖鬼へと斬りかかる。
刹那。
やはり闇からもう一体出てきた。けれど、こちらもあちらも攻撃は止まらない。だがこちらには───────
「ふ─────!」
陳湛が扇を前方へ向け奇襲してきた妖鬼の首を捉える。陳湛の扇の外側は鋭利な金属で出来ており、急な近接攻撃の対処や想定外の攻撃としてとても役立っている。
斬り込みが入りそこから汚らわしい色をした血が噴き出る。両方の妖鬼もノックバック状態。力の入らない今が好機と見て、陳湛は扇を振るい前方に渦を生成する。
渦に吸い寄せられる二体の妖鬼は一ヵ所に固まる。そこに全力を込めた炎の斬撃を二体の首目掛け叩きこむ。一発で仕留めるために。
想像以上に首は硬く、振りぬいた後、握っていた炎の剣は溶け、握っていた手は痺れている
「ギ、ガ──────」
転がっている首はまだ意識があるようだ。
どれだけしぶといんだコイツらは!
けれど、斬られた体から首が新しく生えてくる様子は確認できない。放っておいても害は無いだろうと尚無鏡は判断した。
戦いが終了したと同時に、後方に倒れている明萋歌の元へ駆け寄った。
「萋歌さん!大丈夫!?」
「う───────……」
「仙華様、彼女をしっかり担いでしっかり私に掴まってください。ここから一気に医者の場所へ行きます!」
「わかった!お願い!」
一枚の木の葉に突風が吹いたように、その場から三人の女性が消えた。
ただ一人を残して───────
「──────────────」
まただ。
救うべき時に動けず、いざ動こうとした時には手は遅れ。先ほど他者を救いたいと言っていただろう?だがその結果はこれだ。誓いなど、結局は言葉だけ。行動できなければただの戯言。
されど、
「そこの哥哥。どないしたん?話聞こか?」




